『原作小説』美形王子が苦手な破天荒モブ令嬢は自分らしく生きていきたい!

紅葉ももな(くれはももな)

二十三話『帰路の障害』

 よく早朝密かにローズウェル王国へ帰還するための最終準備が着々と進められている。


 とは言っても出立する予定だった日に合わせてほとんど荷物は整理済みで必要な物だけを引っ張り出して使用していたためそれほど片付けは多くない。


 クラリーサの手を借りてレイナス王国へ来るときに着てきた旅装に身を包む。


 なんとも言えない体調の悪さはあるものの、まだそれほど酷くないのが救いかな。


 あれこれしている間に同じく旅装に着替えを済ませたカイがフォルファーを連れ入室してきた。


「これから出立の挨拶に向かうが歩けそうか?」


「うん、大丈夫」


 差し出された手のひらにそっと自分の手を重ねてそれまで腰かけていた椅子からゆっくりと立ち上がる。


 本当は大丈夫じゃないけど、私が弱っている姿を晒せば、ローズウェル王国から同行してくれた者達を不安にさせてしまう。


 それにここはレイナス王国、無理にでも平静を装わなければならない。


 にっこりと微笑めば、痛ましげにカイの暖かな腕に抱き締められた。


「すまない……王都を出るまで辛抱してくれ」


「うん、国へ帰ろう」


 触れるだけの優しい口づけを交わして、カイの左腕に右手を添えて背筋を伸ばすと貴賓室の扉を出る。


 もちろん後ろからは竜の卵が当たり前のようにゴロゴロと付いてくる。


 既に挨拶は済んでいるため、見送りは陛下の名代としてレオル殿下と婚約者であるセリオン・ヒース侯爵令息の腕にしっかりと自らの腕を絡ませたガブリエラ王女がやって来てくれている。


「リシャーナ妃殿下……」


 セリオン様に促され、躊躇うようにガブリエラ王女がゆっくりとドレスを両手でつまみ上げ、ドレスの裾が床へつくほどに膝を曲げ、深くこちらへと最上級のカテーシーをしてくれた。


 王族である彼女はその地位の高さもあり、この最上級の敬意を表すカテーシーをする相手は限られる。


「リシャーナ妃殿下、賓客である貴女様へ失礼な事をしてしまい誠に申し訳ございませんでした」


 羞恥のためか耳まで真っ赤に染め上げて謝りなれていないのだろう、言葉拙く謝罪を告げる姿は、普段の強気で高慢なガブリエラ王女の姿とは全く違い年相応の女の子に見えた。


 そんな必死な姿を見て、なぜかあれほどイライラしたのに、憎めないような感覚に陥ってしまった。


 こんな出会い方をしてしまったけれど、彼女も好きな人に振り向いてほしくて必死だったのかもしれない。


「ふふっ、大丈夫です。 謝罪はしっかりといただきましたから、あの……ガブリエラ殿下、私とお友だちになって頂けませんか?」


「お友だち?」


「えぇ、お友だちですわ! 駄目ですか?」 
   
 友達になってほしいなんて他国の王女殿下へ軽々しく普通は言わないだろうなと思いつつも、あえて言う!


 公爵令嬢であったなら身分差的にアウトだろうけども、一応王家に嫁ぎ王族のはしっこに引っ掛かった今なら王女の友人がいたって問題ないでしょう。


「お友だち……初めてのお友だち? 本当に?」


「えぇ、本当に……駄目ですか?」


 おろおろする姿が可愛くてしっかりと肯定し頷けば、目を泳がせて挙動不審にフン!と横を向いてしまった。


「どっ、どうしてもとおっしゃるのであればお友だちになってあげないこともありませんわ!」  


 そわそわしつつこちらをチラチラ見ながらツンデレるガブリエラ王女の姿に密かに萌える。


「わぁ、ありがとうございますガブリエラ殿下」


「姉上……」


 そんな姉の様子にレオル殿下はため息をつく。


「良かったですね。殿下」


「はい!」


 嬉しそうなガブリエラ王女を見つめるセリオン様の眼差しが激甘でしたごちそうさま。


 和やかに別れの挨拶をつつがなく進めるその後ろでは大型の猛獣を捕らえるために使われる太い縄で編み込まれた投網を持ち青い顔でそろそろと竜の卵へ近づく数名の不審者が気になって仕方がない。
 
「ところでレオル殿下、後ろの方々は一体……」


「申し訳ありません、彼らのことはお気になさらないでください」


 良い笑顔のはずなのに、漂う雰囲気がどこか黒い。


「いまだっ!」


 その掛け声と共に駆け出した人々の手によって卵が網へと捕らえられ網のなかで跳び跳ねる。


「引けぇー!」


 その掛け声で卵入りの網が縄に吊りさげられるように空中に捕縛された。


「さて、それでは私たちはこれで、リシャ行こう」


「えっ、あっうん。 ところであれ大丈夫なの?」


 振り子のようにぷらぷらと揺れる卵に視線をやると、いきなりしゃがみこんだカイに抱き上げられる。


「問題ない」


 すたすたと出口に早足で向かうカイが問題ないと言うなら、問題ないんだろうと自分を納得させる。


 慌ただしく用意されていた馬車へ乗り込み、直ぐ様護衛達の先導のもと城を発った。


「さっきのあれってなんだったの?」


「あぁ、竜の卵の所有権に関して少しもめてね、確かに竜の卵は魅力的だがそれが原因で国交に支障を来すわけにはいかないだろう?」


 エルナン陛下は竜の卵が決めることで人の手で止められることではないと仰っていたらしいが、貴族達の中には納得していない者もいる。


 納得できないなら自分達でレイナス王国へ留めてみろと陛下から言われて、先程の大捕物となったらしい。


「そうだね、平和が一番だもん。 それにあの卵もきっと親や兄弟達がいるところで暮らす方が良いよ、竜の飼育とかできる気がしないもの」


 他愛ない会話を重ねながら王都を出てから何度か休憩を挟みつつその日の宿泊予定としていた小さな街へたどり着いた。  


 昨夜のうちに先行したレイナス王国の騎士の一人が既に宿泊していた客達と宿の店主と交渉を済ませており宿を一つ貸し切ってくれていたため、相部屋であるものの一行全員に部屋を割り当てることができたみたい。


