『原作小説』美形王子が苦手な破天荒モブ令嬢は自分らしく生きていきたい!

紅葉ももな(くれはももな)

第三十四話『スベテケシテシマエバイイ』シャイアン視点

 それからしばらくしたある日、グラスティア侯爵家と交流のある貴族家の夫人を招き城の中庭で茶会を行っていた時のことだった。


 中庭に走り込んできた伝令に気が付いた執事の一人が連絡を受けるために席を外し、伝言をうけとるとわたくしの側へと身体を寄せる。


「ルーベンス殿下がクリスティーナ・スラープ伯爵令嬢へ婚約破棄を宣言されたとご連絡がございました」


 悪い予感ほどよく当たるもので、話によればルーベンスは王立学院で多数の生徒や教師などの門前でクリスティーナ・スラープ伯爵令嬢へ婚約破棄を宣言してしまった。


 内々の打診ならいざ知らず、多数の目撃者がいる中での発言は撤回するのが困難だ。
 
 笑顔で武装し、弱みや醜聞を悟らせぬように配慮しつつお茶会を早々に解散させた。


 目撃者の数が多すぎるため、瞬く間に貴族中に此度の婚約破棄の情報が広がるだろう。


 布地をたっぷり使用したドレスに足の動きを阻害され苛立ちが募る。


 普段なら決してドレスで走るなどしないけれど、ドレスのスカートを鷲掴み足元まである裾を下品にならない程度に持ち上げ、事実確認をするためにセオドア陛下の執務室へ面会の先触れを走らせる。


「陛下! ルーベンスが!」


 どうやらロベルト宰相も執務室へ来ていたらしく、わたくしが入室するなり頭を下げる。


「あぁ、ルーベンスの婚約破棄騒動の話を聞いたのか……」
 
「えぇ、しかしなぜそのようなことに、ルーベンスにつけていた側近候補たちは何をしていたのですか!?」


「落ち着きなさい、今から説明するから」


 セオドア陛下の話を聞けば聞くほどに全身から血の気が下がるようだった。まさか側近候補たちまで加担しているとは思っても見なかった。


 あまりの状況に目眩に襲われて意識を失ったらしく、気が付けば自室のベッドの上だった。


 レブランから贈られてきた聖香を焚き、自室に隣接した簡易教会で日課の祈りを捧げる。


「双太陽神よ、主は乗り越えられないような試練は人に与えることはないと教えておられますが、此度の婚約破棄はわたくしへの試練でしょうか? それともルーベンスへ?」


 思うように行かないのはもうわかりきっているけれど、それでも祈らずにはおれない。


 それから五日は信じられない程に忙しく過ぎていった。


 クリスティーナの生家であるスラープ伯爵家へ文を出し、こたびの婚約破棄はマリアンヌ男爵令嬢に騙されたルーベンスの暴走で、王家の意思ではない旨の謝罪と婚約の継続を願い出ようとしたけれど、文を書き留める最中にもたらされた知らせに羽根ペンを机の上へ落とした。


「うそっ、あの子が宝物庫から窃盗なんてするはずが無い! だって宝物庫にはしっかりと守衛がついている筈で……」


 そう、宝物庫の守衛の人員配置はグラスティア侯爵家で同派閥の者を優遇した。


 そして許可を出したのは……わたくしだ。


「そうです、守衛がいるはずの宝物庫からルーベンス殿下がどのように宝飾品を持ち出したのか調べる必要がありますね」


 ロベルトの言葉に視線を彷徨わせる。


「当時の警備担当責任者に話を聞いているから、しばらくすれば詳しい情報が上がってくるはずだ」


 どうすれば、どうすればいいの?


 少しでもルーベンスの犯した罪を軽くするのよ……そう、警備担当責任者を用意したのも、人員を用意したのもグラスティア侯爵だもの、急げば実行犯を密かに始末できる。


 警備担当責任者と当直のものに責任の大半を負わせれば、ルーベンスの王位継承者としての瑕疵は最低限で済ませられるかもしれない。


 一刻も早くルーベンスを学院から呼び戻して身柄を確保しなければいけない。


 遠慮気味に執務室の扉が叩かれて、黙って成り行きを見守っていたロベルトが対応に出ると、顔を引き攣らせて戻ってきた。


「へっ、陛下。お取り込み中に申し訳ありません、至急の謁見要請が入っておりますが」
 
「ん? 今大切な話をしている最中だ、出直せと伝えろ」


「うふふ〜セオドア陛下にご挨拶いたしますわ〜」


 間延びした挨拶と、若々しい年齢を感じさせない可愛らしい声が執務室に響きセオドア陛下がその場でピキリと固まった。


「セイラ様お久しぶりでございます」


 数日前に王都へとお忍びで帰還されたセイラ様とお茶会をして以来だろうか。


 セイラ様はセオドア陛下の姉上で親子ほどに歳の離れたグラスト・ドラクロア辺境伯閣下と大恋愛の末に降嫁されたわたくしの義理姉上にご挨拶をする。


 今でこそ地位はわたくしが上ですけれど、ただの子爵令嬢だったわたくしを妹のように可愛がっていただいきましたわ。


「あら〜シャイアン様もご一緒でしたのね? この度は大変でしたわね、ルーベンス殿下はきちんとドラクロアでお預かりしますから安心してくださいませ」


 ルーベンスをドラクロアで預かる? どういう事?


