『原作小説』美形王子が苦手な破天荒モブ令嬢は自分らしく生きていきたい!
84『まさかの大失態』アラン視点。
ポチャン、ポチャンと水音が聞こえる。
ふわふわとした意識と時おり走る頭痛にアランは耐える。
俺は愚かだ……イーサン兄上が自分を快く思っていないことは判っていた。
目障りな俺や、自分よりも継承順位が高い皇太子と皇帝の暗殺はまだわかる。
俺達はイーサン兄上が帝位につくには邪魔だったのだろう。
しかし同腹の弟であるイヴァン兄上まで手にかけるとは思ってもいなかった。
イーサン兄上に身柄を拘束され、取り調べだとイーサン兄上は部下に命じて全身くまなく暴行を加えていった。
脇腹を蹴りつけられた時にメキッといったのが判ったからきっと肋骨が折れたか、はたまた骨に罅でも入っているかもしれない。
兄上は俺に皇帝と皇太子暗殺の罪を着せて、ゾライヤ帝国で大々的に処刑するつもりのようだからこの場で殺すようなヘマはしないだろう。
全身の痛みがまだ俺が生きていることを教えてくれている。
アイツは……上手く逃げただろうか?
実の弟であるイヴァン兄上すら手にかけたイーサン兄上が……いや、あれはもう兄ではない。
逆賊イーサンが俺の側近たちを野放しにするとは思えない。
確定してしまった死を目前に脳裏に浮かぶのはなぜかリシャーナの色々な表情ばかりで、わずかの間に当たり前のように自分の中に居座ってしまった彼女の存在感と、もう会うこともないだろう事実が喪失感として俺の心を蝕んでいく。
そうか、俺にとって彼女はこんなにも特別な人になっていたんだなぁ。
しかし今さら気が付いたところでもう遅い、なぜもっと早く気が付かなかったのか。
ダスティア家の隠密が現れた時に逃がしてやらなかったのか。
もしあの時逃してやれていれば他国の後継者争いなんかに捲き込まれず、少なくとも彼女は愛する家族のもとへ帰れた筈だ。
それを帰すことが出来なかったのは、無意識に彼女と離れたくないと思ってしまった俺の利己主義が招いた結果だ。
回らない思考と度重なる後悔の渦に翻弄される。
朦朧とした意識の中、天幕の中に人が入ってきた気配がする。
時おり俺を死なせないためなのか、水を飲ませに来る者がいる。 きっと今回もそうだろう、閉じていた目を薄く開くとアバヤを着た女性が三人いた。
その中でまるで宝石のようなエメラルドの瞳の女性が、溢れ落ちてしまいそうなほどに目を見開くと、俺のそばへ膝をついた。
「あっ、アラン様!」
彼女の声が聞こえる……とうとう俺は幻覚どころか幻聴すら聞こえるまで弱ったらしい。
彼女がこんなところにいるはずがないのに。
背中側で縛られたままの手では確かめることすら出来ない。
俺はこんなにも無力……皇子なんて呼ばれてきたが、実際は好いた人を守るどころか、触れることすらかなわない。
両手を拘束していた荒縄が外されたが、両腕は長時間の拘束に痺れ、意思に反して動かなかった。
「アラン様! アラン様!? ご無事ですか!?」
顔を覗き込む瞳は潤み、まるで本物の彼女が俺を心配してくれているような錯覚に襲われる。
たとえ幻でも良いじゃないか、もう一度彼女に会えたのだから……
「ぐっ……俺は夢でも見ているか? どうやらよほど俺はお前に会いたかったらしいな。 たとえ夢でも会えて嬉しい……」
残る力を振り絞り痛みと痺れで感覚がない身体と動かない腕をなんとか伸ばして、幻影の頬に触れる。
触れる? 幻影なら触れることは出来ない。 ならこの手が触れているのは実物?
まるで本物だと確めさせるように彼女は俺の手を掴むと力強く握り締めた。
「喜ぶのはまだ早いですよ。 しっかりしてください! 脱出するんですから!」
薄れた意識の最後に残ったのは彼女の少し怒ったような声だった。
******
夢現に俺は手を伸ばして、彼女を抱き締めた。
そのまま身体を反転させ、彼女に逃げられないように組み敷く。
暴れる彼女の抵抗を情熱的に重ねた唇で塞ぐ、滑らかな唇はなぜか記憶にあるモノよりも薄いような……?