 野営も入れながら最短ルートでローズウェル王国を目指す予定にしていたのだが、王都を出たことで少しだけ緊張が和らいだのか本格的な悪阻が始まってしまったのだ。


 怠く力が入らない身体と常に吐き気に悩まされる。


 眠気に目を閉じても吐き気が来て飛び起きる。


 出来る限り野営せずに済むように遠回りしながら馬車で移動していく。


 悪阻でままならない身体をカイに支えられ、時には太ももを枕代わりに横たわり悪阻を意識しないようにしてやり過ごす。


 食事はほとんど受け付けず少量の果実水のみ摂取しながら移動を繰り返しレイナス王国とレイス王国との国境に差し掛かった所で馬車が止まった。


 先程小休憩を挟んだばかりなのでこんなところで停まる必要はない。


「何事か!」


 カイが馬車の窓から顔を出して解いたただせばすぐに馬車と並走していたフォルファーが馬を寄せてくる。


「この先で倒木が道を塞いでおります、今レイナス王国の騎士達が除去出来ないかと確認しておりますので暫くお待ちください」


 フォルファーの言うように馬車の窓からかろうじて見える距離に街と街を繋ぐ街道を塞ぐように大きな木が倒れ込んでいるようだ。


「除去出来そうか?」


「時間が掛かりそうです、動かすにも切断しなければ転がすことも難しそうでね」 
 
 除去出来るならいいけれど、今いる場所はレイナス王国とレイス王国を隔てる山脈の中、それなりに背丈のある草は生えているものの、木はわずかばかり斜面を登った所まで伐採されているため斜面に車輪を乗り上げれば馬車がすれ違えるだけのスペースは確保できる。


 しかしこうも斜面を巻き込みしっかりと道を塞がれては、道具を取りに近くの街へもどり時間を掛けて倒木を避けるか、馬車を捨ててレイス王国へ行くか、来た道を戻り遠回りとなるがレイナス王国の南に位置するマーシャル皇国を通りローズウェル王国へ帰るしかない。


「今レイナス王国の騎士が斧やノコギリ等の道具を取りに数名が急ぎ山を下りました。 この一つ前の野営地に戻るには既に時間が遅く、今晩はここで野営することになりそうです」


 上り坂の途中で馬車は斜めになっており、車止めが甘くなれば逆走の末谷底へ真っ逆さま。


「わかった、縄は十分な位にあるな? 馬車はしっかりと立木に固定しろ、道具が届き次第みなで撤去作業に取りかかるぞ! それまで野営の準備を進めながら交代で休め! クラリーサを呼べ」


「御意」


 指示を受けたフォルファーはカイの言葉を伝えるために馬車から離れていき、あまり間を開けずにクラリーサが馬車へやって来た。


「クラリーサ、リシャの付き添いを頼む、私は指揮を取らなければならないからな」
 
 儘ならない体調と、それに伴う不安を抱えていたせいか、ずっと側に居たことと寄り添っていた私の隣から立ち上がろうとするカイの服の裾を無意識に掴んでしまった。


「大丈夫だ、すぐに戻ってくるよ」


 不安げな顔をした私を宥めるように頭に触れた手がスルリと髪の上を撫でていく。


「気を付けて」


 カイの後ろ姿を見送る。


 ずっと側にあった暖かな体温が離れてふるりと寒気が走り、これ以上カイの温もりを失わないように肩に掛けていた毛布をしっかりと巻き直す。 


「妃殿下、お飲み物はいかがですか?」


「もう、クラリーサ! 二人だけの時くらいいつも通りに呼んで」


 レイナス王国にいる間、侍女が王太子妃殿下に馴れ馴れしくするのは良くないとクラリーサは妃殿下と呼ぶようになり私から一歩距離を置いた。 


 元々は公爵家の末娘、高位貴族の責任のほとんどは姉様や兄様達が受けコロコロとしたぽっちゃり女子だったこと、私自身が婚約者を望まなかったことで幼い頃から婚約者を押し付けられずに済んだ。


 まぁ高位貴族を嫁にしてお父様に資金援助してもらおうと企む伯爵家が息子の嫁にとか侯爵様が後妻にとかお話もあったらしいけど、双方とも父様と兄様達が捻り潰し、実質お見合いの茶会でルーベンス王子を蹴り飛ばし、不敬を許されたものだからそれ以降暴力公爵令嬢を嫁にしようとする強者は居なくなった。


 身分が変わった今、今まで通りとはいかないのはわかってる。


 わかっていても、妊娠してから情緒不安定になっているから、呼び方が変わるなんて些細なことで心が揺れる。


 野営の準備は着々と進められており、坂道にも拘らず焚き火で簡易ではあるけれど、硬いパンと干し肉と野菜を煮込んだ塩味のスープが振る舞われた。


 質素なスープですら吐き気を催すのは勘弁してほしい。


 干した果物を少しずつ口へ運び、馬車の座席に身体を横たえ身体を丸めて、大きくなるどころか悪阻でへこんだお腹を静かに撫でる。


 倒木の撤去作業は夜を徹して続けられるようで外は賑やかだ。


 今の私に出来ることは体力を温存させること、悪阻が早く落ち着いてくれることを祈りながら目を閉じた。



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