『原作小説』美形王子が苦手な破天荒モブ令嬢は自分らしく生きていきたい!

紅葉ももな(くれはももな)

第五十五話『これからの生涯は君に捧げよう』セオドア視点


 カイザー達が退出した私室は、他の侍女や侍従も全て下がらせたせいか私……セオドアとベッドで横たわるシャイアンのかすかな寝息だけが静寂を支配していた。

 一国の王として相応しい、華美ではないけれど高級な調度品で揃えられた広い部屋は常に管理するための人がたくさん出入りする。

 当たり前だと感じていたこの部屋はこんなにも寂しい部屋だったのだろうか。

 窓全てに光を通さない厚手のカーテンが引かれ薄暗い私室内で、浅い呼吸を繰り返し、冷や汗を流しながら魘されているシャイアンの白い手を握る。

「国のためと色々なことを学んできたが……誰かを看病したことも無ければ、看病の仕方すらわからないのだな、私は……」

 そこには出逢った頃の美しいスラリとした手は無く、関節や骨が有り有りと浮かび上がる程に痩せ細った手がある。

 冷や汗を拭ってやろうと追い出したばかりなのに侍女を呼びそうになり、口を紡ぐ。

 常に携帯しているハンカチは数日の監禁生活のせいで汚れてしまっており使用できそうにない。

 私室であるにも関わらずにハンカチ一枚どこに収納されているのかすらわからない。

 しばらくあたりを探して見つけたのは結婚前にシャイアンが初めて私の名前を刺繍してくれたハンカチだった。

 大切にしまい込んで、いつの間にかしまい込んでいたことすら記憶から薄れてしまったそれを両手に持ってシャイアンのもとに戻り、冷や汗を拭ってやる。

 「……本当に何をしているんだ私は……」

  ふと、シャイアンの薬指に嵌る指輪が視界に映る。

 深い青色の細い指輪は細すぎるその指にサイズが合っていないのか、大きく隙間が空き、手の傾きに合わせてくるくると簡単にその指輪は回る。

 その指輪が落下するのを防止するためなのか、サイズのあった指輪を重ね付けしているようだった。

 王妃の地位があるのだから装飾品のサイズを直すことなど簡単だった筈なのに、そのままつけているということはよほど思い入れがある品物なのだろう。

 まじまじと見つめていて、記憶の片隅に引っ掛かるものがあった。

 それはシャイアンと初めて城下町へお忍びで出掛けた時の思い出だ。

「いずれ王となるセオドア殿下を支えるのが私の使命ですから、貴方が守っていきたいと仰っていた民の生活をわたくしにも教えて下さいませ!」

 観劇や最新のドレスや装飾品を取り扱う店に行くことも可能だったけれど、シャイアンが求めたのは民が着ているような服を纏って城下町へ行く事だった。

 護衛となる騎士達の反対を振り切って、二人で手をつなぎ城下町を歩き回り、民が道端で料理していた物を買い求め二人で食べた。

 地方から商売に来ている行商人達の露店を周り、売っているものが適正な価格なのがもわからない自分たちの金銭感覚のなさに苦笑し合う。

 そんな中、シャイアンがふらりと立ち寄ったのが平民向けの装飾品を売っている店だった。

 ずらりと並べられていたのは宝石と呼べないような色石の嵌め込まれた指輪やネックレスなどで、いつも豪華な装飾品を見慣れている私にとってはまるで玩具に見える。

 指輪やネックレスの金属部分も少し不格好なところを見ると見習い鍛冶師や細工師の習作だろうか。

「これも宝石なのですか?」

「おっ、お嬢さんお目が高いねぇ! これは天然石を丸く加工して穴を開けた品物なんですわ」

 大きな物は天然石を薔薇の形に立体的に彫刻した髪飾りなどもある。

 透明感があり、光を受けると煌めく宝石を好む貴族たちには人気がないようだが、露店の主の説明を聞けば、並んでいる色石にはそれぞれ護りの力が宿っているらしく意味もそれぞれ違うらしい。

 露店の主の故郷では大切な人へお守りとして贈られるらしい。

 その説明を懸命に聞いているシャイアンへ贈りたいと思い立ち、露店の主の妻であろう壮年の女性に相談する。

「彼女に贈りたいのだがオススメの石があれば教えてほしい」

「そうさねぇ、瞳の色に合わせるか髪の色に合わせるかにもよるね」

 そう告げられて改めてシャイアンを見る。

 光を散らしたような金色の髪も美しいけれど、澄んだ湖畔を思わせる碧眼に吸い込まれそうだと感じたことが何度があった。

「青か緑がいい」

「それならこっちの石だね」

 青と緑の色石が複数入ったケースを見せられて意味を確認していく。

 精神を安定させ、平穏を授けると言うアベンチュリン、最強の幸運をもたらす、聖なる石ラピスラズリ、そして人生の旅を守り、幸運をもたらす石ターコイズ……

 とりあえず、後日改めて装飾品として加工して贈るために色石……天然石の名前を暗記する。

 そしてこの店主の故郷の名前も覚える。

「ラピスラズリの指輪が欲しいのだが」 

私の言葉に即座に反応して店主の妻が出してきたのはペアの指輪だった。

 金属の輪に小さな色石が嵌め込まれたもの、色石を指輪状に削り出したもの等だ。

「これを貰おうか」

 そう言って手に取ったのはラピスラズリを指輪状に削り出した物だった。

「シャイアン」

 いまだ店主と楽しげに話を続けているシャイアンを呼びその右手の中指にラピスラズリの指輪をそっと嵌め込む。

「つけた感じはどうだい?」

「少しだけ緩いですが落ちることはなさそうです」

 首を傾げながら店主の妻に答える。

「ほらあんたもこいつを旦那につけてやんな」

 そう言って渡された指輪を見て、自分の右手の中指に嵌め込まれた指輪と見比べ徐々に顔が赤くなっていく。

 右手を差し出せばスッと指輪を嵌めてくれた当時の記憶が蘇ってきた。

「まだ持っていてくれたのか……」
  
 意識の戻らない妻の指輪に口付ける。

「これからの生涯は君に捧げよう」

 もう遅いかもしれないけれど、息子たちが立派に成長したのだ、これまで蔑ろにしてしまったシャイアンへ残りの人生の全てを掛けて愛を捧げよう。

「だからどうか、私を思い出してくれ……」

 ポソリと口から出た祈りは静かに消えていった。


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