『原作小説』美形王子が苦手な破天荒モブ令嬢は自分らしく生きていきたい!

紅葉ももな(くれはももな)

二十二話『お家へ帰りたい』

「……重い……」


 まるで金縛りにでもあったのかと勘違いする程の重さを感じて目が覚めれば、首筋に寝息を感じて自分をベッドへと押さえ込んでいる正体に気がついた。


 いつ部屋へと戻ってきたのかも、隣に寝たのかも全く気が付かなかった。


 竜の暴走から数日間、怪我と心労から熱を出して寝込んでいるうちに竜祭りは終わってしまったらしい。


 今は壊された城の修復に力を入れていているらしく、窓の外からは毎日レイナスの兵士達のものだろう威勢が良い掛け声が聞こえてくる。


 毎日カイはレイナス王国の貴族達や王族と外交を重ねている。


 疲れているのだろう、熟睡しているようで私が起きたことに気がつく様子もない。


 結婚当初は睡眠も浅く、気配に敏感ですぐに目を覚ましていたカイだけど、抱き枕にするように私に抱き付き眠るときは比較的深い眠りに付くことが増えつつある。


 起こさないように自分を抱き締める逞しい腕から抜け出そうとして、身体を動かした所でお腹の前に硬い物がありごそごそと掴んで目の前に持ってきた。


「当たり前のようにベッド潜り込んでるね卵ちゃん」


 自分の定位置はここだと主張するように毎日のようにベッドに埋まっている薄紅色の卵を人差し指でつつく。
 
 だいぶ痛みは引いたもののまだ傷やら打撲やら鈍く痛む身体をゆっくりと起こして、トイレへ行くために静かにベッドから抜け出す。
 
 そんな私の後を追うように卵がベッドの上から床へ落下し、絨毯の上に落ちたはずなのにガツンと鈍い大きな音を立てた。


「リシャ?」


 その音でカイの目が覚めたらしく、私の配慮は台無し。 


「おはよう、お手洗いに行くだけだからもう少し寝てて?」


 仕方がないのでベッドまで戻りカイの頬へ唇を寄せる。


「無理はするなよ……」


「うん」


 新婚旅行中に更に過保護に磨きがかかった気がするのは気のせいだろうか。
 
 後ろをゴロゴロとついてくる卵を無視して厠の扉を開けて中へ入ると中まで着いてこようとしたため、持ち上げて扉の外へと出す。


「こら、いくら卵でもここは入っちゃダメだよ」


 そうしゃがんで卵を床に置く、動きを止めたため扉を閉めて一息ついた。


 用を済ませて扉を開ければ、まだその場で動かずに待っている姿は、まるで主人の帰りを待ち構える忠犬のようでなんだか可愛い。


 竜祭り最終日の翌日にローズウェル王国への帰国するためにレイナス王国を出立する予定だったけれど、私の怪我を考慮して十日ほど延期せざるをえなかった。


 異変に気が付いたのは数日前のこと、眠気に襲われることも多かったけれど、ずっと大きく狂う事がなかった月のものが大きく遅れている。


 レイナス王国の竜祭り最終日には来ているはずだった。


 始めに気が付いたのは幼い頃から私の世話をずっとしてくれているクラリーサだった。


「あら? リシャーナ様、月のもがおくれているのではありませんか?」


 他の人が出払い、二人だけの部屋でクラリーサが入れてくれた大好きな花の香りがする紅茶を飲もうとして噎せた。


「げほっ! えっ、本当に? 前に来たのがたしか結婚式の前でしょ……」


 指を折り過ぎ去った日々を数える。


「あれ? 本当だ……怪我をしたし、熱を出したから狂ったのかな」


 首をかしげながら改めて紅茶を口に含む。


「うっ、あれ? ねぇクラリーサ、茶葉変えた?」


 僅かな味覚の違いに違和感を覚えクラリーサへ問い掛ける。


「いいえ、リシャーナ様がお好きないつもの蜜花紅茶ですよ?」  


 不思議そうに見られるけれど、なんとなく飲みたくなくてそっとティーカップをテーブルへ戻した。


「もっ、もしかしてご懐妊では!?」


 クラリーサの言葉に勢いよく視線を合わせる。


「えっ!?」


 妊娠、確かにもうカイとは夫婦になっているし、そのぅ……一緒に寝ている訳ですからして、子供が出来ることもあるわけですけど、他国でそれが判明するのはよろしくない。


