『原作小説』美形王子が苦手な破天荒モブ令嬢は自分らしく生きていきたい!

紅葉ももな(くれはももな)

第五十三話『背教者の末路』ヴゥラド大司教視点


 グランテ王国時代に作られたという王族の脱出用地下通路に灯りを灯す時間さえ惜しんで早足に進んでいく。

 平神官達や見習い神官達が暗がりに足を取られて転んでも待つ余裕などない。

「早く! 早く進め!」
  
 忌々しい事にロベルト・ダスティア宰相に抉られた陰部が痛む。

 よくも双太陽神教の大司教である儂を、ヴゥラド大司教を大衆の面前でコケにしおってあの男め!

 同じ男として狙ってはいけないところは知っているだろうに!

 縫合したため出血は止まったものの、担架が揺れたり、運び手の見習い神官の運搬が下手なせいで鋭い痛みに襲われ呻く。

 グランテ王家を再興した暁には新王を祝福した褒賞に多額の寄進を受け取り、それを元にして枢機卿に昇進する筈だった。

 我々は聖香の主原料となる植物を栽培しているヒス国の要請に協力していた。

 双太陽神ではなく海神などと言う存在しない神を祀る異教徒だが、ヒス国の決まった島でのみ栽培できると言われている植物を大陸で育てられはしないかと試行錯誤している我々にとって、成功するまでは協力関係を保たねばならない。

 ローズウェル王国、フレアルージュ王国、そしてゾライヤ帝国まで視野に入れたこの侵略戦争は双太陽神教会としても黙認したほうが旨みがある話だった。 

 なぜならこの三カ国も含めて、教会への上納金が年々減っているのだ。 

「ヴァージル殿下の即位式の為にこんな所までわざわざ来てやったというのに!」  

 ぐちぐちと文句が口からとめどなく溢れ続ける。

 他の者達は必死に戦っているようだが、儂は乞い願われて来てやっただけなのだ。

 争いなど王位継承者同士で勝手にすればいいのだ、儂にとって大切なのは自分の昇進だ。

 それなのに、それなのに、それなのにっ!

 なぜ儂はこんな穴を必死で逃げねばならんのだ!

 双太陽神教会の総本山である極北、雪に閉ざされたスノヒス国の地下都市ならいざしらず、どうしてこんなところで地面の下を這い回るような真似を大司教たる儂がせねばならんのだ!

「ヴゥラド大司教様、出口が見えました!」
 
 終わりが見え無いほど長く続いた地下道に斥候の明るい報告が響くと、否応なしに進行速度が上がり気が急く。

 そんな中背後からゴロゴロとなにかが高速で頭上の岩壁を転がり、外へと通じる明かりを背後にピタリと動きを止めた。

 光に慣れていないせいか、一瞬白色の球体に見えたが、慣れてくればそれが薄紅色だとわかる。

「まさか……りゅ……竜卵?」

 ゴクリと生唾を飲み込み、突然現れたそれを何度も凝視し確かめる。

 過去幾度となく双太陽神教会が手に入れようとレイナス王国へ密偵を送り、そのたびに失敗している生物兵器がこんな所にいるはずがない。

 主を背に乗せて大空を舞う深紅の飛竜の姿は、吟遊詩人が英雄伝説として語り継ぎ、紅蓮の鬼と呼ばれた異型の鎧を纏った竜王……シオル・レイナス王の姿と共に多くの画家が好む題材として描かれている。

 そんな、双太陽神教会の悲願とも言える竜卵が目の前にある。

「ええぃ! 何をしておる早く地面に降ろさんか! もしや、儂を主とするために……ここまで来たのか?」
  
 見習い神官達に地面へと担架を降ろさせて、興奮に痛みを忘れて手をのばす。
 
 そうだ、きっと敬虔な信者である儂を報いるために双太陽神が儂のもとへ竜卵を遣わせてくださったのだ!

 儂の姿を怪訝そうに見てくる見習い神官や平神官どもを無視して一歩一歩竜卵へ歩み寄る。

 しかしなぜか主である儂が近づいてやって居るというのに、一向にこちらへ来ることなくあろうことが無軌道に石壁にぶつかりだしたではないか。

「まずい! このままでは出口が崩れてしまいます!」

 焦った平神官共が儂の竜卵へ武器を手にして駆け出してしまった。

「待て! その卵に傷でも付けようものなら貴様ら全員邪教徒として裁いてやる!」

 儂の言葉に平神官は止まったが、駆け出してしまった見習い神官共は竜卵を無視して、その子供の身体を利用して竜卵の動きの隙間を抜けて出口から外へと飛び出していく。

 大人の神官たちも続こうとしているが、儂に反抗的な数名のみがすり抜けられただけで他は竜卵の猛攻にあい抜け出せずにいる。

「なぜだ!」

「目を覚まして下さいヴゥラド大司教様! この竜卵は我々を助けに来たわけではありません! 邪悪な竜卵です!」

 必死に叫ぶ平神官達が何を言っているのか理解できない。

「そんなはずはない! あれは……あれは儂の!」

 そんなやり取りをしているうちに出口が崩れて埋まってしまった。

「くそっ! 急ぎ引き返すぞ!」

 あまりの衝撃に呆然とその場にへたり込んだ儂の後ろを平神官共が儂を無視して逆走していくが、竜卵が次々とその背後に襲いかかり意識を刈り取って沈めていく。

「うぅぅ……うそだぁぁぁあ!」

 出口は塞がれ、儂以外に意識のある者はもはや居ない。 

 そうしている間にも竜卵が壁を破壊し頭上から壊れた土塊が降り積もる。
 
「あぁ、神は儂を見捨てられたのだな」

 この地下通路はローズウェル王国の大聖堂に繋がっている。

 大崩落を起こせば大聖堂は瓦解することだろう。

 儂を生き埋めにして……

 後にローズウェル王国の王都にあった双太陽神教会の大聖堂は、背教者の手によって信仰を貶され、双太陽神の加護を失い神罰が下ったと言われる。

 双太陽神教会は背教者ヴゥラドは既に教会から大罪人として破門されており、今回の事件は教会とは関係がない事であると発表した。 

 

 

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