『原作小説』美形王子が苦手な破天荒モブ令嬢は自分らしく生きていきたい!

紅葉ももな(くれはももな)

53『さようなら、初恋の人』ルーベンス視点

 朝早くにリシャーナに叩き起こされ俺、ルーベンスは無駄に派手な衣服を手渡され広場で教会の子供たち貧民街の子供たちと用意したムクの実を使った石鹸は、実演販売とやらの影響か飛ぶように売れていった。


 元々この国で手に入る石鹸は全て輸入に頼っていたのだ。


 輸入される固形の物は小さな欠片ですら高価で貴族の一部にしか普及していない。


 金額的にも輸入品とは比べようが無いほどムクの実は安価だ。


 元々廃棄されていたゴミが目の前で次々と銀貨に変わっていく。


 ドラクロアでカイザールと共に沢山の仕事をこなしてきたが、労働量に対する対価の価値に首を傾げたくなるほどの売れ行きだった。


 ムクの実はローズウェル王国内に広く分布しているから特産にして行くことも可能なのではないかと、押し寄せる商人や一般客の対応にひたすら追われた。


 追加を取りに行くと言って俺をその場に放置してリシャーナが逃げた。


 俺に一人でこの人数を捌けと?


 もし碌に顔も会わせない第二王子ではなく俺が国王になったとしたら押し寄せる貴族の奏上くらい余裕で捌けなければならないのだ。


 もしかしたら優秀だと聞く第二王子ならなんの苦労もなく達成して見せるのかもしれない、これくらいできなくてどうする俺!


 己を叱咤して対応に追われるものの、待てど暮らせどリシャーナが帰ってこない。


 あいつの方向音痴はいやと言うほど巻き込まれたからまたどこかに迷い込んでいるのではないか?


 くそっ、やはり着いていけば良かったと長蛇の列に対応しながら溜め息をついていた俺の所へ現れたのは教会で暮らしているアロだった。


「ルーベンス兄! 俺、人にぶつかっちゃって、リシャ姉とクリス姉がお医者さんに連れていったんだけどすぐにルーベンス兄とカイ兄を呼んできてって! どうしよう!」


 髪を振り乱しながら駆け込んできたアロを店舗内に引き込む。


「取り合えず落ち着け。 リシャはクリスといるんだな?」


 クリスティーナと一緒なら迷子の可能性は低くなっている筈だ。


 クリスティーナはお人好し過ぎて、リシャーナと違った意味で危ないが……


「うん、リシャ姉がルーベンス兄とお店をたたんで、カイ兄とルーベンス兄に領主様のお城へ呼んできてくれって」


 普通の怪我人なら街医者へ運ぶはずだ。 それなのにわざわざドラクロア城へ運ぶ?


「わかった、悪いが手伝ってくれるか? 俺はお客に説明してくるから片付けておいてくれ」


 アロに撤収準備を任せて、長蛇の列に説明するために店舗をでる。


 自分に集まる視線に笑顔を浮かべて皆が見えやすい位置へと移動した。


「本日はお集まりいただき誠にありがとうございました。 不測の事態が発生いたしまして商品の補充が困難となりましたので、本日は店じまいさせていただきます。 在庫の補充ができ次第開店いたします。 ありがとうございました」


 口々に悪態をつきながら散っていく客たちの中から数人の商人が詰め寄ってきたが、連絡先を教えてもらい店を出すときには連絡をすると約束することで何とか納得させた。


 教会に戻るとカイザールは既に帰還していた為、説明は移動しながらすると言ってドラクロア城へ急いだ。


 護衛に着いていた者に聞けばリシャーナたちは今も運び込んだ人物についているらしい。


 なんにしても今後は一人で飛び出さないように苦言してやらなければならないだろう。


 少しは自分の方向感覚が壊滅していることを自覚する必要がリシャーナにはある。


 案内された部屋に入るとぽけっとしてこちらに視線をよこすリシャーナと目があった。


「リシャ、追加の瓶を取りに行ったはずのお前が戻って来ないからまた迷った・……マリアンヌ!?」


 がしがしと頭を掻きながらベッド近付くと、白いシーツに散らばるピンクゴールドの髪に息が止まるようだった。


 自分の愚かな行いのせいで面会を禁じられてしまった愛しい娘がベッドへ力なく横たわっていた。


「なぜマリアンヌがドラクロアに居るんだ!? こんなに窶れて、あの役立たず共は一体何をしているんだ!?」


 愛しい者に会えないことは辛いが、俺が守ってやれない分、納得はいかなくても彼女の周りには俺か第二王子が引き継いだこの国を支えてくれる側近候補が居たはずなのに!