「あら? もしかしてまだ話していなかったのですか?」 


 セイラ様の視線を追ってセオドア陛下に目を向ければ、視線が泳いでおり何かを隠しているのだとわたくしでもわかりました。


「申し訳ございません、実はセイラ様がおっしゃられたような案件はわたくし何も聞かされておりませんの、教えていただけませんか?」


「あらあら、セオドアったら困った子ね~、ちゃんと報告連絡相談しなくちゃだめじゃない。 そんな調子ではシャイアン様に見放されてしまいますよ?」


「あっ、姉上、その話は私がしますから」


 慌てて止めに入るセオドア陛下を睨みつけ、はしたなくもセイラ様との距離を詰める。


 老いを感じさせない、少女のように美しい手をとりセイラ様に懇願する。


「う〜ん、ねえセオドア? 貴方、一体何をしていたのかしら? 国王の重責は理解していますけれど、妻を家族を蔑ろにするような情けない男に育てた覚えはありませんよ?」


 にっこりと微笑むセイラ様の背後にその可憐な外見とはかけ離れた凄みに部屋の温度が数度下がったような錯覚に襲われる。


「シャイアン様……ルーベンス殿下は少々世の中を見て回った方が良き王となるはずですわ」
 
「ですが、ルーベンスまで……」


「大丈夫です、必ずシャイアン様の元にお返しするとお約束します、ですからどうか我が子を信じて送り出してあげてくださいませ」


 優しい笑顔は昔と変わらないけれど、母親の包み込むような安心感に小さく頷いた。


「……ルーベンスを、よろしくお願いいたします……」


 セイラ様の手を放してまだ優しい体温が残る震える右手左手で包み込む。


 我が身を斬るように辛いけれど、次々と問題が発生しておりその原因がルーベンスにある以上、悪評が収まるまで身を隠すのは悪い判断ではないかもしれない。


 自分の決断は間違っていないのだと、無理矢理を自分を納得させなければ泣き叫んでしまいそうだった。


「セオドア」


「はっ、はい!」


 返事が緊張で裏返るほどの張り詰めた返事を返している夫の姿は、まだ学生の、出逢った頃のセオドア様を思い起こさせる。


「わかっているわね?」


 言葉が少なくても、纏う気品は支配者のそれだった。セオドア様が産まれる前まで、世継ぎとして育てられたセイラ様の迫力にセオドア様が取り繕ったようなぎこちない顔で笑ってみせる。


