『原作小説』美形王子が苦手な破天荒モブ令嬢は自分らしく生きていきたい!
89『あのバカ皇子をやっておしまい!』
夜半、静まり返ったゾライヤ帝国の遠征軍駐屯地の中心部で一人の私兵が主である第二皇子イーサンの私生活の基盤となっている天幕へ走り込んできた。
「そこで停まれ! 何者か!?」
天幕を守護していた私兵達は夜中に近寄ってきた不審者に誰何したが、相手がゾライヤ帝国軍の隊服ではなく、自分達と同じ私兵を示す隊服を着ているのを確認するなり矛をおさめた。
「今すぐにイーサン殿下にお目通りを! 我が軍の北部から東部にかけてローズウェル王国、西部にフレアルージュ王国の軍が進軍中、その数三万!」
「何!? 見張りの兵は何をしていた!それほどの大軍を見逃すなど!」
「大軍の出現に兵士が次々と離散しております! イーサン殿下には至急本国へご帰還ください!」
「わっ、わかった! 我々はイーサン殿下をお守りして本国へ戻る。 残った兵をかき集めてなんとしても追撃を阻止せよ! 良いな!」
「はっ!」
私兵は未だに嬌声とパンパンという音が続く天幕へ入っていくと、辛うじて腰布を巻き付けたイーサン殿下が屋外へ現れた。
報告にあった北東と北部、北西方向にはもうもうと煙が上がっている。
既に戦闘が始まっているのだろう。 遠く離れた中央まで喧騒が伝わってくる。
アランを捕らえたことで、この遠征軍は統制を欠いている。
迎え撃とうにも相応の犠牲がでるだろう。
立ち上る煙を睨みイーサンは私兵が差し出した上衣と膝下でぴったりと肌に添う形の下衣を履いた。
「くそっ! 忌々しい、弱小国家の分際で! 総員撤退!」
『はい!』
「イーサン殿下! わっ、私もお連れください!」
急いでアバヤを着たらしい美女が天幕から飛び出しイーサン殿下にすがり付いたが、美女を一瞥すると、意に介さず私兵の連れてきた自らの愛馬に飛び乗った。
なおも追いすがろうとした女は私兵の手で引き離され投げ出された。
騒ぎを聞き付けた兵士の一人が慌てて駆け寄るも、イーサン殿下と私兵達は止まることなく軍を置き去りにして森へと姿を消した。
「殿下ぁぁぁぁ!」
「おっ、おい! あんた大丈夫か!? 一体何があったんだ!?」
悲痛に叫ぶ女性を支えながら右往左往する兵士に、先程まで私兵姿をしていた筈の伝令が、兵士姿でゆっくりと近づいた。
「イーサン殿下が動けない俺らを敵からの目眩ましにして見捨て、遠征軍から離脱しました。 後方支援は絶望的です……」
「なっ!?」
イーサン殿下一行が消えていった方角を見て絶句する兵士には悪いが、伝令の男……ディオンはあまりに呆気なく物事が進みすぎて拍子抜けしていた。
近くで冷静に聞けば有事ではないと気が付くだろう喧騒は、遠く離れたこの場所からだとまるで最前線で争っているように聞こえなくもないが、こうも簡単に偽情報に乗せられてしまうのは、為政者として如何なものか?
