『原作小説』美形王子が苦手な破天荒モブ令嬢は自分らしく生きていきたい!

紅葉ももな(くれはももな)

92『可愛い弟、可愛くない弟、空気が読めない兄妹』アルファド視点

 ゾライヤ帝国の皇太子へ指名されてから、私ことアルファド・ゾライヤは皇太子として国と民を守るべく様々な教育を受けてきた。


 政治、経済、武芸、社交など学ぶべきことは山積していてきりがない。


 一人の時間など勿論とれるはずもなく、唯一の癒しとなっているのが、ローズウェル王国から輿入れしてきた第一夫人オーレリア様の産んだ腹違いの弟アランだ。


 私にはアランの他に腹違いの弟が二人居るが、こいつらにたいして好感を抱いたことはない。


 子供にだって分かるのだ。 こいつは自分と決して相容れない相手なのだと。


 特に半年しか歳が違わない第二皇子のイーサンは母親である第二夫人イゼリア様が目にいれても痛くないほどに甘やかしている。


 おかげでイーサンとイヴァンは自らの気に入らない人間に対して苛烈で傲慢な振る舞いを取るのだ。


 イゼリア様の生家はゾライヤ帝国でも屈指の軍事力を有し、代々戦争により国土を広げてきた立役者だ。


 冷えきった兄弟間の対立は、水面下での跡目争いが起きていた。


 ただでさえ後継者争いに揺れているのに、今度は友好の証としてローズウェル王国から王家の縁戚である伯爵令嬢が嫁いでくると言う。


 しかもイーサンの母である第二夫人のイゼリア様よりも高位の第一夫人としてだ。


 イゼリア様は自尊心が高く、伯爵令嬢の人となりにもよるが、皇子が増えれば後継者争いは激化する。


 しかし輿入れしてきた伯爵令嬢オーレリア様は、霞のような物静かで美しい人だった。


 決してでしゃばることはせず、与えられた部屋に籠る。


 第四皇子を産んだと知らせを受けて、お祝いに駆けつけた私や母を嬉しそうに出迎えてくれた。


 そうして産まれて間もない小さくぐにゃぐにゃと柔らかく抱きにくいアランを、躊躇うことなく抱かせてくれたのだ。


「アルファド殿下、この子はアランと言います。 アルファド殿下を少しでも支えられるよう育てますわ」


 そう言ったオーレリア様は言葉通りに色々なことをアランへ教えていった。


「僕は沢山学んでアルファド兄上のようになります!」


 幼いアランはそう述べるとまるで同腹の兄弟のように、何をするにも私には付いて回っていた。


 アランから向けられる尊敬の念は心地よく、くるくる動く表情が少年らしく大変に愛らしい。


 これを癒しとせずになんとする。
 
 そんな小さな幸せな日々は、ある日唐突に失われてしまった。


 オーレリア様がアランと共にお茶をしていた最中に突然倒れ、アランの目の前でそのまま帰らぬ人になってしまったと言うのだ。


「アラン!」


「アルファド兄上! 母上が、母上がぁー!」


 急ぎアランの部屋へ駆け付ければ、アランは小さな身体で私にしがみついてきた。


 ベッドに腰かけて震える身体を擦りながら、アランが泣き疲れて眠るまで抱き続けた。


 どれ程そうしていただろうか、膝の上に頭をのせたアランの寝息を聞いていると、寝室の扉を小さく叩く音が聞こえてきた。


「アルファド殿下、アーニャ様がいらっしゃっておりますがお通ししてよろしいでしょうか?」


「あぁ、大丈夫だよ」


「アルファド、アラン様は?」


「大丈夫、今泣き疲れて寝たところだから」


 直ぐに部屋へと通されたアーニャ母上が、ベッドへ寄るとアランの顔を覗き込み痛ましげに顔をしかめた。


「そう……アルファド、オーレリア様に毒を盛った侍女が殺されました」


「そんな! 侍女は地下牢に身柄を拘束されていたはずでは!?」


「しっ!静かに……」


 たまらず大きくなってしまった声を母上に注意された。


 黒幕を吐かされる前に、城内の地下牢へ足を踏み入れ実行犯を消されたのは状況的に厳しいだろう。


 そして易々と城の奥深くにある地下牢へ警備をすり抜けてしまうほどに影響を与える者がいることに他ならない……


「私は……無力です……」


 無意識に握りしめていた成長過程の小さな手を開けば、爪痕がくっきりと浮かび上がっている。


 いくら強く握りしめても、自分の柔らかな手のひらに傷すらつけられない程私の力は弱い。
 
 いくら第一皇子だと、皇帝の座に近いと持て囃されようが、真実は可愛いアランやオーレリア様すら守ることもできない。


 犯人を見付けようにも、証人である侍女は殺されてしまった。


「アルファド、人は皆無力です。 しかし強くあろうとすることは出来るの。 強くなりなさい……大切な者を守れるように……」


 母上の言葉を胸に日々皇太子として力を蓄えた。


 その間もオーレリア様を殺害した犯人を捜すことも忘れない。


 情報を集め、イーサンの母である第二夫人イゼリア様とその生家であるメスタボ侯爵が皇帝と私の暗殺を目論んでいるとの情報を得た。 そしてアランに全ての罪を被せようとしている……


 ふざけるな!


