『原作小説』美形王子が苦手な破天荒モブ令嬢は自分らしく生きていきたい!

紅葉ももな(くれはももな)

109『救世主』

  きつく目を閉じて、身体を丸めるように恐怖に堪えていると太腿に添えられていたレブラン様の手がピタリと動きを止めた。


「その薄汚い手を今すぐ切り飛ばしてやろうか?」 


 恐る恐る薄めを開ければ、光を反射した短剣がレブラン様の首筋に添えられていた。


「これはこれは、カイザー殿下」


 ゾクリとするほどの殺気を纏ったカイザー様に首筋を短剣で押さえられているにも関わらず、レブラン様は気にする様子もなく微笑みを浮かべて私の上から身体を起こした。


 短剣が擦れたのか、レブラン様の白い首に僅かに朱が走る。


「何のつもりだ……」


「何のとは?」


 何を問われているのかわからないといわんばかりの態度を見せるレブラン様の姿に悪寒が走る。


「リシャ、俺の後ろへ……」
 
 恐怖の影響で力が入らない身体を叱咤してレブラン様の身体のしたから抜け出すと、カイザー様の背後に身体を隠す。


 震えが収まらない両手でカイザー様の制服の裾をきゅっ、と掴んだ。 


 カイザー様の制服からふわりと香る香水に少しだけ過呼吸を起こしかけていた心身に平安が戻ってくる。


「こんな人気のない場所で婦人を貶めるような行動は感心しないと言っているんだ」


「それならばまず、貴方が庇っているリシャーナ嬢へ忠言される事をお勧めします。  素足を晒して無防備に水浴びなど高位貴族である公爵家のご令嬢がとるべき行動ではありませんよ、男を誘っていると受け取られても仕方が無い所業です」


 確かに、人が居ないからと油断していたのは悪かったけど、押し倒すことないじゃない!


 しかも汚すって……思い出しただけで全身を冷や汗再発したように大量に伝い落ちる。


「ふぅ、少々悪ふざけが過ぎましたね。 さて現在王太子の地位に一番近いと黙されている聡明な第二王子殿下はローズウェルの軍部の重鎮であるグラスティア侯爵家の次男をこの場で切り捨てますか?」


 周辺諸国と国境を接する貴族の中にレブラン様の生家グラスティア侯爵家がある。


 とくにグラスティア侯爵領と領地を接するレイス王国の前国王は好戦的で次々と小国を自国の領土へ加えていったらしい。


 建国当時ローズウェル王国は国力も弱く、その度にグラスティア侯爵家が主体となり国境があるグラスティア侯爵領を守っていた。


 レイス王国の国王陛下が代替わりをしてから半世紀近く、争いごとは休戦状態となっている。


 レブラン様は確かに次男だが、長男は政の才能には恵まれたものの武術や軍師としての才能は皆無らしい。


 レイス王国が動いた場合、迎撃に向かうのはレブラン様の役目となるだろう。


 カイザー様もその辺の事情はわかっているはずなので軽率な行動はとらないと思いたい。


 カイザー様の様子を伺えば怒りを通り越して無表情になっていた。


「それからリシャーナ嬢へ我がグラスティア侯爵家より婚約の打診が行っているはずです。 フリエル公爵家の推薦で」


「なに?」


 はい? 婚約の打診があったなんて聞いてません! しかもなんでフリエル公爵家が推薦してるの!?


 レブラン様の発言に固まったカイザー様の隙をつき、距離をとったレブラン様と視線があった。


「それでは未来の婚約者殿? 続きは無事婚約が整ってから」


「誰が婚約なんかするか!」


 反射的に怒鳴り返せばクスクスと笑いながら森へと消えていった。


 レブラン様の姿が見えなくなったことで気が抜けたのかカイザー様の上衣の裾を握りしめたまま地面に座り込めば、バランスを崩して焦ったカイザー様がしゃがみこみながら私と視線を合わせてきた。


「リシャ大丈夫か?」


 優しい声色で聞いてきたカイザー様にコクンと頷く。


「すまない、私がもっと早く来ていれば……」


 レブラン様が去っていった森を忌々しそうに睨み付けるカイザー様は急いで捜しに来てくれたのだろう。


 額にうっすらと汗が滲んでいた。


「大丈夫、平気……」


「そうか、良かった」


 ふわりと柔らかな笑みを浮かべたカイザー様見慣れない笑顔に惚けてしまった。


 カイザー様ってこんな自然な笑顔も出来たんだ……標準装備の胡散臭い笑顔に比べたらずっと良い。


「リシャ?」


「いや!」


 私の頭を撫でようとして翳された男らしく筋張った大きな手が、レブラン様の手と重なって反射的にはねのけてしまった。


「ごっ、ごめ」


 焦って謝ればカイザー様はまゆじりを下げて小さく横に首を振った。


「謝らなくて良い。 そろそろ戻ろう……立てるか?」


 急いで立ち上がろうとしたものの、両足は産まれ立ての小鹿のようにままならず、そんな私の姿が面白かったのかひとしきり笑うと、カイザー様が私の背中と膝のしたに腕を差し入れてヒョイッと持ち上げた。


「ちょっと、カイザー様! 自分で歩けるってば! 降ろして! おろーせー!」


「暴れるな、落ちるぞ?」


「お姫様抱っこ嫌ぁー!」


「はぁ、カイだ」


「カイザー様降ろして!」


「カイだ……」


「……カイ様降ろして?」


「本当は様も要らないが、まぁ良いだろう」


 暴れる私に溜め息をついたカイザー様はあきれた様子で渋々一度地面へと下ろしてくれたが、気合いはあっても足は動いてくれなかった。


「リシャ? 俺にお姫様抱っこで寮まで運ばれるのと、背中におぶさるの……どっちがいい?」


「えっ、どっちも嫌」


「分かったお姫様抱っこだな?」


 先程のように膝の裏に腕をいれようとするカイザー様の魔の手から後ずさる。


「ちがっ! ぎゃ!? おんぶで! おんぶでお願いしますぅー!」


「ならはじめからそう言え。 ほら」


 私に向けられた背中にすがり付くとふわりと浮遊感を感じてカイザー様の背中におぶわれた。


「カイザー様……助けてくれてありがとう……」


 広い背中から伝わる体温と適度な揺れが眠気を誘う。


「少し寝ろ」


「うん……」


 背中に頬を預けて私は夢の中でレブラン様の背中に飛び蹴りを食らわせた。

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