「お静かに、母胎に障ります! 彼女には暫し安静が必要です、お騒ぎになりたいのであれば部屋の外でお願いいたします」


 感情の高ぶりで声が大きくなってしまっていたのだろう。 セイラ伯母上の声に頭に登った血の気が引いた。


「騒いですまなかった……えっ、母胎!?」


 彼女恋しさについに幻聴まで聞こえるようになってしまったのかとの考えは、ベッド上で横たわるマリアンヌの腹部の僅かな膨らみが否定させてはくれなかった。


「マリアンヌが妊娠? (妊娠ってなんだっけ?) えっ、そんな(そもそもどうやって子供って出来るんだっけ? 確か身体を重ねて愛を育むんだったか?) だって(それなら俺はマリアンヌとも誰ともしたことはないぞ!?) それじゃあ(いったい誰が?)。 いや(そもそも子供って産まれるまで何ヵ月かかるんだっけ?)、だけど(あれだけ大きくなるのにどれだけの時間がたっているんだろう)」


 次々と湧いてくる疑問と猜疑心に思考が着いていかない。


 後頭部を襲った衝撃に思考を中断するといつの間にか部屋を移動させられていたらしい。


「痛っ! あれ、音ほど痛くない……」


 リシャーナが持っていたのは見覚えがある武器だった。


「ルーベンス殿下? マリアンヌ様は妊娠八ヶ月だそうです。 どうやら王都からドラクロアまでご無理をされたようでお窶れになり、早産の危険があります。 衰弱が激しく心身ともに絶対安静です。 ここまでは良いですか?」


「あぁ……」


 八ヶ月……


「回りくどいことは、まるごと措いといてマリアンヌ様の御子はルーベンス殿下の御子ですか?」


 至極全うな問いかけだろうが、子供の作り方が俺の記憶の通りならありえない。


「違う。 俺は彼女と身体を重ねたことはない。 クリスとの婚約を解消した後、俺をはじめとしたマリアンヌを妻に望む者達は彼女から誰を伴侶に選ぶのか返答を貰えることになっていたんだ」


「えっ!? まさかのあの時点で返答待ちだったの!?」


 俺の初めては結婚する相手、マリアンヌと誓っていた。


「つまり、将来の確約すら貰わずに暴走して勝手にクリスとの婚約破棄を言い渡したと? それで、マリアンヌ様が他の男性を選んだら一体どうなさるつもりだったのですか!?」


「うっ、そっ、それはぁ。 まぁ……とっ、兎に角マリアンヌの腹の子は俺の子供ではあり得ないし、不可侵協定を互いに結び、彼女が誰かを選ぶまで共に牽制していたから可能性は低い……と思う」


 五ヶ月前、それは俺が、俺達がマリアンヌと出会う前に彼女が他の男の物だったと言うことではないのか?


 ピキリと自分の中のマリアンヌの笑顔に亀裂が入った。


 あの可愛い笑顔も、哀愁漂う横顔も、彼女がくれた優しさも、言葉も全て……。
 
 心が、彼女と過ごした思い出がガシャリと音をたてて崩れ落ちる。


 ガン! と勢い良く壁に額を打ち付けると、両足に力が入らずにそのまま崩れ落ちるように床へ蹲った。 意思とは関係なく全身の震えが止まらない。


「マリアンヌぅ~! 愛してると、愛してると言ってくれたのにぃ!」


 力任せにドン! とやるせない絶望から壁を拳で殴り付けた。


 なぜ、なぜ、なぜ!


