『原作小説』美形王子が苦手な破天荒モブ令嬢は自分らしく生きていきたい!

紅葉ももな(くれはももな)

115『欲する者』カイザー視点

 アラン・ゾライヤ皇弟殿下に先を越された衝撃に俺はしばらくの間動くことが出来ずにいた。
 
「あいつは俺のモノだ……」


 そう言って俺の脇をすり抜けて行った男に掴みかからずにすんだのは、良く堪えたとしか言いようがない。


 真綿で首を絞めるようにじわじわと外堀を埋めている最中に随分と大きな虫がついてしまった。


 レブランに襲われかけていたリシャ-ナの姿を見付けた時、猛烈な怒りに我を忘れて無様にもレブランに長剣を突き付けてしまった。


 それからと言うもの俺を見つけると、ギクリと身体を強張らせるようになったリシャ-ナの反応に、俺を男だと認識するようになったのはうれしい誤算だった。


 レブランには腹が立つがその一点のみは評価してもいい。


 まさか、リシャーナが襲われた翌日にアラン殿下が動くなんて思っても見なかった。


「……カ……カイザー殿下!」 


 肩を揺さぶられて、ハッ! と顔を上げれ怪訝な顔をした男が立っていた。


「大丈夫でございますか? 顔色が優れないご様子ですが……」


「あっ、あぁ大丈夫だ。 なにかあったのか?」


 目の前の男は通称ニンジャと呼ばれるこの国の諜報部隊、影を司る者たちだ。


 どこで教育を施しているのか、名前の由来すら明らかにしてもらえないが、彼等は優秀で各国での諜報や護衛、暗殺までこなす強者が揃っている。


 視野を確保するための目元だけを除いた全身を黒い服で覆い普段こうして俺の前に現れることはない。


 顔も名前も分からないが、俺の元へ訪れるニンジャは目の前のこの男か、暫く見ていない小柄な少年だった。


 彼等が現れる時は、俺の身に危険が迫っている時か国王陛下からの伝令を伝えるため。


「はい、陛下より至急登城されるようにとの事でございます」 


「陛下が? わかったこれから向かうと伝えてくれ」


「御意」


 それだけ告げると男は瞬く間に木立の向こうへと姿を消した。


 手早く準備を済ませて謁見に耐えうる服装に着替えて登城を果たせば、直ぐに陛下の私室へと案内された。


「陛下のお召しによりカイザー参りました」


 部屋への入室許可を経て室内に踏み込み深々と臣下の礼をとる。


「良く来たな、頭を上げ顔をみせてくれ。 しかしここは私の私室だ、執務室ならともかく私室くらい父と呼んでくれて良いのだぞ?」


 苦笑いを浮かべているが、正直父親と呼べと言われても困る。


「……」  


「はぁ、その頑固な所は母親そっくりだな、さて急に呼び出してすまなかったな。 実はそろそろずっと先延ばしにしていたお前の婚約を決めねばならない」


 ルーベンスが筆頭後継者から実質下ろされた今、第二王子である俺がこのローズウェル王国の後継者に選ばれるだろうと覚悟はしていた。


 そして国王となればしかるべき血筋の娘を妻として、王妃に迎えなければならないことはわかっていた。


 陛下から手渡された紙には俺の妃となりうる名家の令嬢の経歴が並んでいる。


 名だたる名家の令嬢の名前が連なるその上位に俺の大切な名前が有った。


 リシャーナ・ダスティア公爵令嬢。


 俺は両手で持っていた名簿を知らず知らずのうちに握りしめ、下唇を噛んでいた。


 食い入るように見つめる紙に書かれたリシャーナの名前の上には、二本の赤い線がまるで俺を嘲笑うかのようにしっかりと引かれていたのだから。


「陛下……ダスティア公爵令嬢は……」


「リシャーナ・ダスティア公爵令嬢にはゾライヤ帝国から皇弟アラン殿下との縁談の打診が届いている。 今までリシャーナ嬢に舞い込んでいた打診は、格式が釣り合わないと全てロベルトが抹消してきたようだが、今回の申し入れがあったのはゾライヤ帝国の皇弟殿下、国外なんてもっての他だと必死に揉み消そうと、ダスティア公爵家の親子揃って奔走しているが……このままゾライヤ皇弟殿下と同等かそれを上回る爵位の者でなければ、婚約は避けられないだろう」


 婚姻は言わば契約、本来なら親同士が婚約をとりまとめ、家や国同士の結び付きを強くするために結ばれる。


 同国内であっても貴族家の婚姻は一部の者に権威が強くなりすぎないように配慮しなければならず、国王の許可が必要となるのだ。


 ローズウェル王国とゾライヤ帝国の結び付きを強くするために結ばれる婚姻……今だ第二王子でしかない自分は、宣戦布告するようにリシャーナは自分のものだと告げたゾライヤ帝国の皇弟殿下とダスティア公爵令嬢との婚約に割り込む事は難しくなってしまった。


「……そうですか……」


 手元の赤く線が引かれてしまった婚約者候補が連なる紙を握りしめる。


 それはリシャーナと私の間に決して埋められない深い溝を隔てられてしまったようだった。


 はぁ、と溜め息が聞こえて顔を上げれば、あきれたような表情を浮かべる陛下と目があった。


「随分とあっさり引き下がるのだな。 もっと食い下がると思っていたが、拍子抜けも良いところだ」


 陛下はテーブルに置かれた葡萄酒が入ったグラスを傾け煽った。


「……引き下がる他にどうせよとおっしゃるのですか?」


 陛下の言動に苛立ちを隠すことが出来ない。


 大抵の事は我慢してきた、国内に波風をたてぬようにひっそりと暮らしてきたのだ。


 そして今また、第二王子でしかない俺は国のために大切なものを失うかもすれない。


「……なぁカイザー、お前の心は誰を欲している?」


「……」


 そんなことを改めて考える必要はない、無意識に赤く線が引かれてしまった名前を親指の指先で撫でる。


 思い浮かぶのはひとりだけだ。


 リシャーナの隣に並ぶアラン殿下……考えただけで全身が引き裂かれるようで辛い。


「はぁ、そんなに嫌なら嫌とはっきり言え」


「……えぇ、嫌ですよ! しかし仕方がないじゃないですか!?」


 感情のままに声を荒げて、陛下を睨み付ける。


「はぁ、本当に色恋はこうも人を盲目にさせるのか……」


 首を横に振りながら呆れ果てるように言われ、ますます頭に血がのぼっていく。


「私は言ったはずだ。 もしこのままゾライヤ皇弟殿下と同等かそれを上回る爵位の者でなければ、婚約は避けられないだろうと……」


 そうだ、だから第二王子でしかない自分には……


「我が国にはまだ王太子が居ない」


 ハッ! 顔を上げた俺の姿に、陛下は楽しそうに頷いた。


「第二王子カイザー・ローズウェル。 この国をその手腕で治めていく覚悟はあるか?」


 陛下の問いにごくりと生唾を飲み込んだ。 正直に言えば王位なんてこれっぽっちも興味がない。


 押し付けられるなら直ぐにでもルーベンスに押し付けたいが、第二王子のままの俺では、心から欲する者は絶対に手に入らないだろう……なら……


「陛下、俺にリシャーナを得られる地位を下さい!」


「わかった。 今日この時より我が息子、第二王子カイザーを後継者として定め王太子に任ずる」


「ははっ、必ずやご期待に沿えるように精進して参ります」


 俺は深く頭をさげた。

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