『原作小説』美形王子が苦手な破天荒モブ令嬢は自分らしく生きていきたい!

紅葉ももな(くれはももな)

第四十一話『待ってでけらいんルーイ様』リラ視点

 おらの名前はリラ、料理人の父ちゃんと見習いの弟、メイドの母ちゃんの四人家族で、お金持ちのお屋敷に家族揃って込みで働かせてもらっている。


 ノーマメイド長もトスカ執事長も仕事には厳しいけれど、お屋敷で働く人たちはみんないい人ばっかりだ。


 詳しい事は教えてくれねぇけんど、屋敷の主人である奥様も亡くなった旦那様も優しい方だった。


「ノーマには内緒よ?」


 そう言ってノーマメイド長に見つからないようにこっそりと王都のご家族から届いた珍しいお菓子を分けてくれたりもする。


 そしてこのお屋敷にはもうひとりお仕えするべき主人がいる。


「リラ」


 キラキラ光る金色の髪と、こんな田舎では滅多にお目にかかれねぇ様ないい男のルーイ様だ。


 本当は奥様のお孫さんで長男らしいけど、目がほとんど見えていないらしく、奥様に引き取られて田舎に住んでいる。


 ぼんやりと明るいところなら人影が、暗いところなら明かりが見えるらしいけんど、それは奥様とメイド長、執事長、ルーイ様に特別に教えていただいたおらだけの秘密だ。


 ルーイ様は村では一番の美男子だけんども、あまり表さ出ることもねぇ、たまに庭の樹の下で昼寝している事もあるけんど仕事は出来ねぇってんで村の女子衆には結婚相手候補と言うよりもっぱら娯楽観賞用あつかいされている。 


 正直に言っておらの見た目はあんまり良くない。


 毎朝顔3つ分に膨れ上がる癖の強い黒髪は艶なんて無いから太い二本の三編みにして量を抑え込んでいる。


 お父ちゃんの話だと何代か前に遠い国から来たご先祖様がいるようで、おらも父ちゃんも毎日太陽の下で仕事している庭師のトムソン爺ちゃん見たいな肌の色をしている。


 ちなみに弟はお母ちゃんに似たのかこの村で一般的な白っぽい色の肌をしている……逆だったら良かったのに。


 お屋敷には村では見られない高価な鏡もあるからそれに写った自分の姿にため息が出る。


 鼻の上から両目の下までそばかすまであるから始末に負えない。


 酷いようだけんど、好きな人に自分の嫌いなこの顔を見られずに済んでいるのは不幸中の幸いかもしれねぇ。


 起きて仕事をしてルーイ様とお喋りして寝る、そんな変わらない日常が大好きでいつまでもこの
穏やかな日々が続くと思っていた。


 突然現れた兵士達にルーイ様が連れ去られる前までは……


 その日、おらはいつも通りルーイ様の午後のお茶を貰いに厨房へきていた所、弟のロイが慌てて走り込んできた。


「父ちゃん、変な奴らがお屋敷に!」


「リラ! すぐにルーイ様助けさいけ! 父ちゃんは奥様を助けさ行く! ロイ、お前は母ちゃんとメイド長を守るんだ、わかったか!」


 父ちゃんに言われて急いでルーイ様を助けるべく部屋へ向かうと、階下から争う声が聞こえてくる。


 行儀作法なんてなんのその、入室許可すら取らずにルーイ様の私室のドアを開け放つ。


 ルーイ様は所在無さげに窓際に立っていた。


「ルーイ様、はやく隠れるだーよ」


 急いで駆け寄りルーイ様の腕を掴む。


「どうして来た! お前だけでも逃げてくれ!」


 悲痛な声を出すルーイ様を見上げる、鈍くさくて、優しいおらの好きな人。


「ぜったいにルーイ様を置いて逃げるなんておらはしない!」


 なんとしてでもルーイ様を助けるのだ、急かすようにクローゼットへと押しやると、なぜか身体を反転させたルーイ様に抱きしめられていた。


 いつの間にかおらよりも頭一つ分大きくなってしまったルーイ様が、おらの頭に右手を置いて手のひらを滑らせるようにしておらの頬に右手を置く。


「リラ、いつもお前に助けられてばかりの俺だけどな、こうゆう時くらい男として愛するお前を守らせてくれ」


「は……? えっ!?」


 予想外のルーイ様の言葉に驚き反応が遅れる。


 いっ、今なんつっただよ!?