 これ以上醜態をリシャーナ達にさらすわけにはいかない、それでも堪えきれなくなった嗚咽が、こらえた口から漏れる。


 自分の弱さも、不甲斐なさも、愚かさもそれによってもたらされた事実、全てが責任として重く、そして真実と言う刃は深く深く突き刺さる。


 動けない俺の背中を撫で始めた手を払いのける。もう俺を一人にさせてくれ! (一人にしないで!)


「俺に触るな! 出ていけ! 出ていけよ! もう誰も信じるもんか!」


 拒絶の言葉を吐きながらも、相反する願いに嫌気がさす。 こんな狭量な男が未来の国王候補筆頭? 笑わせてくれる。


「ちょっ!」


 リシャーナの抗議の声が聞こえるがもう、どうでも良い。


 背中に何かを置かれてゆっくりと擦られたが今度は振り払わなかった。


 無言で労るように撫でられる手から伝わる優しさが沁み渡るようだった。


 ベッドに引き込もっていた俺をリシャーナが手荒に引き摺り出してきた。


 本当にあれは女なのだろうか。


 女とは本当に分からない生き物だと痛感した。


 マリアンヌ、クリスティーナ、そしてリシャーナ。


 売り言葉に買い言葉で何の覚悟もないままにマリアンヌが居る部屋までやって来た。


 あれほどまでに恋い焦がれ会いたいと切望していたのは一体なんだったんだろう。


 俺は彼女にどんな顔をして会えと言うんだ? 何を話せば良いのだろうか。


 クリスティーナとリシャーナに続いて入室すると、幾分しっかりとした様子で窓の外を眺めるマリアンヌのピンクブロンドが目にはいる。


「マ、マリアンヌ……?」


 恐る恐る声を掛けると振り向いたマリアンヌの顔がみるみる青ざめていく。


「いやー! なんで? なんであなたが現れるの! やっとの思いで学院から逃げてきたのに!」


 拒絶の言葉と共に投げつけられた枕は、間に割り込むように入ってきたカイザールの手によって絨毯へと叩き落とされた。
 
「あと少しなのよ、あと少しであの人ところへ行けるの! それなのに、それなのに! どうして邪魔するのよ!? この子は絶対に渡さない! あなたなんかに! あの人の子供は渡さないんだから!」


 興奮した様子で彼女がくれたのは今までに聞いたことがない罵詈雑言だった。


 ただただ呆然と聞くしか出来なかった悪意はバシンと響いた音と共に途切れた。


「いい加減にしなさい! 何があったのかなんてしらないけど、他者に責任を擦り付けて当たり散らすな! 誰の子供か知らないし、どんな事情があるのかも知らない! 知りたくもないわ! でもね、これ以上彼を侮辱するな!」 


 クリスティーナが俺のために怒り、行動に移してくれるとは思っても見なかった。俺のために……


「正直貴女が誰を好こうが、ルーベンス殿下が誰と添い遂げようが一向に構わないのよ! むしろリシャーナ様との接点を作ってくれた貴女には感謝していたくらい。 でもね、誰かか傷付く姿なんて見たくないのよ! 貴女は子供を守りたいと言ったわね? 私は大切な友人を守りたい!」


 訂正、俺のためじゃなかったぁ。


 何故だろう、自分のためではなかった落胆といつもと変わらないのクリスティーナの様子に安堵が押し寄せて、先程まで心の中で燻っていた毒気が抜けてしまった。


「クリス……」


「貴女のしたことは決して許されることてはないわ。 貴女はルーベンス殿下を始め、この国に混乱を招いた。 しかも悪意をもって国をかき回せば只では済まないことは分かっていたことでしょう? 一人で抱え込むよりも、私達に話してみない?」