せめて離脱する前に真実かどうかを確認するとかないのか。
まぁ、確認されても困るのだが。
偽情報で報告した方角で上がっている狼煙はノアがお嬢と一緒に希望者を集めて、枯れ草で大規模な焚き火をしている。
家畜の餌にしていた雑穀に紫色の芋を見付けたお嬢がその芋を水に濡らした大きな葉っぱで包み放り込み出したのだ。
口の中を紫にしながら毒々しい芋を頬張る姿はある種の恐怖映像だ。
始めにこれを食べようとした人物はよほど切羽詰まっていたんだろう。
お嬢の指示で粉塵爆発を企んだあの火災は思いの外沢山の犠牲を出してしまった。
煙を吸い未だに意識の戻らない者も居る。 非戦闘員を多数抱え、向こう見ずな性格のイーサン殿下と、イエスマンな側近達が隊の補給を続けてくれるか疑問が残り、このまま二国を相手に戦を続けるのは命を捨てるに等しいのだ。
思い出したくもない接触事故のあと、俺はアラン殿下が書いた休戦と、ゾライヤ帝国の逆賊討伐への助力を嘆願する親書をローズウェル王国とフレアルージュ王国に提出している。
遠征軍をイーサン殿下から奪還する意味合いもあり、お嬢の指示で一芝居打たされることになった。
上手く行ったから良いようなものの、毎回毎回良くまぁ生き残ってるよな俺……。
偽の報告で奇襲は北部からと伝令したが、実際にはフレアルージュ、ローズウェル連合軍は遠征軍とゾライヤ帝国との間を分断する形で布陣しているはずだ。
もしここでアラン殿下が考えを変えて、イーサン殿下がやって来るのを手ぐすねをひいて待ち構えているだろうソルティス様に追撃を仕掛ければローズウェルとフレアルージュの連合軍は窮地に陥りかねない。
まぁ、お嬢がアラン殿下を尻に敷いているうちは大丈夫だろう。
どうやらお嬢にお熱のようだし、円満に娶りたければ若やボスを含めたダスティア公爵家の方々を敵に回すのは下策だ。
「お嬢! イーサン殿下は前線を離脱したよ」
はふはふと紫色の芋を幸せそうに満喫しているお嬢に声をかけた。
「ディオンお疲れ~! あっ、食べる?」
焼き上がった芋を差し出す姿に苦笑しながら遠慮した。
「やめときます。 どうもその色は食べる気しないんで」
「そう? 美味しいのに……はふっ! ほへへ? ふんひはほふ?」
うん、何を言っているか分からない。
「飲み込んでから話しましょう。 はい水です」
「ん、ありがとう……プハァ~!」
竹に似た節のある植物を利用した水筒を渡すと、リシャーナお嬢様は左手を腰に当てて男らしく……オヤジ臭く煽るように水を飲む。
プハァーって……あぁ、すっかり軍に染まっちゃってまぁ。
ローズウェル王国の筆頭高位貴族の御令嬢のはずが、今では水筒片手に芋を貪るオヤジである。公爵令嬢の面影は見る影もない。
これダスティア公爵にバレたら俺消されないよね?
「げふっ、さて、お腹も膨れたことだし、そろそろ鬼ごっこしましょうか!」
素晴らしい満面の笑みを浮かべたお嬢に、俺は迷子紐を着けようかと本気で悩む。
「お嬢は俺と相乗りですからね?」
「ええぇー! せっかく馬に乗れるようになったのに!」
頬を膨らませて不満を訴える姿は昔と変わらない。
「また迷われては困るんですよ。 条件を飲んでいただけなければ置いていきます」
「はぁ……、わかったわよ」
渋々とでも了承した所を鑑みるにイーサン殿下を追うほうの欲求が上回ったようだ。
余裕があるように見せながらも、内心はお嬢が迷子になるリスクを減らせただけで大収穫と言ってもいい。
「ノアさん! ゾロさん! 準備はいいですか?」
「はい!」
「おう!」