 父……皇帝は傀儡だ。 父がいる限り私は自由に動けない、守りたいものを守れないのだ。
 
 私はメスタボ侯爵が推し進めるフレアルージュ王国への遠征にあえて反対しなかった。


 戦争が始まれば城の守りが薄くなる。 メスタボ侯爵は動くだろう。 いや、動きたくなる状況に整えてやるだけでいい。


 遠征にイーサンとイヴァン、アランが出征する事になった。


 遠征には戦死の危険が伴うが、この度の遠征が只の茶番でしかない事は掴んでいる。


 そのためにわざわざ花形である遠征軍の指揮官をイーサンにしてアランは後方支援になるよう画策したのだから。


 母上は密かに危険の少ない生家への帰省を済ませている。


 あとは逆賊どもが動くのを待つだけだ。


 なんの変哲もない静まり返った夜半に反逆者は動きだした。


 襲い来る逆賊を切り伏せて、反逆に加わった者を次々と拘束していく。


 皇帝の私室へ踏み込んだ時には既に父は逆賊の手にかかり弑されたあとだった。  
 
 直ぐにメスタボ侯爵とイゼリア様を拘束し、自害できぬように猿轡を噛ませて信頼できる者だけで地下牢を固めさせた。


 メスタボ侯爵家には謀反に加担した者達を示す証拠が残っており、そのなかにイーサンとイヴァンの直筆の手紙も含まれていた。


 フレアルージュ王国に此度の出兵について謝罪と和議を申し入れる為に簡素に即位の儀を行い、使者を出した。


 即位式などアランが戻って、すべてを片付けてからすればいい。


「アルファド陛下! イーサン殿下がフレアルージュ王国へ攻め込みました!」 


「……あの馬鹿が! 直ぐに逆賊を捕らえる! 軍を召集しろ!」 


「はっ!」


 イゼリア達を捕らえる為に集めていた兵を遠征軍のいるはずの設営地へ進めたある日なぜかローズウェル王国から接触があった。


 この度の遠征にローズウェル王国は関わっていなかったはずだ。


 謁見を申し込んできた男は数年前にゾライヤ帝国を訪れた少年と良く似ていた。


 彼が成長していればきっとこのような青年になっているだろう。


 オーレリア様が亡くなり塞ぎ込んだアランが立ち直る切っ掛けとなったダスティア家の少女の兄ソレイユと良く似ている。


 ソルティス・ダスティアと名乗った青年はやはりかの令嬢の兄君だった。 ソルティス殿の話を聞き進めれば進めるほどにイーサンの身勝手な行動に頭痛がしてくる。


 ダスティア公爵令嬢を誘拐したとは一体何を考えているんだ! フレアルージュ王国だけならいざ知らず、武勇で名高いローズウェル王国のダスティア家を敵に回してどうするつもりなんだ!


 ソルティス殿に、ダスティア公爵令嬢誘拐の謝罪をし、改めてイーサンとイヴァンを捕らえる為の協力を仰いだ。


 ソルティス殿は遠征軍からイーサンを誘き出す手立てを既に打っているらしい。


 ソルティス殿が率いるダスティア公爵家の精鋭と無事合流を果たした私は、イーサンが向かってきているらしい場所へ布陣した。


 ここで全てを終わらせる……


 森から単騎で走り出てきた男は声高だかに名乗りを上げた。




「出迎え大義である! 我は第二皇子イーサン!」


 私は弓をつがえて肩を狙い矢を放った。 落馬させることが出来なかったので仕方がなく馬を射る。


 痛みに暴れた馬から振り落とされたイーサンに次射をつがえて近寄った。


「アールーファードぉぉぉ!」


 怒りを顕にするイーサンへ放った矢は綺麗な弧を描き左肩へ刺さる。


「やぁ、逆賊イーサン・ゾライヤ」


 ゆっくりと弓を下ろせば苦り切った表情を向けてきた。


「なぜ!? なぜお前がここにいる! おっ、お前は死んだはずだろうが!?」


 肩に刺さった矢を引き抜いて投げ捨てると、自分の佩いた大剣を引き抜き構えた。


 すぐに処置も出来ない状況で自身に刺さった矢を引き抜く愚策に呆れる。


 矢が引き抜かれた傷口から溢れた血液が奴の白いシャツを赤く染めていく。


 装飾が施された大剣は美しい……だがその剣は戦に使えるほどの強度はない。


 イーサンは使い込んだ長剣をフレアルージュ王国遠征に持ち込んではいたが、遠征が決まり皇帝から総指揮官へ“贈られた”大剣を持ち歩いていた。


 鈍い光を放つ地味な鉄の長剣から、美しい光を放つ銀の剣を選んだ愚かな義弟。


 式典用で見目を重視した剣は、実戦に向かないのは知っているはずなのに……


「無様だな、元第二夫人イゼリアとメスタボ侯爵は、フランドル皇帝陛下を殺害した逆賊は既に捕らえた。 証拠も既に揃っている。 潔くーー」


「ソルティス兄さまー!」


「ーーっ! 新手か!」


 森から走り出してきた人物にイーサンの私兵が現れたのかと弓を構え直す。


 肩よりも短い髪の少年……いや少女か?私達をまるで無視して、ダスティア公爵軍に向かって走っていった。
 
「……潔く罪を認めーー」


「リシャーナ! 良く無事で!」


 自軍から出てきたらしいソルティス殿が馬を走らせて少女を馬上へ引き上げるとひしっと力強く抱擁を繰り広げている。


「自らの罪を認めーー」


「ソルティス兄様~怖かったよー!」


「ーーはぁ、もういい。 イーサンを捕らえよ」


「リシャーナ……!」


 長く離ればなれになっていた家族の感動の再会である。 しかし、なぜこのタイミングでここでやるのか。


「お嬢……色々台無しです」


 少年を追いかけてきたらしい愛らしい少年がぽそりと呟いた。

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