『原作小説』美形王子が苦手な破天荒モブ令嬢は自分らしく生きていきたい!

紅葉ももな(くれはももな)

122『襲撃者は』

 一体どれ程の時間眠っていたのだろう。


 だるさが残る身体をベッド上に起こすと、すぐ近くから安らかな寝息が聞こえくる。


 もしかしたら看病してくれていたのか、クリスティーナ様が椅子に座ったまま、ベッドに寄り掛かるようにして眠っていた。


 喉の渇きを感じて室内を確認すればベッドから少し離れたテーブルにガラスで出来た水差しを見つけ、クリスティーナ様を起こさないように静にベッドから下りる。


 痛めた足を庇いながらゆっくりと移動して可愛いテーブルクロスが掛けられたひとり用のテーブルから水差しを持ち上げて、ガラス製のコップへ注ぎ、口をつけた。


「……美味しい」


 続けて二杯飲み干せば、ようやく喉の渇きもおさまったので、静にテーブルクロスの上へコップを戻し、窓辺へと近づいてゆっくりと窓を開けた。


 窓から吹き込んできた夜風が気持ちいい。


 今日は満月なのかも知れない、夜なのに月明かりで照らされた大地は松明などの灯りを必要としないほどの明るさだった。


 これほど月が明るく見えると言うことは、そろそろ太陽が二つ昇る季節になるだろうか。


 小さい頃は太陽が年に一度だけ二つ昇る季節があることが当たり前だったけれど、異世界に転生したのだと実感したのは太陽による所が大きい。


 私が昔住んでいた世界には太陽も月もひとつだけしかなかった。 


 ゲームの世界と酷似した世界だと認識して初めての双太陽がもうすぐ昇る、前回の双太陽はルーベンスの婚約破棄騒動直後だったため、あまりゆっくりと観察している暇など無く、気がつけば終わっていた。


 ローズウェル王国も含め、主な国はこの二つの太陽を信仰する双太陽神教を国教にしている。


 どこか織姫と彦星を思い出せる神話が私は好きだ。


 窓辺から見上げた空に、無数の星と月のように肉眼ではっきりと輪郭がわかる大きな惑星が数個見える。


 季節の巡りで見えなくなる惑星もあるけれど、私はこの夜空も好きだ。


「う……ん? ハッ! リシャ!?」


 ガバリとベッドから身体を起こしたクリスティーナ様は、私がいないのを確認するなり跳び跳ねんばかりに椅子から立ち上がり、窓辺に佇む私を確認すると、くしゃりと顔を歪めて泣きながら駆け寄ってきた。


 問答無用で抱き付くと泣きながら私の額に手を当てて熱を測ると、ホッとしたように口許を緩ませてまた抱き締められた。


「もう! なんで無茶ばかりするんですか! どんなに心配させれば気がすむんですか貴女は!」


 グイグイと胸元に囲いこまれ、窒息しないように顔を上げる。


「ごめんなさい……」


 そう素直に謝れば、クリスティーナ様はあっさりと拘束を解き、私をベッドへと戻すと毛布を掛けてくれた。


「まだ熱が下がったばかりなんです。 今からお医者様を呼んで来ますからちゃんと寝ていてくださいね?」 


「えっ!? 今からって……いま夜中だよ?」


 正確な時間はわからないけど、きっと皆各自の部屋で寝ているだろう、こんな時間に起こすのは……


「クリス、せめて朝日が昇ってからにしませんか?」


「カイザー様の指示で、目が覚めたらすぐお医者様がこられる体制になっていますから心配無用です、良いですか? 寝ていてくださいね」


「……はい……」


 笑顔なのに今のクリスティーナ様に逆らってはいけないと本能が告げてくる。


 クリスティーナ様が部屋から出ていったのを見送って、学院に入ってから見慣れた天井を見詰めた。


 頭にちらついたのはシャノン様を腕の中に閉じ込めるアラン様と、カイザー様の温かくて広い背中。


 シンと静まり返った暗い室内に、キィっとかん高い蝶番のなる音がして視線を向けると、寝室の扉の前に人影が見えた。


「クリス? 早かったですね、もう呼んできたのですか?」


 ベッドに身体を起こして声を掛ければ、ゆっくりと窓から差し込む月明かりの元へ姿を現したのは、クリスティーナ様ではなかった。


 公爵令嬢として恥ずかしくないワンピースはどこかくたびれて見える、いつもの勝ち気な表情はなりをひそめ、表情は張りつめていて、今にも泣き出してしまうのではと思った。


「……シャノン様?」


「リシャ、ごめんなさい……」


「えっ、シャノン様どうかした……むぐっ!?」


 言いかけた言葉は背後から伸びてきた大きな手のひらが持っていた変な臭いを放つ布で鼻と口許を覆われたことで塞がれ、全て言うことができなかった。


 ツンとする臭いに生理的な涙が頬を伝う。


 いったいどこからこの手の持ち主は入り込んだのだろうか、いつの間にか空いていた窓は、あの日カイザー様と過ごした木が側にある窓だった。


「ごめんなさい、ごめん……なさい」 


 急激に薄れ行く意識の中で目にしたのは床へ崩れ落ちるようにして謝り続けるシャノン様の姿だった……


 

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