『原作小説』美形王子が苦手な破天荒モブ令嬢は自分らしく生きていきたい!

紅葉ももな(くれはももな)

32『広場どこにいったの!?』

 大通りに溢れる人波を乗り越えて、進んだ先にあったのは森でした。 ちゃんちゃん。


 いやいや、待て待て。 グラスト閣下は確かに城下町の中央には噴水が設置された広場があるって言ってたよ?


 森だなんて聞いてない!


「う~ん、こまったなぁ。 もう、みんな迷子になるなんて」


 引き返そうかと思ったその時森の中から聞こえてきた悲鳴に不審を抱き、私の胴回りより太い木に隠れるようにして音の正体を確認する為に眼を細めた。


「家賃が払えないならさっさと出ていって貰いましょうか」


「も、申し訳ありません。 もうすこしだけ待って頂けませんか? げほっ、直ぐにお支払致しますので。 ゴホッ、もう少しだけ、お願いです」


「シスター、大丈夫?」


「えぇ、大丈夫ですから皆は奥へ居てね。 ゴホッ!」


 森の奥には屏や壁が崩れかかり今にも倒れそうな古びた教会があった。


 咳き込みながらも懸命に良い募る声の主はつぎはぎがされた修道服の老齢の女性と建物の外で大振りな鎚を持った屈強な男が二人とそれを従えた壮年の男性だった。


 病的にすら見えるほどに白い肌をしており、頬はくぼみ瞳の大きさが異様に強調されていてなんとも悪寒が走る容姿をしていた。


 鋭い眼光はまるで全てを喰らい尽くさんとする蛇のように弱々しいシスターと呼ばれた老齢の女性を嘲笑っている。


「困りましたね。 先月分の支払いも終わっておりません、その上さらに支払いを待てと言うのであればこちらにも考えがありましてね」


「考え、ですか?」


「えぇ、お前達!」


「へい!」


 蛇のような男……以後蛇男で呼ぼう。 は筋肉達磨な男達……筋肉マンでいっか、に指示を出すと肉男がいきなり持っていた大鎚を塀に向かって振り上げた。


 ガガン! っと大きな音をたてて石を積んだだけの塀がガラガラと崩れた。


「「「きゃー! 助けて!」」」


 シスターの後ろに隠れていた子供達が一斉に悲鳴を上げて泣き叫ぶ。


「お止めください!」


「やめろー!」


 子供達を庇うように抱き込んだシスターの脇をすり抜けて一人の
少年が男に向かって走り出した。


「アロ、止めなさい!」


「うぉぉぉぉ!」


 蹴りだした足は蛇男に届くことなく筋肉マンに捕まれて持ち上げられたために地面に頭を向けた状態で空中に持ち上げるとそのまま森の私の隠れている木へと投げつけた。


 勢い良く幹に衝突した少年に駆け寄るとぐったりと力なく横たわっている。


「ちょっと! 大丈夫!?」


 確認した限りでは出血は無いようだが、頭や打ち所が悪ければ命に関わる。


 直ぐに医者に見せた方が良いけれど、この状況じゃそれも叶わない。


「そこまでよ。 直ぐに破壊を止めなさい!」


「あぁん? 嬢ちゃんはすっこんでな。 怪我したくなかったらなぁ?」


 少年をその場な横たえてつかつかと歩みより、老女と蛇男の間に立った。


「シスター、申し訳ありませんがお話は聞かせていただきました。 未払いの家賃ですがおいくらですか?」


「えっ、あの。 銀貨四十枚です……」


 懐から大銀貨を取り出して蛇男に投げつけた。


「大銀貨ですわ。 お釣りは利子に取っておきなさい! これ以後この教会には手出しはしないで」


「うぉ! 本当に大銀貨だぜ!」


 騒ぎ出す筋肉マン達から大銀貨を受けとると蛇男は大銀貨を太陽に翳したり、かじったりしていたが、本物だとわかるやいなやニタリと気持ち悪い笑みを浮かべた。


「随分と気前が良いねぇ。 お姉ちゃん、有り金全部おいてけや」


「はぁ!?」


「捕まえろ!」