 クリスティーナが語尾を弛めて問い掛けると、堰を切ったようにマリアンヌが号泣し始めた。


 落ち着いたマリアンヌの話を聞きながら、いかに自分が彼女を愛していると言いながらも自分本意にしか彼女の言葉を聞いてこなかったかを思い知った。


 本当に馬鹿だな、これはリシャーナに駄犬扱いされても仕方がない。


 マリアンヌの口から他の男の名前が出るのは辛いが、自業自得だろう。


 聞けば彼女に宿る命の父親は隣国フレアルージュ王国の第三王子だと言う。


 俺と同じ第三王子から兄の死を受けて王太子に担ぎ上げられ、同じ女性を好きになった男。


 愛した女と離れて遠く離れた場所へと向かう気持ちはわかっても、死ぬかもしれない所へ向かわなければならない心境は計り知れない。


 今フレアルージュ王国がゾライヤ帝国に負ければ次は我が国だろう。


 そして真っ先に戦禍にさらされるのはこのドラクロアだ。


 脳裏に浮かぶのは教会に住むアロやシスター・ミア達。


 ギルドを通して出会った人々、日雇いで世話になった鉱夫や漁師、そして学院の友人達を始めとするこの国全ての民を守りたい。


 思考の渦に気がつけばマリアンヌが体勢を整えて頭を下げていた。


「自分の感情を優先するあまり自国をローズウェル王国を撹乱し皆様にご迷惑を御掛けしました。 本来ならばこの場で首を落とされようとも仕方がない程の重罪を犯してしまいました。 ですが恥を忍んでお願いいたします! ルーベンス殿下! フレアルージュを、そしてこの国をお救いください!」


 正直言って俺はクリスティーナのように寛大にはなれないし、それを実現できるだけの知識も経験もない。


 それでも何かこの国を戦禍にさらさない方法を模索したいとは想う。


 しかしマリアンヌがしたことを赦せるかと聞かれれば、答える自信がない。


 彼女の話を聞いて、同じ境遇に立たされたとき果して俺は……?
 
「すぐに返答は出来ない……貴女のしたことは決して許されることではありませんから」


 ポソリと告げた言葉にマリアンヌの顔に絶望が広がっていく。


 もう、彼女をマリアンヌとは呼べないな。


「ルーベンス……」


 心配そうに俺の名前を呼ぶクリスティーナの声に励まされながら愛する、いや、もう愛してはいけない女性に対峙する。


「しかしこの場で自己の感情に流されて判断して良いような内容でもない。 今後の対応は国王陛下へ奏上申し上げ対処する事を約束しよう」


「あっ、ありがとうございます! ありがとうございます!」 


 ボロボロと涙を溢しながら泣く彼女の姿に抱き締めたくなる衝動を内心苦笑しながら自分の右手を硬く握りしめる。


「礼はいらない。 カイ、いくぞ……」


「はい」


 逃げるように部屋を出ると、握り締めたままの右手をやり場の無い感情のままに目の前の壁にぶつけた。


「はぁ、そんなに辛いなら素直に泣いたら良いのに」


 痛みににじむ涙は一体どちらの痛みだろう?


「五月蝿い。 俺は泣いてない!」


 袖で乱暴に目元を擦る。


「そうですか、ならそう言うことにしておきましょう。 全く意地っ張りですねぇ」


 肩をわざとらしくすくめて見せるカイザールを睨み付けた。


「おぉ、怖い怖い。 それでどうなさいますか?」


 とぼけた雰囲気を瞬時に霧散させるとカイザールが聞いてきた。


「決まってる! ロキシアンとやらに直接あの女を叩き返してやる!」


 カイザールを置き去りにするようにして歩き出せば、後ろから溜め息が聞こえる。


「はぁ、本当に甘いですよね殿下は……」


「甘くない! 国外永久追放にするだけだ!」


「それで? どのように国外追放に持っていくつもりですか? 陛下やダスティア宰相は甘くはないですよ?」


 うんざりしたように聞いてくるカイザールを振り返りニヤリと笑うと、奴は顔をしかめて見せる。


「勿論、それを考えるのがカイの役目だろう? やってくれるよな」


「はぁ、そんなことだろうと思いましたよ!」


 投げやりな返事だが、短い付き合いでもこの男が優秀なのは把握しているので将来側近に召し上げるのも良いだろう。


「……さようなら、初恋の人……」
 

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