『原作小説』美形王子が苦手な破天荒モブ令嬢は自分らしく生きていきたい!

紅葉ももな(くれはももな)

133『アラン様の優しさ』

 私を庇ってレブランの短剣を脇腹に受けたカイザー様はまだ目を覚まさない。


 私が意識を失っている間に、火事で使える状況にない王城ではなく、王城の近くにあるダスティア公爵家の屋敷に運び込まれ、緊急手術が行われたらしい。


 寸前で急所は外したようだが、アラン様が応急処置を施してくれなければ、カイザー様は私の腕のなかで死んでいたかもしれない。


 しかもレブランの言った通り短剣には致死性の高い毒まで塗られていた。


 直ぐに宮廷医師によって手術を施したが、出血量が多く高熱も併発し生死の境をさまよったまま既に三日も目を覚ましていない。


 目の前でベッドに横たわるカイザー様の額からすっかり温くなった布を外して、冷水で洗い絞り直した布を静かに額へと乗せる。


「リシャーナ様、少しお休みになりませんと」


「うん、ありがとう……でももう少しカイザー様に付いていたいの……」


 城へ戻ってから私はカイザー様の看病をさせてほしいと陛下のお許しをいただいてずっと側に控えている。


 侍女や皆を心配させていることは知っている。  


 医学の知識もない、ちょっとだけ前世の記憶があるだけの無力な女に出来ることなど……ない。


 それでも、出来るだけ長く側に居たかった。


 私が側から離れた隙に、容態が急変し死んでしまうのではないかと怖かったのだ。


 もう一度カイザー様の青い宝石のような美しい瞳が嬉しそうに細められるのを見たい。


 苦しそうに噛み締められている唇を親指で撫でる。


 目を覚ましてまた『リシャ』と 私の名前を呼んで?


 気を抜くと不安ばかりが大きくなり、意思とは別に目尻に浮かぶ涙をハンカチで乱暴に拭き取った。


「……リシャ……カイザー殿の容態はどうだ?」


「……アラン様?」


 いつの間にやって来たのか、私の後ろにアラン様が居た。


 日に何度かこうして護衛を伴って、クリスティーナ様やルーベンス殿下、ライズ様を伴ったシャノン様が様子を見に訪れてくるのだ。


「まだ……めっ、目をさっ、覚まされなっ、ない……んです……」


 泣いていたのを気取られまいと元気よく聞こえるように出した声は、本人の希望を裏切り途切れ途切れにしか出てこなかった。


「リシャ……少し休め」


「で……でも!」


「お前がそんな調子じゃ、いつ倒れるか心配でカイザー殿が休めないだろうが」


 アラン様の言葉に顔を上げれば、眉間に皺を寄せたアラン様がいた。


 分かっている、それでも自分で側を離れられないでいる私の様子に、アラン様は強引に私を担ぎ上げて部屋の外に向かって歩きだす。


「あっ、アラン様!? 放して!」


 力が入らない両腕でポカポカと背中を叩いたが、アラン様は歩幅を緩めることなく扉へ向かって歩き出した。


「……さっさと起きないなら、リシャは貰うぞ……」


 アラン様はぼそりとそう言うと、部屋付きの侍女に看病を代わるように言い付けて、足早に城内を進んで行く。


 アラン様はカイザー様の救命に尽力した事を陛下に感謝され、護衛を伴っていれば国家機密に関わる書類などがある区画を除いて比較的自由に城内を散策する許可を得ている。


 私を担ぎ上げたままやって来たのは、城の裏手に作られた小さな庭園だった。


 あらかじめ用意されていたらしいテーブルセットの椅子に私を下ろすと、城の一室を指差す。


「ほら、あそこに見えるのがカイザー殿がいる部屋だ、ここならなにか有れば直ぐにわかるだろ?」


「うん……」


 アラン様の話が本当なら確かにこの庭園からなら異変が解りやすいかもしれない。


 ぼんやりとした頭でそう考えていれば、アラン様の指示で次々とテーブルにパンに色々な具材を挟んだ軽食や、甘い匂いを放つ焼き菓子などが並べられて行く。


「ほら、気合いをいれて食べろよ? 看病を申し出てからろくに食べてなかっただろう。 いくらなんでも軽すぎだ」


 そう言うと、パンや菓子等を適当に皿に乗せて私へ押し付けた。


 はっきり言って食欲がないなぁ、と思って皿からアラン様に視線を向ければ、怖い顔で睨まれた。


「全部食べろよ? 食べ終わらなければカイザー殿の元には戻れないからな」


「わっ、わかったわよっ! 食べれば良いんでしょ!?」


 私は手前側に有ったパンを手に取ると、かぶりついた。


 パンの間に挟まれたハムと茹でた玉子を砕いた物が程よい塩味でとても美味しく、砂糖漬けした果実が練り込まれた焼菓子も食べやすい。


 半ば根性で全て食べきったが、お腹が膨れたことで、連日眠れていなかった私を睡魔が一気に襲ってきた。


 ぐらぐらと揺れだした私に気が付いたアラン様は、私を椅子から芝生に覆われた地面に下ろすと、傍らに座り込み自分の膝の上に私の頭が来るように押さえ付けた。


「このままもう少し寝てろ」


自分の上着を脱ぐと私の身体へふわりと掛けた。


 一体どれくらいの時間そうしていたのだろう……まだぼんやりとする眠気を振り払う様にして頭を左右にふる。


「なんだ……もう起きたのか?」


「うん、ありがとうアラン様のお陰で久しぶりにちゃんと寝られた気がする」


 お礼を告げ、身体に掛けられていた上衣を畳みアラン様に手渡した。


 アラン様はやさしい……きっとカイザー様への気持ちに気が付かなければ、わたしはアラン様の婚姻の申し出を受け入れていただろう……でも、もう選べない。


「……そうか」


「あの……アラン様……」


 私の気持ちを伝えなければならない……と決意して言い掛けた言葉は、庭園に駆け込んできた近衛の制服を纏った青年によって遮られた。


 青年から少しばかり遅れて飛び出してきた侍女の姿に不安がよぎる。


「アラン殿下! アラン・ゾライヤ殿下はいらっしゃいますか!?」


「私がアランだ、なにようか」


「はい、実はーー」


 話を始めようとしたアラン様と青年の前を走り抜け、一目散にこちらへやって来た侍女は間違いなくここへくる前にカイザー様の看護を頼んできた侍女のひとりだった。 


「リシャーナ様……カイザー殿下が!」


 その言葉に私は先程教えられたカイザー様のいる部屋の方を確認する。


 僅かに騒がしいそれは、なにかの異変が有ったこと、血の気が引き嫌な鼓動が全身に響く。


 カイ! 私は用件も聞かずにカイザー様の部屋に向かって走り出した。



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