お嬢の指示に次々と芋を食べていた者達が立ち上がる。
「俺も……俺も行く!」
ゾロさんに支えられながらやって来た青白い顔をしたアラン殿下の鳩尾へ、お嬢は綺麗に膝をめり込ませて地面に沈める。
お嬢ひでぇ……
「怪我人は足手まといだから大人しく寝てなさい」
二回ほど手を払うようにして叩くと、昏倒したアラン殿下を先程まで休んでいた天幕まで運んで簡易ベッドへ寝かせる。
アラン殿下に今必要なのはゆっくりと休むことだけど、強制的にベッドへ沈めるのは絶対に違うと俺は思うよ。
ノアさんの旦那さんにアラン殿下を任せて意気揚々と馬へよじ登ったお嬢の背中を守るよう騎乗する。
「さぁディオン! あのバカ皇子をやっておしまい!」
「えぇ!? やるの俺なの!?」
「当たり前じゃない。 可憐な私に出来ると思う?」
「……思う。 アガッ!?」
イーサン殿下を踏みつけて高笑いしている姿が目に浮かび、本音を言ったら顎にお嬢の右拳が炸裂した。
 
「そこで停まれ! 何者か!?」
天幕を守護していた私兵達は夜中に近寄ってきた不審者に誰何したが、相手がゾライヤ帝国軍の隊服ではなく、自分達と同じ私兵を示す隊服を着ているのを確認するなり矛をおさめた。
「今すぐにイーサン殿下にお目通りを! 我が軍の北部から東部にかけてローズウェル王国、西部にフレアルージュ王国の軍が進軍中、その数三万!」
「何!? 見張りの兵は何をしていた!それほどの大軍を見逃すなど!」
「大軍の出現に兵士が次々と離散しております! イーサン殿下には至急本国へご帰還ください!」
「わっ、わかった! 我々はイーサン殿下をお守りして本国へ戻る。 残った兵をかき集めてなんとしても追撃を阻止せよ! 良いな!」
「はっ!」
私兵は未だに嬌声とパンパンという音が続く天幕へ入っていくと、辛うじて腰布を巻き付けたイーサン殿下が屋外へ現れた。
報告にあった北東と北部、北西方向にはもうもうと煙が上がっている。
既に戦闘が始まっているのだろう。 遠く離れた中央まで喧騒が伝わってくる。
アランを捕らえたことで、この遠征軍は統制を欠いている。
迎え撃とうにも相応の犠牲がでるだろう。
立ち上る煙を睨みイーサンは私兵が差し出した上衣と膝下でぴったりと肌に添う形の下衣を履いた。
「くそっ! 忌々しい、弱小国家の分際で! 総員撤退!」
『はい!』
「イーサン殿下! わっ、私もお連れください!」
急いでアバヤを着たらしい美女が天幕から飛び出しイーサン殿下にすがり付いたが、美女を一瞥すると、意に介さず私兵の連れてきた自らの愛馬に飛び乗った。
なおも追いすがろうとした女は私兵の手で引き離され投げ出された。
騒ぎを聞き付けた兵士の一人が慌てて駆け寄るも、イーサン殿下と私兵達は止まることなく軍を置き去りにして森へと姿を消した。
「殿下ぁぁぁぁ!」
「おっ、おい! あんた大丈夫か!? 一体何があったんだ!?」
悲痛に叫ぶ女性を支えながら右往左往する兵士に、先程まで私兵姿をしていた筈の伝令が、兵士姿でゆっくりと近づいた。
「イーサン殿下が動けない俺らを敵からの目眩ましにして見捨て、遠征軍から離脱しました。 後方支援は絶望的です……」
「なっ!?」
イーサン殿下一行が消えていった方角を見て絶句する兵士には悪いが、伝令の男……ディオンはあまりに呆気なく物事が進みすぎて拍子抜けしていた。
近くで冷静に聞けば有事ではないと気が付くだろう喧騒は、遠く離れたこの場所からだとまるで最前線で争っているように聞こえなくもないが、こうも簡単に偽情報に乗せられてしまうのは、為政者として如何なものか?
