『原作小説』美形王子が苦手な破天荒モブ令嬢は自分らしく生きていきたい!

紅葉ももな(くれはももな)

二十四話『落下』

 どうやらいつの間にか眠ってしまったらしく私は馬車の座面に横たえていた身体をゆっくりと起こした。


 ダスティア公爵家の大型馬車はレイナス王国の国境を守る山脈の狭い参道を進めないため、王家所有の箱馬車を利用している。


 参道の斜面で斜めになった座面で寝ていたせいで身体が変な体勢になっていたのか、少しだけ痛みを伴う。


 馬車の窓を塞ぐカーテンをめくれば既に空は橙色に染まり始めているようであちらこちらで焚き火が起こされている。


「リシャーナ様、お目覚めですか?」


 馬車の扉が叩かれて返事を返せばクラリーサが馬車の外からティーカップの乗った銀盆を渡してくる。


 紅茶の香りすら悪阻には堪えるようで、最近ではいつも温められた白湯に砂糖が溶かされている。


「ありがとう、クラリーサ。 どれくらい寝ていたの?」


「それほど長くはお休みになられておりませわ」


 ゆっくりとティーカップに口を付ければ舌に感じる甘味とかすかな塩味の温かな白湯が強張った身体を暖めてくれる。


「今、夜営の準備をしている者達が手分けして夕食を準備しておりますが、リシャーナ様食べられそうですか?」 


 心配そうに聞いてくるクラリーサには悪いけれど多分受け付けないだろう。


「遠慮しておくわ、私の分までクラリーサが食べてきて、帰りにクラリーサ特製の白湯をもう一杯貰ってもいい?」


「えぇもちろんでございます。 なるべく早く戻って参りますね」


 クラリーサを見送って馬車の扉が閉まったのを確認し、少しぬるくなった白湯を一気に飲み干す。


 悪阻で食べ物がほとんど受け付けない私にとってこの白湯が食事代わりになっている。


 ティーカップを銀盆に戻して身体を座席に横たえるけれど、先程まで寝ていたせいですっかり目が冴えてしまったらしい。


 外から聞こえてくる楽しげな談笑に耳を傾けていたその時、すぐ近くので悲鳴が上がった。


「えっ、なに!? どうしたの!?」


 馬車の中から外を覗こうとして窓越しに争う姿があちらこちらで起きている。


 一体なにがおこったの!?


 動揺しているうちに馬車に何かが当たったらしく、ドン! という音と衝撃に小さな悲鳴をあげかけて慌てて口を押さえた。


 馬車の外でなにが起きているの?


 震える手で馬車の扉の鍵を締める。


 カイは無事だろうか、クラリーサは、皆は無事?


 心配と恐怖に押し潰されそうになっていると、前方から強い衝撃を受けて馬車の車体に右肩を強打した。


「痛っ」


 今の衝撃を受けて馬車を停めていた車輪止めが外れてしまったらしく、馬車は坂道を逆走しはじめた。


「いやぁぁぁあああ!」


 石壁に車体を擦りながら下っていく馬車に必至にしがみつく。


 やばい、これ死んだ? うそうそうそ、カイとこれから幸せに暮らそうねって、元気な赤ちゃん産むからねって約束したのに、こんな展開あり!?


 神様のバカヤロー!


 ひとしきり心の中で罵声した次の瞬間ふわりと身体が浮き上がった。


「へっ?」


 浮遊感から一転、身体が馬車の天井に張り付く。


 落ちるぅぅううう!


 これまでの思い出がゆっくりと頭のなかを過ぎていく。


 あぁ、これが走馬灯というやつか。


 死を覚悟して目を閉じ……るわけがあるか!


 まだ十代なのに死んでたまるか!


