『原作小説』美形王子が苦手な破天荒モブ令嬢は自分らしく生きていきたい!

紅葉ももな(くれはももな)

19『我が家の次男様』

「ソレイユ兄様御元気そうで良かったです」


「ふふふっ私もリシャーナが元気そうで安心したよ。 またあのろくでもない駄犬に巻き込まれたんだって? ちっ、可愛いリシャーナを巻き込みやがって」 


 私に抱きついたまま頬擦りする兄様に父様が苦笑する。


「ソレイユ、お前は相変わらずリシャーナにベッタリだなぁ。 ほら離れなさい」


「嫌ですよ、本当は学院なんかに行かせたくなかったのに、貴族の義務付けのせいで俺の癒しを取り上げられたんですよ!? 目の前に生のリシャーナがいるのにお預けなんて断固お断りします!」


 このスキンシップ過多な美形殿はダスティア公爵家の次男坊です。


 二十五歳にして国王陛下の近衛騎士を勤めるソレイユ兄様は、若く優秀で公爵次男坊と言う超優良物件。


 しかも美丈夫なので妙齢の令嬢がこぞって公爵家に見合いの肖像画と婚約の打診を持ってくるんですが、兄弟の中で一番歳の近い十歳年の離れた兄様は、容姿の良さと人格の素晴らしさが反比例している例に漏れず、残念なことに極度のシスコンだったりするんです。


 なんでも私を産んだ直後から衰弱していったお母様に私を護ると約束したらしいんですがこれが見事なシスコンに成長しました。


 この世界、イケメンイコール残念男子の暗黙の了解でもあるんでしょうか?


「はぁー、癒されるぅ。 はいプレゼント」


 今日も私を羽交い締めにしながら、ごそごそと騎士服のポケットから愛らしい包み紙を私の両手にくれました。


 小さい頃から珍しいお菓子や新しくお菓子屋さんが開店したりすると、かならずソレイユ兄様がお土産やプレゼントだと言って私のところへ貢いでくれましたけど、今思えば御令嬢方の兄様への貢ぎ物もあったのではないかと思います。


 はっ! このポッチャリの一端は兄様のお菓子が原因!?


 まぁ、お菓子には罪はないし、甘いものに自制が効かない自分が一番悪いんですがね。


「これね、この間陛下の視察で同行した港町で売ってたんだ。 はいあーん」


「あーん」


「美味しい?」


 お菓子で塞がった私の手からひとつを取り上げてぺりぺりと包み紙を素早く外すとつい反射的に開けてしまった口の中には放り込んだ。


 甘酸っぱいイチゴをこの国では高級品である砂糖で煮込み固めた飴ちゃん。


「はぅぅぅ、おいひいれすぅ」


 高級品であるからこそついつい食べちゃう甘味が恨めしい。


「良かった。こっちも美味しいんだよ?あーん」


「あーん」


 ひょいっと放り込まれた焼き菓子は乾燥させた果物を練り込んでありジーンと痺れが走るくらいに芳醇で癖になりそう。


「リシャーナは可愛いなぁ。食べちゃいたいくらいだ」


 蕩けるような台詞を吐くとチュッとつむじに口付けられた。


 兄様に食べられたら洒落にならん、禁断の恋も美形もお断りです。


「兄弟の仲が良いのはいいが、不安が過るのはなぜだろうな」


「父様、ソレイユ兄様を止めてください。 なんだか年々悪化している気がします……」


「兄が妹に愛を囁いて何が悪い!」


「「悪いわぁ!」」


 全く悪びれる様子のないソレイユ兄様に親子でついつい声が揃ってしまう。


「はぁ、ソレイユ。 リシャーナを学院まで送ってくれ、私はまだ仕事が山積しているからな」


 眉間を揉みながら溜め息を吐いた父様がこれから処理しなければならないだろう雑務の多さに内心声援を送りたい。


「はっ! 近衛隊士ソレイユ、今より宰相閣下の命によりリシャーナ・ダスティア公爵令嬢の護衛を勤めさせて戴きます!」


「……頼む」


「御意! さぁ行こうかリシャーナ?」


 ビシッと騎士の礼で宣言すると自然な動きで私の手を取り、腰に手を回すと当然とでも言うように先を促しエスコートしはじめた。


「ソレイユにルーベンス殿下にフォルファー殿、カイザー殿下、何だってうちの国の次代は揃いも揃ってこう厄介なんだ……」


 とりあえず自分の息子に関してはリシャーナが関わらない限りは優秀だと評価を得ているし、只でさえ使える人材が少ない割りに頑固な老害は多いのだ。


 下手にリシャーナを取り上げてソレイユまで臍を曲げられては敵わない。


「うん、今は放って置くか」


 今はこれ以上厄介事はごめんだ。






 ***


「とっ言うわけでドラクロアに行くことになりました」


 学院への馬車に揺られながら、目の前に座るソレイユ兄様の綺麗な顔をながめながらこれ迄の粗筋を抜粋して話しました。


 最初こそニコニコと話を聞いておられたんですが、陛下からドラクロア同行を命ぜられた話をしたところ見る間に真っ青に青ざめたかと思うと右手で額を抑え、続いてフォルファー殿に湯タンポ扱いされたことを話したら震えだした。


 こわっ! 兄様こわい!


「フォルファーねぇ……へぇ、リシャーナに目をつけるなんて女の趣味は誉めてやろう。 だがリシャーナを口説くなんざ百年早い! 可愛がってやる!」


 兄様ご乱心!?


 にっこり微笑み距離を詰めるなり宣った。


「ドラクロアなんて行くことはない!このまま何処か遠くへ二人で逃げようリシャーー」


「させるかぁ!」


「にゃ!?」


 言い終わらないうちに妹バカの頭上に手刀を落とす。


「いでっ! くっ、さすがわが姫。 容赦がない……」


 本当にやりかねないからこの兄は油断ならないんだ。


「とにかく、兄様はきちんとお仕事を全うして下さい! 兄様は私の自慢の兄様なんですから!」


 くそぅ、恥ずかしい! なにが哀しくて実の兄にこんな恥ずかしいこと言わなきゃなんないんだバカァ!


「くぅ、可愛いなぁ。 そこまで言われたらサボれないじゃないか」


「そっ、そうですよ! お仕事してる兄様は格好いいんですから!」


「私のこと好き?」


 ぎゃい、無駄に色気を振り撒くなぁ!


「すっ、好きですよ」


 兄として。


「愛してる?」


「調子にのるな」


 妹に何を言わせるつもりですかあんたは。


「残念、時間切れだ」


 兄様の言葉に目を向けると学院の馬車つき場に着いたらしく、ゆっくりと停車した。


 そう言って先に馬車を降りると、私のために手を貸してくれた。こう言うことを平気でできちゃうからモテるんだろうけど。


「私は一緒にいけないけれど、何かあればどこへでも駆け付けるから」


 そう言うとぎゅっと力強く抱き締められた。


 兄から仄かに薫るコロンと微かな汗の匂い、小さい頃から一番身近で落ち着く大好きな香り。


「大丈夫だよ? 私は兄様の妹でしょ?」


「あぁ」


「今日は送ってくれてありがとう、行ってきまぁす!」


 ふと弛んだ腕から脱け出すと、兄様を置き去りにして寮の自室へと急いだ。





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