『原作小説』美形王子が苦手な破天荒モブ令嬢は自分らしく生きていきたい!

紅葉ももな(くれはももな)

66『八つ当りは他でお願い致します』

「アラン殿下! その書類は私ではなくてゾロさんが持ってきたんです! 八つ当たりはゾロさんにしてください! では!」


 脱兎の如く身体を反転させて天幕の外へと出ると、すぐ後ろからバサリと出てくるアラン様。


 腕を空に向けて上げたかと思えば首を左右に振るようにして伸ばし、タンタンとその場で軽く執務で固まった身体を解すように跳び跳ねるといたぶるように悠然と私を追いかけ始めた。


 なぜ一旦停まったんだ、あのまま振り向かなければ距離を稼げたのに!


 獰猛な狩人を思わせるような鋭い視線に背筋が粟立つのを感じながら必死に逃げる。


 もともと男女の体格差で足の長いアラン様はリーチが長い分少ない歩数で私に追い付けるからたちが悪い。


 楽しみの少ない遠征軍での逃げ惑う私の姿を完全に娯楽として捉えている兵士さんがたは、アラン様を止めません。


 アラン様の御母上はローズウェル王国の伯爵家から輿入れされた方で現皇帝の第一夫人、ローズウェル王国で言うところの正妃として輿入れされました。


 皇帝陛下には既に寵姫だった第三夫人が第一王子アルファド殿下を、第二夫人が第二王子イーサン殿下、第三王子イヴァン殿下を産んでいました。


 ゾライヤ帝国は母親の身分や夫人の順位ではなく出生が早い王子から順に王位継承権が発生するため、第四王子であるアラン様は第一夫人の第一子にも関わらず、王位から遠い存在でした。


 私が父様と一緒にお逢いした時はまだ頭角を現される前でゾライヤ帝国滞在中の遊び相手として紹介されました。


 こちらも流石は王家、歳が近いとして紹介されたアラン様はルーベンスに負けず劣らず容姿が優れていて、こちらをニコニコと笑顔を浮かべて対応してきた。


 良い子そう? つられて笑顔で対応したのもつかの間、双方の保護者が退席するなり右腕を掴まれてあちらこちらに連れ回された。


「どんくさいなぁ? このアラン様が直々に相手してやってるんだ。 もう少し楽しそうにして見せろ。 デブス姫?」


 はぁ!? って思いましたよ! 美形はやっぱり敵だと再認識致しました。


「こんなデブスを相手にされるよりもアラン様の周囲にはさぞ美しい女性がおりましょう。 ほら彼方のご令嬢方がアラン様と仲良くなさりたいようですよ? 私のことは気にせずにどうぞどうぞ」


「……行くぞ」


 気をきかせて自分にできる一番良い笑顔で生け贄となる遠巻きにこちらを睨み付けてくるご令嬢の群れを提案したのに、二の腕を掴んでぐいぐい場所を変えるアラン様。


 いやいやいや、私は図書室にでも他の従僕に案内させてもらうから放置してください。


 別に私はアラン様に一緒にいてくれと頼んでもいないのに滞在中暴言を浴びせられながら引きずり回されるってどんな拷問よ!


 しかも帰国するときには「またくるなら俺が直々に相手をしてやろう。 ありがたく思え」とかどこまで上から目線よと思いましたよ。


 はぁ、しかしまたこんなところで再会してまた追い回されるとは……


 優秀さにおいて上の王子達と一線を画するようになったアラン様はその優秀さを妬まれ、母上が亡くなってから苦労したことには同情するけど、私に当たるな!


 短い足で陣内を横断中に聞こえてきた無責任な発言をする兵士を見つけて近付くと、見馴れた二人組がいた。


 二人とも先の無謀な突撃で私が手当てをした兵士さんで元は小作農で生計をたてていたらしい。


 戦争のために徴兵されて来たらしい。


「ダーナが捕まるのにどれくらい時間がかかるか賭けるか?」


「そうだな半刻に晩飯のパン一つだ」


「なら俺は四半刻持たないにスープ一杯!」


 遠くからガハハとバカ笑いをしながら人を賭けの対象にしている兵士の小父さん達。


「なんで捕まるのが前提!? 逃げ切るに賭けてよ!」 


「賭けるか!?俺は負け戦はしない!」


「ノアさんにはいつも負け戦挑んでるじゃん!」


「ちげぇねぇ、いっつも尻に敷かれてるもんなぁ」


「うっせいやい! ダーナが自分で賭ければ良いだろうが」


 ちなみにノアさんとは兵士さんの奥さまだそうで、こちらも今回人足に駆り出され夫婦で陣内にいたりします。


「賭けるだけ無駄です! 賭けるなら捕まる方に賭けますよ。 うわぁ!? もうきた!」


 後ろから悠々と歩きながら近付いてきたアラン様から逃れるべく走り出すと、小父さん兵士が頑張れー! と無責任に声援をくれた。


 追い掛けるのは得意でも逃げるのは苦手なんですけど!


 軍内は現在二万の兵力で運行しているので、陣地だけでも広大だったりするため天幕の陰や木陰なんかを利用して隠れながらアラン様から逃げていたんですが……ここは一体何処でしょう?


 ヤバイ! これ絶対駄目なやつだ。 完璧に迷ったよね。


 ひたすら走り、陣内の水源地である泉まで来たところで力尽きた。


 だぁー、もうだめだぁ。 足が動かないぃぃー。


 地面にうつ伏せで倒れ込むと直ぐにどさりと隣に腰を降ろした気配に見上げると、すっかり見馴れた横顔があった。
 
「なんだ、もう逃げるのは止めたのか?」


「もう無理……」


「そうか」


 泉に両腕を浸けるとひんやりとした水温が運動によって火照った身体に心地良い。


 この遠征軍に来てから身近でアラン様を見てきた。


 相変わらず人をこきつかうし、上から目線だけども、どうしてもこの人が今回の遠征を望んでいるようには見えなかった。


「殿下はなぜこの戦場に?」


「……さぁ、なんでかな?」


 泉の上に広がる青空を見上げながら横に草臥れる私の頭をわしわしとかき混ぜた。


「すまなかったな、本当は国にかえしてやりたいんだけどな、俺はこの軍を離れることは出来ないんだよ……できる限り徴兵された兵達を家族の元に帰してやらなければならないんだ……」
 
 どこか諦めたような雰囲気を醸し出しながら、ぽそりとつぶやくと先程まで優しく頭を撫でていた大きな手がベシッ!っと頭を叩いた。


「いでっ!」


「そら戻るぞ、兄上のお陰で軍務が山積してるんだ。 ダーナには自分の食い扶持くらいしっかりと稼いでもらわないとな」


「はぁ!? まだこき使う気ですか!?」


「人聞きが悪いな、破格の待遇だろう」


 どこがじゃ! 


「三食と個室と俺の側にいられるんだからな」


「はいはい、それに関しては最後に出てきた待遇以外は感謝してます! 戻るんでしょう! 早くいきますよ!」


 アラン様を置き去りにして歩き出す。


「……成長しても変わらない者も有るんだな……」


「ん? 何か言いました?」


 一行に動くそぶりを見せないアラン様に焦れて振り返るとにっこりと笑顔を浮かべ私が歩いてきた方向と全く反対を指差して言いました。


「こっちだ馬鹿が」


 どうやら反対に向かって歩いていた見たいです。 馬鹿はないでしょ! ばかはぁ!


  
 



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