 お腹の中にいる赤ちゃんが大人になって子どもを作って孫をこの手に抱くまでは絶対に死なない。


 ドラム式洗濯機の中みたいに回った馬車の車体に身体のあちこちをぶつけながらもお腹を庇うように身体を丸める。


 バシャンと大きな水の音と同時に落下の衝撃を背中に受けて一瞬意識が飛びかけたけれど派手に咳き込んだことでなんとか持ち直す。


 壊れた馬車の隙間から川の水が次々と流れ込んでくる。


 なんとかして馬車の中から脱け出そうと扉を開けようと試みたけれど、変形してしまったため開かない。


 となれば脱出口として可能性があるのは馬車の窓。


 辺りを見回して落ちていた銀盆を叩きつけ、落下の衝撃でいびつに割れていたガラスを身体が通れる位までこじ開ける。


 脱出の際に寝間着がガラスに引っ掛かり破れてしまったけど、なんとか水面へと顔を出すことが出来た。 このまま行ったら馬車は間違いなく沈むだろう。


 空中分解しなかっただけでも王家お抱えの馬車は頑丈に出来ていたらしい。


 そして川の深さがあるところだったことも今のところ生きている要因だろう。


 寝間着がどんどんと水分を吸い上げて、身体の熱を奪っていく。


 なんとか川岸に、陸に上がりたい。 


 必死に目を凝らして上陸出来そうな場所を捜すと車体に衝撃を受けて身体が空中に投げ出された。


 水中でなんとか水面へと顔を出すためにもがくけれど、もがけばもがくほどに自由が効かない。


 もうダメかと諦めかけた時、何か胸の前に飛び込んできた。


 咄嗟にそれを両手で掴むと水面まで押し上げられる。


「ぷはっ、げぼげほっ助かった」


 しがみついたまま盛大に噎せこみ、自分が胸に抱いたままの物を確認する。


 月明かりに照らされて白光するダチョウの卵サイズのそれは、本来なら薄紅色をしているはずだ。


 川の流れに上手に乗りながら岩を避けている。


「卵ちゃん、助けに来てくれたの?」


 レイナス王城で貴族達の仕掛けた網に捕まっていたはずなのに、この場にいると言うことはそう言うことではなかろうか。


 問い掛けたもののやはり卵がしゃべる筈もなく、流れが緩やかになった所を見計らい卵が岸へと運んでくれた。


 一体どれ程流されたかわからないけれど、濡れた服をそのまま着ているのは低体温症になってしまう。


 それにこれ以上我が子がいるお腹を冷やしたくない。


 体温を奪われ寒さにかじかんだ手で濡れた自分の服を脱ぎ、近くに生えていた木の枝を利用して水気を絞る。


 絞った服で身体についた水分を拭き取りもう一度絞り直す頃にはすっかり身体が冷えてしまっていた。


「寒い」


 ガタガタと震える身体を抱き締めながら服を近くにあった木に引っ掛ける。


 低体温になって心停止を起こさないように身体を擦って体温がこれ以上下がらないよう身体を温める。


 着替えがあれば良かったけれど無いものをねだっても仕方ない。


 緊急とはいっても山の中で全裸はさすが抵抗はあるけれど、ほぼ全裸に近いビキニの水着を着ていた記憶があるだけいくらかましかな。


 そんなことをしていたら足元をチョロチョロしていた卵が突然移動をはじめ、そのまま川辺に生えていた立派な大木にぶつかった。 


 ドシンと地響きを立てて大木が見事に倒れた。


 その木を寝床にしていただろう鳥と周囲にいた鳥達が慌てたように鳴きながら飛び立つのを見送りながら呆気にとられる。


 城壁すら破壊するとは聞いていたけれど、話に聞くのと実際に見るのではやはり衝撃が違いすぎる。


 木を倒して何をするのかと思ったら器用に大木の上に跳ね上がり落ち着く場所を見つけると猛烈にその場所で回転しはじめた。


 生木のはずなのに摩擦で皮から煙が出始めている。


「煙!? お手柄よ卵ちゃん!」


 あれだけ煙が上がっているなら焚き火ができるかもしれない!


 いそいで河原に視線を走らせて落ちている木の枝や枯れ落ちた葉っぱをかき集めて小さな山にすると煙が出ている木の皮をひっぺがして、用意した焚き火へ放り込む。


「つけー、つけー、お願いついてー!」


 ふぅふぅと息を吹き掛けながら待つこと数秒、チリチリとした小さな音をたてた後、着火は不発に消えた。


「ぐぁぁあ、まじか、つけよ!」


 頭を抱えて、絶望感に浸る。


 なんだろう……色々一気に有りすぎて悪阻とか二の次になってきたよ。


 具合悪くても動かなきゃ死ぬ!


 そんな私の様子を見ていたのか卵が大木の上でぴょんぴょん跳ねだした。


 本当にこの竜卵の殻はどれだけ丈夫なんだと問いたい。


 何を伝えたいのかわからずにいると数度回転して見せてからまたぴょんぴょん跳ねだした。


 えっ、回ってる……そこで回るの? 


 悩んだ末に足元にある枯れ木や枯れ葉を大木まで持っていって、卵が掘った穴に入れると猛烈な勢いで回りだした。


 生木ではなかなかつかなかった火があっと言う間に着いたためその側に近寄る。


 体表を焚き火が暖めてくれる。


 丸で仕事をやりきったとどこか誇らしげに見える卵の様子に吹き出した。


 悲観にくれてメソメソ泣くなんて性に合わない、これまでだって全力で生き抜いてきたんだから。


 こちらへ転がってきた卵から僅かに煙が上がっている、まさか中身……ゆで玉子になってないよね?


 心配になっていると、卵は先程まで流されてきた川に浸かる。


 ジュッと熱した鍋に水をかけた時のような音がして、少ししてからこちらへと戻ってきた。


 体育座りで座り込んでいた私の隣にやって来たので、心配で手を伸ばすとその手にすり寄ってくる。


 あんな音をたてるほど熱を持っていた卵は急速に川の水で冷ましたけれど割れたりはしていないようでホッとする。


 程よい暖かさが残っている卵が湯タンポのようで両手で持ち上げる。


 膝の上に乗せると膝と胸元が暖かい。


 少しだけ足を伸ばして卵をお腹に近づけて冷えてしまったお腹を暖める。


 おとなしく抱かせてくれる卵の熱と焚き火に暖められながら気が付けば寝落ちしてしまっていた。


  
 



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