「お前は俺の弱点なんだよ、だから逃げてくれ、な?」


 ルーイ様の右手の親指がおらの唇をさわりと撫でる。


 ゆっくりとルーイ様の綺麗な顔が降りてくると、小さく震える柔らかな感触が唇に被さった。


 何が起きたのか理解できなくて、頭の中が真っ白に吹き飛んだ。


 正気に戻った時には既に屋敷にルーイ様はおらず、屋敷内を静寂が支配している。


 クローゼットの扉を少しだけ開けてあたりを見渡してみたけれど、人気はないようなのでクローゼットから抜け出して部屋の外を覗き込む。


 普段はないはずの明かりが数カ所で動いている、もしかしたら昼間の襲撃者がまだおら達をみはっているのかもしれない。


 こうしてルーイ様の部屋に引きこもっていてもなんの解決にもならないから、今度は廊下へと続くと扉を少しだけ開けて様子を見る。


 扉に監視でも居たらどうしようかとヒヤヒヤしたけど、とりあえず見える範囲には居ないようだし、人の気配すら感じられないくらいに静まり返っているようだった。


 毎日掃除している為暗くても屋敷内で迷う事はない。


 物置や死角となる場所も熟知しているし、手持ち用の燭台しょくだいを持っていなくても、月明かりで十分移動できるくらいには夜目が効く。


 屋敷の主人達が早寝早起きな健康的な生活を過ごされているので屋敷の使用人一同もそれに追従する形になるのだ。


 私以上に夜目が効く屋敷の使用人一同が、こんなに月明かりで明るい夜中にわざわざ燭台に蝋燭を灯して見回りなどありえない。


 今も進行方向にある階段にゆらゆらと動く光源があるのでおそらく襲撃者の残りがいるのだろう。


 物陰に隠れながらとりあえず奥様のいるお部屋を目指す。


 両親と共に生活する為に与えられた部屋に戻ろうかとも考えたけれど、トスカ執事長に何か不測の事態に陥った場合は自分で判断せずに必ず報告と指示を仰ぎに奥様の所へ来るようにと教育されていたことを思い出した。


 途中で何人か見回りらしい人たちとすれ違ったけれど、なんとか奥様のお部屋の近くまでたどり着く事ができたけれど、お部屋の前にも燭台を持った見慣れない人が立っていて近付けない。


「ん~、どうすんべかな」


 とりあえずあの邪魔な人を退けないとお部屋へたどり着けない。


 あたりをキョロキョロと見回して、廊下の角の向こう側に掃除用品やリネン等の保管庫があった事を思い出す。


 音を立てないように移動して保管庫の扉を開けて中へと忍び込んでずっと詰めていた呼吸を吐き出した。


 明かり取りの小さな窓から光が入ってきているため、保管庫の中は問題なく見える。


 ノーマメイド長は在庫の管理がしやすいように整理整頓を徹底させているので、どこに何が入っているのかわざわざ探さなくてもわかるのだ。


 洗濯用の長いロープを引き出して音を立てないようにロープの先を扉に近い用品棚の上にある籠に結びつけた。 


 盛大に音がなるように色々なものを籠に詰め込み長さを調節して扉まで伸ばす。


 本来ならば吊るして保管する柄の長い箒やモップを内側に開く扉の前の床に並べて柄にぐるぐるとロープを巻きつけ、扉の下の隙間から廊下へと残りのロープを引き出して扉を締めた。


