『原作小説』美形王子が苦手な破天荒モブ令嬢は自分らしく生きていきたい!

紅葉ももな(くれはももな)

34『なんでも口に入れちゃだめペッしなさい!』

「ムクの実?」


「そうだよ。 ムクの実!」


 少女は篭の中から一つムクの実を取り出して私の手には乗せてくれた。


 ムクの実は果皮がつやつやして黄褐色の半透明なので、中に入っている黒い種子が透けて見えている果実だった。


 この中の黒い種が首飾りの原料のようです。 でも、なんだろうなぁ、この実どこかで……


「あっ、思い出した!」


 突然大きな声をあげた私にみんなの視線が集まった。 すいません、騒がしくて。


「その実が何かしたのか?」


 子供達にまとわりつかれたままやって来たルーベンス殿下にもムクの実を一つ貰って手渡すと、何を血迷ったのかぽいっと口の中へと放り込みやがった。


「このばか! さっさとここにペッ! としなさい! 早く、ごめんみんなお水もらえる?」


 無理矢理頭を押さえつけてムクの実を吐き出させた。


 シスターも言っていたが木の実が私の知っている植物と同じなら決してこのままでは食べられない。


 それどころか毒がある。


「すぐに持ってきて貰った水で口を濯ぐのよっ、はやく!」


 木製のコップに入った水をルーベンス殿下の口に押し当てて力ずくで流し込み吐き出させた。


「一体なんだと言うんだ、驚くじゃないか!」


 こっちの方が驚いたわ!


「よく知りもしない物を簡単に口にいれちゃダメでしょうが!」


「えっ!? お兄ちゃんまさかムクの実食べちゃったの?」


「なんだ、ダメなのか?」


「ダメだよ。 ムクの実は毒だから」


 子供達に教えられでぎょっとしているが、事実だ。


「この木の実はなんだ?」


 余った水にムクの実を浸して手を擦り合わせるように揉み込むと、徐々に白い泡がたってきた。


「わぁ、おねぇちゃんすごい! どうやったの、わたしもやりたい!」


「やっぱり、ムクロジ……」


 別名ソープナッツ。 漢字で〔無患子〕と書く樹木で、ムクロジは前世では子供が病気をせずに済むよう祈りを込めて、種子を羽子板の羽の重りや数珠にしていたあれですね。


「ムクロジ?」


「えぇ、石鹸の実ですわ。 果皮は汚れを落とす力がありますが、同時に毒があるので普通はこのままでは生き物は食べないんですよ。 誰かさんと違って……」


「石鹸、この木の実がか!?」


「しぃ! 声が大きい!」


「せっけん? せっけんって何?」


 石鹸は海を渡った異国からまれに輸入される交易品だ。 ただ輸入品のためにとにかく高くて一部の王族と貴族しか手にできない。


「うふふっ、さぁてルーベンス様? 自分で女に貢いだ位の額を頑張って還しましょうねぇ」


 確か某国民的教育番組で乾燥後の果皮は延命皮と呼ばれて強壮・止血・消炎などの薬効が見込めたはずだけど、下手に手は出さない方が良いだろう。 黙っておこう、うん。


「お兄ちゃん、ムクの実食べちゃダメよ?はい。 あげます」


 くいくいと服を引っ張った女の子はどうやらムクの実を取ってきてくれたのか真っ黒に汚れた手でルーベンス殿下にムクの実を貢いでいた。


 伊達に乙女ゲームのメインターゲットは張ってないかぁ。 中身を知らないって凄い!