「まぁまぁまぁまぁあああ! 直ぐに殿下にご連絡して医師に見ていただかなくては!」


「まっ、待ってクラリーサ! 絶対にダメよ! 知られてはいけないわ!」
    
 慌てて椅子から立ち上がりテンションの上がって扉へ向かって医師を呼びに行きそうな勢いのクラリーサの腕へ飛び付いて引き留める。


「ここはレイナス王国よ、ローズウェル王国じゃない……いくら友好国だったとしても絶対に知られてはいけないわ」


 そう、只でさえ想定外に竜の卵になつかれてしまい、無事に帰国することが出来るのか怪しい。


 エルナン陛下はレイナス王国から帰国する際に騎士を護衛として同行させてくれると約束してくれたとカイは言ってはいたけれど、その表情に安堵の色は見られなかった。


 考えたくはないけれど、竜は稀少でありレイナス王国の宝であり戦力でもある。


 そんな生き物をそう簡単に他国へ出すだろうか。


 エルナン陛下の言葉を疑うわけではないが、全ての貴族がエルナン陛下の言葉に素直に従うとは思えないし、他国から入り込んでいるだろう密偵が竜の卵を狙っているだろう。


 これから先ただ一人の人間にのみ忠誠を誓う竜を簡単に手にいれる方法を、力で全てを解決しようとする者が出てこないとも限らない。


 エルナン陛下の言葉の挙げ足を取るとしたらレイナス王国内での移動は両国間の友好の一端として保証されるけれど、レイナス王国さえ出てしまえばレイナス王国側の面子は保たれる。


 国境を越えてからローズウェル王国一行を襲わせて竜になつかれている私は拉致監禁、残りは証拠隠滅のため殲滅だってありうる。


 妊娠が本当ならば、竜卵の相棒が赤ちゃんだった場合私が残っていては不都合だろう。


 医師に診断を受けていないから確定しているわけじゃない、しかし妊娠しているものとして動いた方が良いだろう。


 つわりは人それぞれ重い人も軽い人もいるらしいから私がそのどちらだとも言い切れない。


 本格的なつわりが始まれば私は動きにくくなる、ならその前に動くしかない。


 情緒不安定になっている自覚はある、不安のためか食欲も落ちてしまった。


 ゆっくりとベッドへ戻り掛布の中へと潜り込むと広いベッドの上を移動してカイの側へと横たわる。


 寝間着の布越しでも直接体調が感じられるほどくっついて、やっと安堵できる。


 人が五人は並べるほどに大きなベッドの中で安堵できるのはカイの温もりがある狭い範囲だけ。


 無意識にカイの服を握り締めていたらしく頭を撫でられハッと顔を上げると、カイの深い海のような青い瞳がこちらを見ていた。


「どうした? 眠れないのか」


「カイ、話があるの……」


 まだ陽が昇るにはしばらく時を有するような時間だ、部屋の外には護衛の兵は居るだろうけれど新婚夫婦の邪魔をするような無粋なものはいないだろう。


 真剣な私ね様子になにかを察したのか、カイは掛布を頭の上まで引き上げた。


 すっぽり頭まで潜ってしまうと酸素は薄くなってしまったけれど、これなら声を掛け布団が吸収してくれる。


「カイ、多分だけど……赤ちゃん……出来たみたい」


 ヒュッと小さく息を吸い込み驚いたように目を見開いたカイの顔が次の瞬間ぐずぐずに甘くとろける。


「リシャ、本当に?」


 ぎゅっといたわるように抱き締められて広い胸に身を委ねる。


「うん、でもレイナス王国の医師に見てもらうわけにはいかない、だから国へ帰ろう? 私たちの国へ……」


 私の言いたいことは察しの良いカイにはきちんと通じたらしい。
  
「明日出立する、クラリーサに言って準備していてくれ」


 小さく頷き、目を閉じる。


「ありがとうリシャ、必ずお前を、俺達の子を守ってみせる」


「うん……」


 労るような口づけと、腹部に添えられた鍛えられた硬い手に自分の手をそっと重ねる。


 明日は忙しくなる、でも今はこの幸せな時を大切にしよう。





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