 可能な限りロープを壁に沿うようにして伸ばしていき、見張りからおらが隠れられる場所で手に持ったロープを強く握りしめた。


 何度も同じ手は使えない、不安と緊張に高まる鼓動と手の震えを根性で抑え込む。


 ゴクリと生唾を飲み込んで扉の前の見張りを注視する。


 幸い見張りは一人だけ、しかも生あくびまでしているから気が抜けているのは間違いない。


 覚悟を決めてロープを力いっぱい引けば保管庫からけたたましい音が聞こえてくる。


 どこか眠そうにしていた見張りが驚いて扉の前から離れたのを確認して、すぐさま奥様の部屋へと滑り込んだ。


「何者だ!」


 ベッドの奥様を守るように短剣を構えて誰何するトスカ執事長は駆け込んできたおらの姿を認めるなり扉へ駆け寄り私が持っていたロープを扉の内側のノブに巻き付けた。


「あぁリラ、無事で良かった」


「奥様ご無事でよがった!」


 すぐに奥様がおられる寝台に駆け寄り膝をつく。


「リラ、よくここまで来られたな」


 内側開きの扉の前にちゃっかりチェストを移動したらしいトスカ執事長がやってきておらの頭をポンポンと労うように優しく叩いた。


「トスカ執事長、奥様すまなかっただよ、ルーイ様を守れなかっただ」


「いいのよ、あなたが無事で良かったわ」


 奥様は優しく微笑んでくれたけれど、その顔色は悪い。


「トスカ執事長、他の皆は?」


「抵抗した者が数人軽い怪我をしたようだが、監視はついているものの皆無事だ」


 トスカ執事長の言葉に胸を撫で下ろす。


「トスカ執事長、奥様、おら助けを呼びに行ってくるだよ」


「リラ、あまり危ない真似は……」


「幸いお前はまだ見つかっていないからな、今なら逃げ出せるか」


「はい!」


 力強く頷けばトスカ執事長が懐から硬貨の詰まった財布と立派な勲章を渡してくれた。


「要請書を書いている暇はないからな、勲章が私の身分を保証してくれるはずだ、それを持ってダスティア公爵家へ行って救助を要請してくれ」
 
「まって、これも持ってお行きなさい」 


 そう言って手渡されたのは奥様が常に自分の指に嵌めている封蝋印となっている指輪だった。


「この世に一つしかない物ですから私の身分が貴女の助けになるかもしれません、痴れ者に悪用されてはなりませんから貴女が預かってくれるかしら?」


「必ず……」


 握りしめた指輪がものすごく重く感じる。


 そんな大切な物をおらが預かって良いはずが無いのだけれど、その指輪を無くさないようにいそいそと首に下げた小袋へしまい込む。 


「トスカ、避難口を開けてちょうだい。 リラの足なら逃げ切れるわ」


 奥様の言葉にトスカ執事長は火の入っていない暖炉へ近づくと中に入って手前の床部分を持ち上げた。


 金属製の床蓋の下から階下へと続く狭い階段が現れた。


「私やトスカでは歳をとりすぎていますからね、逃げたところですぐに捕まってしまうわ、階段を下り道なりに進みなさい。 屋敷から少し離れた林の中の木こり小屋に出ますからね、本当は貴女に危ないことはさせたくないのだけれど」


「すまないリラ」


 奥様とトスカ執事長に頭を下げられる。


「必ず助けを呼んでまいります、そしてルーイ様も必ず助け出して連れ戻してまいりますね」


「あらあら勇ましいわね、まるでお姫様を助ける騎士様みたいね、ルーイもリラの半分くらい男らしければ良いのだけどねぇ……」
  
 我が孫ながら困った子だわ~とトスカ執事長と話している奥様の言葉にルーイ様の顔が浮かぶ。


『リラ、いつもお前に助けられてばかりの俺だけどな、こうゆう時くらい男として愛するお前を守らせてくれ』 


 思い出したルーイ様の言葉に見る見る顔が熱くなる。


「あらあら、これは二人に何かあったのかしらね、トスカ?」


「そうでございますね、とりあえずリラを逃しましょう。 見張りが戻ってくる前に」


 トスカ執事長に声を掛けられてルーイ様を意識から弾き出しておらは無事脱出に成功した。


「待ってでけらいんルーイ様、いま助けに行きますから!」  





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