「はい姉上」


「明日早朝にドラクロアへ出立します」


「シャイアン様また王都に参りましたら一緒にお茶会いたしましょうね?」


「……心よりお待ちしております」


 明日の朝ルーベンスを見送りたいけれど、できる気がしない。


 ルーベンスがいなくなる。


 セオドア様が懸命に話しかけてくださったけれど喪失感と虚脱感に囚われて内容が全く頭に入ってこなかった。


 何もやる気が起きない、体調不良を理由にベッド上でぼんやりとドラクロアがある方角の窓の眺めることが増えた。


 布団の中に潜り込めば無理をして笑わなくて済む。


 貴族からの面会も、心配してお見舞いに訪れてくださったセオドア陛下の入室もお断りした。


 侍女たちが帰った後、幽鬼のようにふらふらと聖香を焚きその炎をボンヤリと見つめ続け寝ぬれぬ夜を過ごし、明け方ベッドに引きこもる。


 ルーベンスの育て方が悪かったのだろうか、気分が良い日には首都にある双太陽神教会に赴き、双太陽神に祈りを捧げて過ごす。


 閉じ籠もっているばかりでは良くないからとセオドア陛下は城門前まで見送ってくれている。


 何度目かの礼拝の際に司教様よりローズウェル王国に大いなる災いが迫っていると告げられボンヤリとした頭に響く。


 甘い聖香が心地いいい。


「……災い……?」


「ええ、双太陽神教会の神子がいらっしゃるスノヒス国で神託がございました」


 災いは本来王位を継承するべき後継者を蔑ろにしたことで双太陽神がお怒りになっているので本来あるべき正道に戻さなければならないのだという。


 正当な後継者を呼び戻し、本来あるべき者を王とし、国の在り方をあるべき姿に戻さなければ国は災厄に見舞われてしまうのだという。


 ぐわんぐわんと揺れる司祭の声がまるで神から直接お言葉を頂いているような感覚に陥っていく。
 
「それは、回避できるのですか?」


「災いを祓う事が出来るのはスノヒス国にある双太陽心教会の本神殿の中でも神子様に拝謁が叶うごく一部の高位聖職者だけです、彼らに出向いていただければあるいわ……」


 この国を、セオドア様に降りかかる災いを祓得るならば、それでいいのではないだろうか、あぁそうか、私が守りたい者はセオドア様とルーベンス、それからルーイだけ……


「司教様、出来得る限りの寄進を致します。 ですからこの国を災いからお救いください」 


 王妃としての体裁を保てるようにと自らの首に下がっていた大きめのネックレスとイヤリングを外して両手に載せて寄進する。


 賄賂であれ寄進であれ、大切な者を守れなければなんの価値などないのだから。


 次第に城へ聖職者を招き、懺悔を行うようになり、そんな中、セオドア陛下が乱心されてしまった。
 
「陛下!? カイザーを王太子につかせるなど正気ですか!?」


「ああそうだ」 


 執務机から顔すら挙げないで淡々と告げる陛下の様子に頭に血がのぼる。


「ルーベンスから王位継承権を返上したいと話が来た」


「そんなはずありませんは! ルーベンスは、ルーベンスはこの国の正当な後継者です! きっと誰かに唆されたのです!」


「誰かとは、心当たりでもあるのか?」


「ダスティアの小娘に決まってます! あの娘のせいでルーベンスは辺境などに行くはめになったのですよ!」


「ルーベンスを姉上の居るドラクロア辺境伯の所へ行かせたのは私だ、罪なき臣下を疑うな」


 信じられない、またあの女はわたくしから大切なものを奪おうというのか。


 執務室を後にして自室へ戻り、新たに併設した祈祷室で聖香の香炉へ火を入れる。


 甘やかな聖香の香りが漂う中、簡易祭壇に双太陽神の無情を泣きながら訴える。


 あぁ、これが災いなのだ。


 あの憎い女から産まれた本来ならば産まれるはずがなかった王子。


 簡易祭壇では祈りが足りないような気がして、王都の教会へ馬車を出す。


 早く、早く災いを祓わなければならないわ。


「よくいらっしゃいました王妃陛下」


 教会の正門へ馬車を乗り付ければいつもの神官とは違った青年が教会内へ案内してくれる。


 平民たちも使う大祭壇を過ぎてその奥にある貴族用の祭壇を過ぎる。


 位の低い神官や神官見習い達がわたくしの姿を見つけるなり道を開けるために隅へ向かい深々と頭を下げる。


 王侯貴族用の個室祭壇へ入室すれば嗅ぎなれた甘い聖香の香りにホッと息を付き、そのまま接用テーブルへ案内され引いてもらった椅子へと腰を掛ける。


 同席の許可を求めてきた司教へ着席するよう許しを与えて、他愛ない話題をいくつか繰り返したあと本題へと話を持っていく。


「この度のルーベンス殿下の王位継承権の放棄は、真に王位を継ぐべき者が継承するようにと言う双太陽神のご意思なのです」


「ローズウェル王国を継ぐべきなのはカイザーだとでも言うのですか!?」


 怒りにグワングワンとその言葉が頭の中で木霊する。


「……正しき血を引く者こそが真に双太陽神から認められた王国の後継者です」


「正しき後継者?……第一王子?……ルーイ?」


 ルーイ、産まれてからすぐに引き離され、これまであったことが無い、そう……存在すら忘れかけていた我が子。


 甘い甘い聖香の香りが思考にこびり付く。


「そう……呼び戻すのです、全ての間違いを正してしまいましょう。 高位神官に正当なる後継者として祝福をいただくのです。 双太陽神教会は王妃陛下の味方です」


「わたくしのミカタ」


「そうです、我々は双太陽神教会は王妃陛下の味方です」


 いつの間に近くへ持ってきたのだろう、聖香の香りが濃くなり思考がとろける。


「うふふっ、うふふふふ、うふふふふっ」


「我々が力を貸します、王妃陛下を悩ませる邪神の徒は全て消してしまいましょう」 


「スベテケシテシマエバイイ」 


 ミノホドシラズにもオウイを狙うジャシンノトに情けなどかけずに幼少期に始末しておけば良かったのよ。


 そうよ、そうだわそうしましょうこれからでも遅くないルーベンス(セオドア)はわたくしがお守りしなければ。


「ダレニモウバワセタリシナインダカラ、フフフッ、アーハハハハ」 


 狂ったように高笑いを上げるわたくしを止める者は居なかった。





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