 頬を赤く染めて満面の無邪気な笑みを浮かべる少女はすっかりルーベンス殿下に見惚れているようで、自分の手が汚れているのを失念しているようだった。


 ルーベンスの臀部の服が汚れてしまったのに気が付いたのか青くなってしまっている。


 さて、たらし王子から少女を逃がしますかねぇ。


「さぁさぁみんな、外で遊んでおいで」


「はーい!」


 元気に外へと走っていく後ろ姿を手を振って見送りながら、ルーベンス殿下に聞こえる程度の小声でささやいた。


「お尻が汚れてますよ」


「なっ!?」


 まるで尻尾を追い掛ける犬のようにくるくるとその場を回って臀部を見ようとする姿に噴き出すと、勘に触ったのか睨まれました。


 おー、怖い怖い。


「まさか大人が子供にちょっと服を汚されたくらいでガタガタいわないわよねぇ?」


「も、勿論だ。俺は寛大だからな!」


 露骨に腕を組み言っては居るがどもってますからね、バレバレです。


「さて、そろそろカイザール様も戻っていらっしゃるでしょうし、準備もかねて水汲みに行きましょうか」


「よし、水汲みになど俺に掛かれば造作もない!」


 ルーベンス殿下が外に出るため扉を開けると泥で出来た玉が、ルーベンス殿下の胸元に直撃した。


「あっ!」


 どうやら外では泥投げ遊びになっていたらしい。


 ルーベンス殿下を狙ったわけではなく流れ弾に当たってしまったようだ。


「おーまーえーらーぁ! 許さん、俺が相手だ!」


 キャイキャイと逃げ惑う孤児に交ざりルーベンスが泥投げをはじめると、子供たちも負けじとルーベンス殿下目掛けて泥玉を投げつけている。


 孤児と王族が泥投げって前代未聞じゃね?


 そうこうしている間に孤児の投げた泥玉がルーベンス殿下の頭部にヒットした。


 金色の御髪が台無しで、いつもの美形なご尊顔がドロドロだ。


「ぷっ、くくくっ! あははははははは! 美形台無しっ、ぶふっ!」


 余りのギャップに堪えきれず笑い出すと顔面に泥玉が飛んできた。


「ふはははは! 良く似合うぞリシャーナ!」


 こちらを指差して爆笑するルーベンス殿下。 このやろうもういい! あんなやつ呼び捨てで十分だ。


「うちの教育方針をご存じかしら?」


「あん?」


 どんな相手でもやるからには全力で迎え撃つ!


「ルーベンス覚悟!ちっちゃな勇者よ!力をあわせて魔王ルーベンスをやっつけろ!」


「「「おー!」」」


「はぁ!? おまっ! それはズルいだろうが!」


 掛け声をかけると、ちびっこたちが一斉にルーベンスへと泥玉を投げ付けた。


「一体何をやってるんですか……」


 背後から声を掛けられて振り向くと呆れた様子で買い物から帰ってきたカイザール様ご一行がたっていた。


「ルーベンスがちびっこたちに遊んでもらってた」


 経緯はどうであれ、その説明がしっくり来る気がする。 良くみれば一行の後ろからクリスティーナ様が歩いてきていた。


 どうやら始めに買った野菜も取りに行ってきたらしい。


「きゃー、リシャーナ様のお顔がぁ~!」 


 私の泥パック中の顔を見るなり絶叫したクリスティーナ様が懐から取り出したハンカチで丁寧に丁寧に泥を拭かれた。


 借りてきて貰った修道服に着替えては少し小さかったため、むっちりとからだの線が良く見える着方になりルーベンスの馬鹿に笑われた。


「さて、ルーベンス殿下は何を御召しになりますか?」


 子供達にと同様に全身泥だらけになったルーベンスはと言うと、シスターが引っ張り出してきた司祭服を着こなしている。


「いやぁ、ルーベンス様は何を着てもお似合いになりますね」


 とシスターが言っていた。これだから美形は嫌なんだ! 何を着ても様になるとか嫌味か。


「ご挨拶が遅れました、私はリシャーナと言います。 よろしくお願いいたしますねシスター」


 色々とありすぎてすっかり挨拶が遅れてしまった。


「うふふ、ようこそリシャーナ様、わたしはシスター・ミーアと申します」


 こうして私達の下町暮らしはシスター・ミーアと子供達という強い味方を得て幕を開けた。

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