せめて離脱する前に真実かどうかを確認するとかないのか。
まぁ、確認されても困るのだが。
偽情報で報告した方角で上がっている狼煙はノアがお嬢と一緒に希望者を集めて、枯れ草で大規模な焚き火をしている。
家畜の餌にしていた雑穀に紫色の芋を見付けたお嬢がその芋を水に濡らした大きな葉っぱで包み放り込み出したのだ。
口の中を紫にしながら毒々しい芋を頬張る姿はある種の恐怖映像だ。
始めにこれを食べようとした人物はよほど切羽詰まっていたんだろう。
お嬢の指示で粉塵爆発を企んだあの火災は思いの外沢山の犠牲を出してしまった。
煙を吸い未だに意識の戻らない者も居る。 非戦闘員を多数抱え、向こう見ずな性格のイーサン殿下と、イエスマンな側近達が隊の補給を続けてくれるか疑問が残り、このまま二国を相手に戦を続けるのは命を捨てるに等しいのだ。
思い出したくもない接触事故のあと、俺はアラン殿下が書いた休戦と、ゾライヤ帝国の逆賊討伐への助力を嘆願する親書をローズウェル王国とフレアルージュ王国に提出している。
遠征軍をイーサン殿下から奪還する意味合いもあり、お嬢の指示で一芝居打たされることになった。
上手く行ったから良いようなものの、毎回毎回良くまぁ生き残ってるよな俺……。
偽の報告で奇襲は北部からと伝令したが、実際にはフレアルージュ、ローズウェル連合軍は遠征軍とゾライヤ帝国との間を分断する形で布陣しているはずだ。
もしここでアラン殿下が考えを変えて、イーサン殿下がやって来るのを手ぐすねをひいて待ち構えているだろうソルティス様に追撃を仕掛ければローズウェルとフレアルージュの連合軍は窮地に陥りかねない。
まぁ、お嬢がアラン殿下を尻に敷いているうちは大丈夫だろう。
どうやらお嬢にお熱のようだし、円満に娶りたければ若やボスを含めたダスティア公爵家の方々を敵に回すのは下策だ。
「お嬢! イーサン殿下は前線を離脱したよ」
はふはふと紫色の芋を幸せそうに満喫しているお嬢に声をかけた。
「ディオンお疲れ~! あっ、食べる?」
焼き上がった芋を差し出す姿に苦笑しながら遠慮した。
「やめときます。 どうもその色は食べる気しないんで」
「そう? 美味しいのに……はふっ! ほへへ? ふんひはほふ?」
うん、何を言っているか分からない。
「飲み込んでから話しましょう。 はい水です」
「ん、ありがとう……プハァ~!」
竹に似た節のある植物を利用した水筒を渡すと、リシャーナお嬢様は左手を腰に当てて男らしく……オヤジ臭く煽るように水を飲む。
プハァーって……あぁ、すっかり軍に染まっちゃってまぁ。
ローズウェル王国の筆頭高位貴族の御令嬢のはずが、今では水筒片手に芋を貪るオヤジである。公爵令嬢の面影は見る影もない。
これダスティア公爵にバレたら俺消されないよね?
「げふっ、さて、お腹も膨れたことだし、そろそろ鬼ごっこしましょうか!」
素晴らしい満面の笑みを浮かべたお嬢に、俺は迷子紐を着けようかと本気で悩む。
「お嬢は俺と相乗りですからね?」
「ええぇー! せっかく馬に乗れるようになったのに!」
頬を膨らませて不満を訴える姿は昔と変わらない。
「また迷われては困るんですよ。 条件を飲んでいただけなければ置いていきます」
「はぁ……、わかったわよ」
渋々とでも了承した所を鑑みるにイーサン殿下を追うほうの欲求が上回ったようだ。
余裕があるように見せながらも、内心はお嬢が迷子になるリスクを減らせただけで大収穫と言ってもいい。
「ノアさん! ゾロさん! 準備はいいですか?」
「はい!」
「おう!」
お嬢の指示に次々と芋を食べていた者達が立ち上がる。
「俺も……俺も行く!」
ゾロさんに支えられながらやって来た青白い顔をしたアラン殿下の鳩尾へ、お嬢は綺麗に膝をめり込ませて地面に沈める。
お嬢ひでぇ……
「怪我人は足手まといだから大人しく寝てなさい」
二回ほど手を払うようにして叩くと、昏倒したアラン殿下を先程まで休んでいた天幕まで運んで簡易ベッドへ寝かせる。
アラン殿下に今必要なのはゆっくりと休むことだけど、強制的にベッドへ沈めるのは絶対に違うと俺は思うよ。
ノアさんの旦那さんにアラン殿下を任せて意気揚々と馬へよじ登ったお嬢の背中を守るよう騎乗する。
「さぁディオン! あのバカ皇子をやっておしまい!」
「えぇ!? やるの俺なの!?」
「当たり前じゃない。 可憐な私に出来ると思う?」
「……思う。 アガッ!?」
イーサン殿下を踏みつけて高笑いしている姿が目に浮かび、本音を言ったら顎にお嬢の右拳が炸裂した。
 
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