『原作小説』美形王子が苦手な破天荒モブ令嬢は自分らしく生きていきたい!
第五十四話『貴方はだぁれ?』セオドア視点
リラと言う少女が証言したようにローズウェル王城の四つ角にある塔の一室にルーイは監禁されていた。
ベッドと小さなチェストがひとつしかない、カーテンすらない殺風景な部屋。
憔悴しきった状態で監禁されていたルーイ第一王子と同じ部屋でシャイアンが共に監禁されていた。
リラに遅れて塔に辿り着き、はやる気持ちを落ち着けて、急いで中央階段を上がっていく。
「シャイアン王妃殿下がいらっしゃいました!」
リラと共に先行していた騎士の言葉に心がはやる。
「シャイアン!」
息を切らせながら途中で躓きかけることもあったが、なんとか辿り着いた塔の最上階で先に辿り着いていた筈の者達が困惑している。
「どうかしたのか!? シャイアンは無事か!」
「それが……」
近衛騎士の一人が視線を室内へ向けたため追従する。
そこには金色の髪の青年に抱き着き、取り囲む騎士達がシャイアンに青年から離れるように説得ているところだった。
シャイアンに抱き着かれて身動きが取れずにいる青年は、赤子の時に王城から出すしか選択がなかった第一王子だろうか。
「セオドアしゃま」
すこし舌足らずにルーイ王子に対して私の名前を呼びかけながら幼子の様に甘えるシャイアンの変わり果てた姿に心臓を鷲掴まれたように痛む。
「ずっとこの調子なのです、すみませんがセオドアしゃまと言う方を連れてきては下さいませんか?」
「シャイアン……」
部屋へ踏み込み妻の名前を呼びかけるも、こちらを見てくれない。
「シャイアン王妃殿下はご無事ですか?」
どうやら追い掛けてくることにしたらしく、背後から手当を済ませたカイザーと連れ立ってリシャーナ妃が入室してきた。
身重なのにどうやらカイザーを支えながら階段を登ってきたらしい。
虚ろな目をして脂汗を流しながらルーイに抱き着いていたシャイアンが、こちらを見つけると駆け寄ってきた。
「シャイアン」
やっと見つけてくれたらしい、青ざめた顔で……それでも満面の笑顔で走ってくるシャイアンを受け止めるべく両腕を開いて待ち構える。
「アリーサ様!」
しかしシャイアンは私の横をすり抜けて、私の後ろにいるリシャーナ妃へと向かっていく。
とっさにカイザーがリシャーナ妃を庇うように前へと出て、さらに傷だらけのソレイユがシャイアンに肉薄する。
「えっ、シャイアン王妃殿下!?」
ソレイユと他の騎士達が行く手を阻むように拘束してしまったためリシャーナ妃の前にたどり着くことは出来ず、けれど拘束すら見えていないのかリシャーナ妃へ両手を必死に手を伸ばしている。
「あぁアリーサ様、アリーサ様! やっとお子ができました! 私のお腹にもセオドア殿下のお子がいるんですよ! 産まれたら同性なら親友に、異性なら婚約者にしましょう?」
朗らかに、嬉しそうに告げる声にズキリと胸に痛みが走るような錯覚を覚える。
実の姉のように慕っていた亡くなったリシャーナ妃の母親であるダスティア公爵夫人の名前を呼びながら、幸せそうに微笑みかける。
ああ、シャイアンは現実に耐えられなくなってしまったのか……と、そんなシャイアンの姿を哀れに思ったのだろう、リシャーナ妃はカイザーが止めるのを制止して首を振る。
「武器になるような物はもっていないんでしょ?」
「それはそうだが……」
身重の妻にシャイアンを近づけたくはないのだろう。
「シャイ、アン?」
もしかして私を認識していないのだろうか。
やっとルーイ王子からシャイアンが離れたことでリラが彼に寄り添うようにして助け起こすと、それを見たシャイアンが発狂した。
「セオドア殿下からはなれなさい! タリア・ブロギンス! その方はわたくしの伴侶ですわ」
そう、先程から気になっていたのだシャイアンがルーイを『セオドア殿下』と呼んでいることに。
そしてシャイアンはそのまま苦しげに顔を歪めて過呼吸を起こして床へと座り込んでしまった。
「シャイアン!」
その姿に私は駆け寄りシャイアンをこの腕に抱きしめる。
「大丈夫か!?」
「……で」
「えっ?」
苦しそうな呼吸と力が入っていない震える手で力を振り絞るようにドンッと両手で私の胸を突っぱねて私から逃れようともがく。
「無礼者! わたくしに触れて良いのはセオドア殿下だけですわ! 触らないで!」
パチンと力が入っていないシャイアンの右手が私の頬を叩いた。
痛みなど決して感じるほどの強さではないはずなのに、精神的には絶望すら感じられるほどの拒絶を受けた。
「セオドア殿下! お助けください! セオドアさまぁぁあ!」
私の腕の中で泣き叫びながらリラを抱きしめるルーイへ助けを求めるシャイアンを抱きしめる。
「すまない……すまなかった……」
「嫌ぁー! いやぁー!」
泣いて嫌がるシャイアンに抵抗され、噛み付かれても抱きしめたまま背中を一定の速度で優しく叩く。
何度も何度も繰り返すうち、泣きつかれたシャイアンは眠りに落ちたのか静かになった。
最後にシャイアンをこの腕に抱いたのはいつだっただろう?
ドレスで補正して隠していたのだろう、元々細見だったシャイアンの身体は異様なほどに軽い。
頬の肉は落ち、目元は化粧で隠していたのか涙で流れた事で深いクマと落ち窪みが目立つ。
衰弱した身体は骨の形が分かるほどの痩躯と化していた。
「双太陽神よ、これが私の犯した最大の罪への罰ですか?」
すっかりと軽くなってしまったシャイアンの身体を横抱きにし、怪我人や助け出したシャイアン達を医師に見せるべく塔を降りた。
「陛下、王妃殿下をお運びしましょうか?」
「いや、私が運ぶ」
「では先導致します」
シャイアンの部屋でも近くにある部屋でもなく、私の私室へシャイアンを運びベッドへ寝かせる。
その後すぐにやってきた医師の診断は薬物による中毒症状に酷似しているとの事だった。
ここ数十年、ローズウェル王国建国前に旧グランテ王国で流行し、国家滅亡の一端にもなった『無限の夢』という名の依存性が強い幻覚剤の一種だ。
甘い香りが特徴で苦痛を忘れられると爆発的に広がっていった薬物で元々は男女間の疑似恋愛を生業とする花街から広まったとの説があるが、その原料は今だに解明されていない。
無限の夢の煙を吸い込むことで、痛みを抑える効果の他に、夢の中にいるような恍惚とした気分が味わえると言う。
依存性が強く、常用を続けると悪寒や不眠から始まり発汗、けいれん、失神などの激しい禁断症状に、無限の夢の使用をやめることができなくなるのだ。
医師の診断に付き添わせて貰ったシャイアンの身体には、無限の夢を過剰に摂取した証である青斑や瞳孔縮小などの症状が現れていた。
「シャイアン……」
眠っている筈なのに、瞳から流れた涙をシャイアンから貰った刺繍入りのハンカチで拭き取ってやる。
ただ我武者羅(がむしゃら)に国王としての執務に追われて、一番大切な者達を失う。
一体自分のしてきた事は一体……何だったのだろうか。
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