『原作小説』美形王子が苦手な破天荒モブ令嬢は自分らしく生きていきたい!

紅葉ももな(くれはももな)

90『亡霊』イーサン視点

 まだ日が落ちるまで数刻の猶予があるにも関わらず、本国方向へ続く森は深く生い茂った葉が日の光を遮り薄暗い。


 単騎の馬に跨がり、二十名足らずの私兵を率いてイーサンは本国ゾライヤ帝国へ向けて森の中をひた走っていた。


 静かな森に複数の馬の蹄と私兵達の荒い呼吸音が耳につく。


 既に丸一日以上馬上で過ごしている為、人馬共に心身の疲弊が激しかった。


 本来なら休憩や夜営を行う所だが馬足が停まれば狙いを済ました様に何かが襲ってくるのだ。


 謎の襲撃は遠征軍を離脱して二刻ほど走った森の中で始まった。


 小川に出た所で号令を出し、小休憩を入れる事に決めた。


 馬を停めて馬上から降りようとしたところで無数の矢が後方より飛んできたのだ。


 隊の後方に追従していた私兵が二人、矢を受けて竿立ちになった馬より振り落とされ、落馬した。


 助けに入った私兵も矢を射られて落馬した為、仕方なく休憩を諦めて先を急ぐも時折矢をくれる事から、姿が見えずとも一定の距離を保ってつけられているのだろう。


 反撃を決意して罠をはり、敵が姿を表すのを待ったが一向に現れない。


 日も暮れて辺りが闇に染まっても、夜営をする暇すら与えずに絶えることなく矢が飛来する。


 はじめほどの速度は出ていないが、休みなく進んでいる私兵達と同様に襲撃者も休む暇など無いだろう。


 どうしてこんなことに……
 
 フレアルージュ王国とローズウェル王国の卑怯な奇襲に撤退を余儀なくされたが、この度の遠征に出陣するずっと前から俺がゾライヤ帝国の国主となるべく計画は水面下で着実に進めてきた。


 元皇帝は俺から見て愚鈍な男だった。自分では考える力も無く、ましてや人を従わせるだけの王者として人を従わせる力も皆無だった。


 求心力も気概もなく、唯あるのは自分が皇帝だと言う拘りだけだ。


 良策も進言した者が気に食わなければ、代替え案もなく反発し握りつぶす。


 そのくせ自尊心は人一倍高く、利用するだけならば扱いやすい木偶人形だと言っていた。


 それでもこれまであの男が皇帝で居られたのは不本意だが第三夫人の生家の当主、宰相の政治手腕が大きい。 


 ゾライヤ帝国は小さな国をいくつも飲み込み武功によって国土を増やしてきた。


 これからもゾライヤ帝国はその強大な軍事力で他を圧倒し繁栄する筈だったのだ。


 しかし第一皇子アルファドは戦を厭う、ゾライヤ帝国にこれ以上の国土は必要ないと、言う。


 メスタボ侯爵家は武功により強大な発言力と貴族の地位、実権を得た。圧倒的な武力で相手を屈服させてゾライヤ帝国を大きくしてきたのだ。
 
 国土拡大のために陛下を言葉巧みに操り、この国を支えてきたメスタボ侯爵は言葉巧みに皇帝を煽り傀儡として思うままに操る。


 しかし第三夫人の父が宰相位につくとたちまちのうちに頭角を現し、メスタボ侯爵ではなく宰相を頼るようになってしまった。


 祖父はすぐに皇帝へ母を娶らせ、長年の功績を盾にして宰相の娘よりも高位の位置に据えた。


 ゾライヤ帝国では母親の地位は帝位継承順位に考慮されず、出生順位で数えられる。
 たかが半年しか違わないにも関わらず俺は第二皇子だ。


 皇帝が死んでもアルファド皇太子いる限り俺は帝位に着けない。
 
 平和を夢見る優しい皇太子が、これまで圧倒的な武力で抑えてきた亡国の民を治めることなどできはしないのだ。


 それをわかっているメスタボ侯爵は母上と共謀し、俺を皇帝にするべく暗躍し、この度の遠征軍へ出陣する前夜に俺に伝えてきたのだ。


 皇帝位は俺に、宰相位は弟のイヴァンへ。


 戦となれば主要戦力は遠征軍へ投入され、帝都の守備は薄くなる。


 メスタボ侯爵とその同志が、目障りな皇帝や皇太子を弑した後、俺は従軍するアランを引き摺り下ろし、全ての罪をアランへ被せ、逆賊を捕らえた英雄として凱旋する事は決まっていた。


 フレアルージュごとき、俺が帝位に着いてから攻め滅ぼせば良いだけだった。


 フレアルージュ王国だけでなくローズウェル王国も視野にいれ、両国で元王家に不満がある貴族を取り込み情報を得る。


 暇潰しにフレアルージュ王国へ奇襲を仕掛けて敗走はしたが、失った兵はいくらでも代えがきく農兵やほぼ奴隷のように買い取った貧民ばかり。


 今頃母の生家であるメスタボ侯爵が、戴冠式の用意をし、俺の帰還を準備万端に整えて待ち構えていることだろう。


 俺は大手を振るって凱旋する筈だったのだ。 罪人アランを捕らえて……だが、今は襲撃を逃れて少しでも早く国境を越えねばならない。
 
 遠征軍の陣地から一番近いゾライヤ帝国の辺境の村まで大量の物資を抱えた軍を率いて十日の旅路だった。


 疲労が注意力を欠かせ、度重なる襲撃を回避するために道を外れた。


 おおよその方位はわかっても、変化に乏しい森は進軍を妨げる。


 方角を確認しようにも鬱蒼と茂る樹木に遮られ、星や日の出の方向すら確認できない。


 度重なる襲撃で遠征軍から連れてきた私兵はじりじりとその数を削られ十人程に減ってしまった。


 ふと視線の先に明るい光が見え、やっと見通しのたたない長い森林を抜けられると言う期待に、私兵たちを先導して俺は眩しい日の光の中へ走り出た。


 開けた目の前に現れた軍団が掲げるのは黒い天鵞絨に黄金の獅子の刺繍。


 それは我がゾライヤ帝国の国旗。 メスタボ侯爵が軍勢を率いて新たな皇帝となる俺を迎えに来たのだ。


「出迎え大義である! 我は第二皇子イーサン!」


 声高だかに名乗りを上げると右肩に激痛が走った。 


「っ!?」


 自分が矢で射られたと認識する間に、二射、三射と放たれた矢が騎馬に刺さり、暴れた馬を制御しきれずに落馬した。


 なぜ味方である筈のゾライヤ帝国から自分に矢が飛んできたのかわからない。


 落馬の衝撃と痛みと疲弊した頭で必死に考える。


 俺を射貫いた人物は直ぐに見つけることができた。


 産まれた時から常に俺の前に立ちはだかる死んだ、いや弑した筈の亡霊が俺に弓矢を向けて立っていた。


「アールーファードぉぉぉ!」


 怒りのままに名前を叫べば新たに放たれた矢が左肩を貫いた。


「やぁ、逆賊イーサン・ゾライヤ」


 ゆっくりと弓を下ろすと、ゾライヤ帝国皇太子アルファド・ゾライヤは晴れやかに微笑んだ。



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