「へい! さぁ、嬢ちゃん。 おじさん達と遊ぼうかぁ?」


「ちと太すぎるし胸は小さいが、おじさんが揉んで大きくしてやろうなぁ。 げへへっ」


「いやー!」


 鎚を肩口から後ろへ放り投げ両手をワキワキと握ったり開いたりしながら迫ってくる筋肉マンコンビから逃れるために街へ向かって走り出した。
 
 木と木の隙間を縫うようにして走り抜け、足元の草に躓きそうになりながら街の中を疾走する。


 人波をすり抜けて進む私とは対称的に、後ろから迫る男達は通行人を払い除けながら進んでいるせいか、何人かの人が倒れたりよろけたりしているのが見えた。


 滅茶苦茶に走り抜けると、途端に腕を掴まれ路地裏へ引っ張り込まれた。


「ぎゃ!」


「しっ、暴れるな、静かに!」


 反射的に手足をばたつかせながら叫びかけた私の口を誰かの手が覆う。


 聞き覚えのある声に視線だけを上げて確認すると、ルーベンス殿下が整った顔の眉間に皺を寄せて鋭い視線を大通りへと向けている。


「くそっ、どこに逃げやがったあのデブ! まだ近くに居る筈だ、別れて捜すぞ!」


 デブじゃないっポッチャリだい! 筋肉マンが走り去るのを確認して、安堵の息を吐くと口許を覆っていた手が外れた。


「本当に一体何をしてんだよ。 いつも誰かに追われてるな」


「煩いわね、好きで逃げてる訳じゃないわよ!」


 噴水がないからいけないのだ!


「とりあえず、あいつらと合流するぞ。クリスティーナがお前を捜しにいくと聞かなくてな。 仕方無く俺とカイザール殿で捜してたんだよっと。 よし、出るぞ」


 大通りに筋肉マンが居ないのを確認するとルーベンス殿下が手招いた。


 うむ、確かに居ない。


 大通りを歩き出すと、いきなり後ろ襟を掴まれたせいで首が絞まった。


「一体今度はどこに行く気だ? 噴水は反対側だ」
 
「わかってるわよ。冗談よ! じょ・う・だ・ん! ところで凄く気になっていたんだけど、それなに?」


 朝にはなかったはずの黒い玉が連なった長い首飾りが気になって指差すとよくぞ聞いてくれましたとばかりに手のひらに乗せてこちらへと見せてきた。 


「これか、これはな『幸福の宝珠の首飾り』と言うそうだ。 玉一つ一つに魔除けの紋章が彫り込まれた逸品で、身に付けるだけで災厄を払い幸福が訪れる素晴らしい品なのだ!」


 なにそのいかにもな謳い文句、どう考えても怪しすぎるでしょ。


 そんな黒い玉で身を護れるなら護衛も騎士も要らんわ。


 噴水へ向かう足は止めずに興奮ぎみに詰め寄りながら見せてくるその数珠擬きは艶やかな黒色をしており、赤で謎の模様が入っていて正直気持ち悪い。


 手を伸ばすなり避けられてしまった。


 なんでも、正統な持ち主以外が触ると御利益が消えてしまうそうだ。 なんじゃそりゃ。


「それで? そのスッバラシイお品はいったいいくらだったのですか?」
 
「ふふふん。 聞いて驚くな? 本来なら金貨一枚のところをあまりにこの宝珠と相性が良いからと、銀貨二十枚でしかもマリアンヌのために、おまけに揃いのブレスレットまでつけてもらったぞ!」


「こんの! バカタレぇぇぇぇえ!!」


 城勤めの門番ですら月に銀貨十二枚、一般的な平民なら八枚も稼げれば良い方だ。


 それを二十枚ですって!


「はぁ、わかりました。 大事になさいませ。 その分はきっちり働いて返済していただきますわ」


 暫く大通りを北上、えっ、南下? あれ南ってこっちだっけ? まぁ良いや、進むと遠目に私の身長よりも高い噴水が見えてきた。


「見付けたぞ!」


 大通りに面した裏路地から筋肉マンがこちらに向かって走り出した。


「ぎゃー、でたぁ!」



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