「ディオン、アラン様の容態はどう……!?」
聞こえてきた声に口付けを放し顔を上げれば、天幕の入り口に彼女がいた。
えっ、それじゃあこの組み敷いた人物は……
「しっ、失礼しました!」
慌てたように天幕を飛び出していくリシャーナを引き留めようと動くと同時に腹部に衝撃が走った。
「このアホ皇子! 俺に男色の趣味はねぇんだ! うわぁ、汚点だ! 黒歴史だ。 俺の大切なファーストキスがぁ!」
ゼェゼェと肩で息継ぎを繰り返すダスティアの隠密が必死に自分の口許を袖口で拭っている。
己の所行を認識すると同時に側頭部に隠密の張り手を食らった。
「おぇぇぇ。 俺のファーストキスをかえせー!」
  愛しい女性と間違えて男の唇を奪い、それを愛しい女性に見られると言う大失敗に俺は崩れ落ちた。
ふわふわとした意識と時おり走る頭痛にアランは耐える。
俺は愚かだ……イーサン兄上が自分を快く思っていないことは判っていた。
目障りな俺や、自分よりも継承順位が高い皇太子と皇帝の暗殺はまだわかる。
俺達はイーサン兄上が帝位につくには邪魔だったのだろう。
しかし同腹の弟であるイヴァン兄上まで手にかけるとは思ってもいなかった。
イーサン兄上に身柄を拘束され、取り調べだとイーサン兄上は部下に命じて全身くまなく暴行を加えていった。
脇腹を蹴りつけられた時にメキッといったのが判ったからきっと肋骨が折れたか、はたまた骨に罅でも入っているかもしれない。
兄上は俺に皇帝と皇太子暗殺の罪を着せて、ゾライヤ帝国で大々的に処刑するつもりのようだからこの場で殺すようなヘマはしないだろう。
全身の痛みがまだ俺が生きていることを教えてくれている。
アイツは……上手く逃げただろうか?
実の弟であるイヴァン兄上すら手にかけたイーサン兄上が……いや、あれはもう兄ではない。
逆賊イーサンが俺の側近たちを野放しにするとは思えない。
確定してしまった死を目前に脳裏に浮かぶのはなぜかリシャーナの色々な表情ばかりで、わずかの間に当たり前のように自分の中に居座ってしまった彼女の存在感と、もう会うこともないだろう事実が喪失感として俺の心を蝕んでいく。
そうか、俺にとって彼女はこんなにも特別な人になっていたんだなぁ。
しかし今さら気が付いたところでもう遅い、なぜもっと早く気が付かなかったのか。
ダスティア家の隠密が現れた時に逃がしてやらなかったのか。
もしあの時逃してやれていれば他国の後継者争いなんかに捲き込まれず、少なくとも彼女は愛する家族のもとへ帰れた筈だ。
それを帰すことが出来なかったのは、無意識に彼女と離れたくないと思ってしまった俺の利己主義が招いた結果だ。
回らない思考と度重なる後悔の渦に翻弄される。
朦朧とした意識の中、天幕の中に人が入ってきた気配がする。
時おり俺を死なせないためなのか、水を飲ませに来る者がいる。 きっと今回もそうだろう、閉じていた目を薄く開くとアバヤを着た女性が三人いた。
その中でまるで宝石のようなエメラルドの瞳の女性が、溢れ落ちてしまいそうなほどに目を見開くと、俺のそばへ膝をついた。
「あっ、アラン様!」
彼女の声が聞こえる……とうとう俺は幻覚どころか幻聴すら聞こえるまで弱ったらしい。
彼女がこんなところにいるはずがないのに。
背中側で縛られたままの手では確かめることすら出来ない。
俺はこんなにも無力……皇子なんて呼ばれてきたが、実際は好いた人を守るどころか、触れることすらかなわない。
両手を拘束していた荒縄が外されたが、両腕は長時間の拘束に痺れ、意思に反して動かなかった。
「アラン様! アラン様!? ご無事ですか!?」
顔を覗き込む瞳は潤み、まるで本物の彼女が俺を心配してくれているような錯覚に襲われる。
たとえ幻でも良いじゃないか、もう一度彼女に会えたのだから……
「ぐっ……俺は夢でも見ているか? どうやらよほど俺はお前に会いたかったらしいな。 たとえ夢でも会えて嬉しい……」
残る力を振り絞り痛みと痺れで感覚がない身体と動かない腕をなんとか伸ばして、幻影の頬に触れる。
触れる? 幻影なら触れることは出来ない。 ならこの手が触れているのは実物?
まるで本物だと確めさせるように彼女は俺の手を掴むと力強く握り締めた。
「喜ぶのはまだ早いですよ。 しっかりしてください! 脱出するんですから!」
薄れた意識の最後に残ったのは彼女の少し怒ったような声だった。
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夢現に俺は手を伸ばして、彼女を抱き締めた。
そのまま身体を反転させ、彼女に逃げられないように組み敷く。
暴れる彼女の抵抗を情熱的に重ねた唇で塞ぐ、滑らかな唇はなぜか記憶にあるモノよりも薄いような……?
「ディオン、アラン様の容態はどう……!?」
聞こえてきた声に口付けを放し顔を上げれば、天幕の入り口に彼女がいた。
えっ、それじゃあこの組み敷いた人物は……
「しっ、失礼しました!」
慌てたように天幕を飛び出していくリシャーナを引き留めようと動くと同時に腹部に衝撃が走った。
「このアホ皇子! 俺に男色の趣味はねぇんだ! うわぁ、汚点だ! 黒歴史だ。 俺の大切なファーストキスがぁ!」
ゼェゼェと肩で息継ぎを繰り返すダスティアの隠密が必死に自分の口許を袖口で拭っている。
己の所行を認識すると同時に側頭部に隠密の張り手を食らった。
「おぇぇぇ。 俺のファーストキスをかえせー!」
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