『原作小説』美形王子が苦手な破天荒モブ令嬢は自分らしく生きていきたい!

紅葉ももな(くれはももな)

第三十八話『ルーイ王子帰還』シャイアン視点

 産まれてすぐに引き離された第一王子ルーイ・ローズウェルを迎えに行っていたクォーラン侯爵が帰還すると早朝に早馬で知らせが来た。


 クォーラン侯爵は……セオドア陛下の王妃であるわたくしにすらぞわりと纏わりつくような色欲のこもった視線を向けてくるため出来れば関わりたくはない。


 挨拶の際に女性の右手を自らの手に載せてもらい、手の甲に接吻する真似事をする挨拶があるけれど、これは女性に拒否権が存在する。


 親しくしたくない殿方からのご挨拶は形式上お断りすることは出来るけれども、よほど険悪な関係で無ければ受け入れるのが礼儀となっている。


 そしてクォーラン侯爵は……ルーベンスの後ろ盾としてなるべく良好な関係を築かなければならない相手でもある。


「これはこれはシャイアン王妃陛下、拝謁をお許しいただきこのダラス・クォーラン光栄でございます」


「クォーラン侯爵、忙しい所第一王子の護衛ご苦労様でした」


 微笑みを貼り付けてなるべく優雅にクォーラン侯爵に右手を差し出せば、にちゃりとした気持ち悪い笑みを浮かべてわたくしの手の甲に唇を吸い付けペロリと舐められ嫌悪に上げかけた悲鳴を必死に飲み込む。


 微笑みを崩さぬようになんとか右手を取り返してすぐにでも高価な石鹸を使い切るまで洗ってしまいたい衝動を抑える。


「ルーイ第一王子殿下をお連れしました」


 わざとらしく振る舞いながら背後に立つ青年を紹介するその姿は気にくわぬ者の、今まで会うことすら叶わなかった第一子の姿に涙が浮かぶ。


 生まれつき病弱で盲目障害をもって生まれており、王位継承権を剥奪され王太后とローズウェル王国の僻地で療養と言う名目で引き離された我が子。


「ルーイ?」


 震えそうになる声を押さえて呼びかければ声に反応してその場に膝を付く。


「お初にお目にかかります、ルーイと申します……」


 姿かたちは出会った頃のセオドア陛下と瓜二つだけれど、瞳の色はしっかりと両目が閉じられていて見ることができない。


 ルーイの瞳の色は何色だったかしら……しかも家名であるローズウェルを名乗らないルーイに違和感をおぼえる。


「よく来てくれました、王太后陛下はお変わりありませんか?」


「それを私に聞きますか……」


 会話を続けるためにルーイと共に暮らしている筈の王太后陛下の近況を問いかけると、ルーイの様子が一変してしまった。


「ご自分が人質に取った相手に対してお変わりありませんかとは斬新な戯言ですね」


 人質? ルーイは一体何を言っているのだろう?


「人質などわたくしは取っておりませんよ?」


 困惑げに告げれば、クォーラン侯爵がルーイとの間に割り込んでくる。


「王妃陛下、ルーイ殿下は長旅でお疲れの様子お話は城へ入ってからゆっくりとされればよいのでは?」


「いいえ、クォーラン侯爵……ルーイを迎えに行ったのは貴方ですわね、王太后陛下を人質に取ったとルーイは言っているようですけどどういうことか説明してください」


「王太后陛下を人質になどそんな恐ろしい真似するわけがないではありませんか、少しは忠臣を信じて下され」


 無遠慮に距離を詰めてくるクォーラン侯爵から離れようとしたとき、ルーイがクォーラン侯爵の従者の手よって地面へとひざまずかされる。


「ルーイ!」


 必死に右手を手を伸ばしてルーイに駆け寄ろうとしたが、背後に回り込んだクォーラン侯爵に腕を背中に捻じ曲げられて見動きができない。


 わたくしと同行していた騎士達に助けを求めるために視線をやれば、なぜか護衛騎士同士で乱戦となってしまっていた。


「どうして……!」


「はぁ、いつまで茶番を演じているつもりだクォーラン侯爵」


「茶番などとあいかわらずヴァージル殿下は手厳しいですな」


 混乱に陥ったこの空間をまるで何事もなかったように歩いてくる男性二人の姿に目を見開く。


 ローズウェル王国ではめったに見ない茶色い肌と黄金の瞳を持つ黒髪の偉丈夫にも驚いたけれど、その彼が付き従うように寄り添う青年には嫌というほど見覚えがあった。


 見慣れぬ民族衣装を着ているけれど、銀色の髪も高い鼻梁に軽薄そうな薄い唇も、そして銀色の縁取りがある眼鏡の下では薄灰色の瞳がこちらを見下ろしている。


「レブラン! 早く助けなさい!」


 命令を下したのにレブランは何を言われているのか理解できないと言わんばかりに首を傾げて見せる。
 
「助ける? なぜ?」


「何故って……この状況がわからないの!?」


 乱戦となっているせいで怒号と金属音、そして生臭い血の匂いが充満してしまっている。


 既に城内へ入るための正門は破られており、逃げ惑う声が城のあちらこちらから上がっている。
 
「既に新たな王を玉座に据えるべく王妃陛下を初め皆が一丸となって動いているではありませんか?」


「わっ……わたくしはこんな事を望んだわけではないわ!」


 みっともなく解けてしまった髪気にせずに声を振り絞っても周りの声に掻き消される。


「望まれたでしょう? 本来ならば王位に着くべき者の戴冠を」


 ふと蘇るのは双太陽神の教会で司教様と話した内容だ。
 
『……正しき血を引く者こそが真に双太陽神から認められた王国の後継者です』


 そう司教様は言っていた、第一王子であるルーイの事を言っているのだと思っていたけれど、彼は……それが誰であるとは明言していない。


「ルーイじゃ……ない?」 


「俺は王位なんてこれっぽっちも望んじゃいない! 自然に囲まれた田舎で、これまで母親同然に俺を育ててくれた王太后陛下を支えながら静かに暮らして行きたかった!」


 振り絞るように叫ぶルーイの声に心がぐちゃぐちゃに引き裂かれる。


「王位継承戦なんてあんたらが勝手にしたらいい! これまで一度だって会ったことすらないのに母親ズラして今更俺を巻き込むな!」


 あぁ……


 堰を切ったように目から涙が止まらない……


 何もかも全て消して、自分すらも消してしまいたい……


 ワタクシがいるから皆不幸になっていくのだもの、ワタクシハヒツヨウナイ。


 聖香が欲しい、聖香を焚き染めた部屋で引きこもりたい……


 懐に常に常備しているのはセオドア陛下に初めて頂いた小さな指輪と最近の心の安定剤となっていた聖香の白い粉末が入った小袋。


 最近震えるようになった手で小袋を開けて、聖香を取り出しあたりを見回す。


 まだ篝火を焚くには早い時間のため火の気は見当たらない。


『燻ラセられないナラ、ソノママ舐めればイインじゃない』


 無邪気な少女の声が聴こえる気がする。


『だってアンナに甘くテいい匂いがするんだモノきっとオイシイワ』


 掌に出した白い粉に唇を寄せるとそれを口へと運び入れる。


『ねっ、ダイジョうぶでしょう? これでナニモツラくないワ』


 あぁ、目の前で泣いている半透明な傷だらけの少女は自分だったのだと、ずっと辛かったのだと気が付いた……


 






 

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