『原作小説』美形王子が苦手な破天荒モブ令嬢は自分らしく生きていきたい!

紅葉ももな(くれはももな)

7『ダスティア公爵家の似たもの親子』カイザー視点

 俺、カイザーはローズウェル王国に第二王子なんて大層な肩書きを貰って生を受けた。


 国王陛下から気紛れに手を出された侍女が俺の母だ。


 正直母の顔なんて覚えてない。


 侍女の肖像画なんて描かせる訳ないし、俺を産んで直ぐに死んでしまったらしい。


 表向き産後の肥立ちが悪かったと言うことになっているが、真実なんてなんでも良い。


 母の親類は軒並み没落していて誰も庇護者なんていなかった。


 そんなんでも国王陛下の血を引いているために必要最低限の世話係はついてはいたが、あまり長い期間俺の世話をするものはいない。


 忽然と姿を消すことも多かった。


 幼いながらに自分が王妃に嫌悪されていることは知っていたし、極力目につかないように生活していた。


 ある日王妃が産んだ一歳下の王子に婚約者候補が会いに来ると言う。


 同じ城に住んでいてもほとんど会ったこともない弟だし、別段会いたいとも思わない。


 しかし婚約者候補だと言う娘はロベルト宰相の末娘だと言う。


 この城の中で珍しくなにかと俺を気にかけてくれる人物がダスティア公爵のロベルト宰相だった。


 三食の質素な食事も寝床も与えられているため、特に不自由を感じたことはないが、王妃の目に触れぬように行動を制限していれば嫌気もさす。


 そんななか愚痴を聞けと言ってなにかと俺の部屋にやって来る宰相の話は、次第に娯楽の少ない俺の楽しみになっていった。


 取り留め無い話やこの国の状況、勉学でわからない所なども面倒がらずに教えてくれた。


 宰相の仕事の傍ら、自分の休憩に付き合えと強引に部屋にやって来ては、一度では到底食べきれない量の菓子をもってくる。


 その菓子は城下で流行り出したという物から、愛娘の手作りだと言う口にするのに勇気がいる物もあった。


 歪なクッキーは場所によって焼きムラが激しく、口に入れた瞬間、苦さと甘さが襲ってきた。


「うっ!」


「どうだ? 旨いだろう」


「ソウデスネ」


 決して不味いとは言うまい、まだ命は惜しい。


 壊滅的なクッキーを造った人物に興味を惹かれて、ロベルト宰相になんとなく聞いてみたこともあったが、その後直ぐに後悔した。


「うちのリシャーナはな、すっごく可愛いんだ。 可愛いだけでなく妻に似て賢くてな、キラキラと光を宿した瞳は吸い込まれて仕舞いそうなエメラルドなんだ、きっと娘の瞳より綺麗な宝石はないよ。 うん」


 その後続いたうちの娘自慢は魂を抜かれるほどに長かった。


 壊滅的クッキー以外の菓子の大半は日持ちがする物だと気が付いてからは、残しておき、後で楽しむ事を学んだ。


 王から命をうけた教師から色んな事を学んだし、特に身を守る術は必死に学んだ。


 剣を主体に、暗殺にも対応出来るように体術も常に不意討ちでロベルトにしかけられていたため、襲ってきた賊を反射的に投げられたのはロベルトのお陰としか言いようがなかった。


 そんな中ロベルト宰相の自慢の箱入り娘が城に来るなら、是非とも遠目に見てみたいと思う。


 あのロベルトを骨抜きにしている娘、当然だろう。


 どうやら顔合わせは王宮内の庭園でお茶会として行われるらしい。


 室内とは違い外なら覗ける死角が意外と多いが、声が届く範囲には見張りの近衛が立っているため近づけない。


 四阿が見える草むらに伏せて様子を伺うと、庭園の入り口からロベルトが現れた。


 いつもの仕事着ではなく、紺色のスーツを身に付けたロベルトの側には緑色のドレスに身を包んだ少女がいる。


 ふっくらした丸みのある身体、くるりと二つの円形にまとめられた髪はロベルト譲りの金茶色でフワフワとして柔らかそうだった。


 これがロベルトの愛娘リシャーナ嬢。 ロベルトの可愛い発言に無意識に期待していたのだろう。


 しかし実際の少女はいたって普通の容姿をしていた。


 可もなく不可もない。


 城内で美形を見慣れてしまっている俺にはとても新鮮な顔だった。


 リシャーナ嬢がドレスの裾を摘まんで、国王陛下に頭を下げた次の瞬間、目に飛び込んできた光景に息を呑んだ。


 リシャーナ嬢の蹴りがルーベンスの腹部に決まると、耐えきれずにその場に崩れ落ちた。


「プッ! くっ、くっ、くっあれは痛いぞー。 さすがロベルト殿の娘、王子殿下は何を言ったんだろう」


 目の前に座り込んだルーベンスに目もくれずリシャーナ嬢は国王陛下に頭を下げていた。


 まずい、本当に吹き出して笑いだしそうだ。 両手で口許を押さえつけて、安全地帯の部屋の鍵をかけた。


「あははははっ! ぷっくくく、あはははは!」


 こんなに笑ったのは一体いつぶりだろう。 あの娘やりやがった!


 呼吸困難になりかけるほどひとしきり笑い転げると、先程の娘……ダスティア公爵のリシャーナ嬢を思い浮かべる。


 あれは、あの娘は面白い!


 それから数日後、とたんに教師が厳しくなった。


 厳しくなった所でやることは前と対してかわらない。


 しかしそれから二年後、突然招かれざる客が夜中に訪ねてくることが増えた。


 寝ている間に、風呂の合間に、食事の中に毒薬を仕込む徹底ぶり。


 前者二つはきちんと撃退させてもらったし、後者はなぜか効かなかった。


 多少舌先が痺れたがそれだけだったのだ。


 どうやら知らず知らずのうちに毒物にならされていたようだ。


 たまに宰相が持ってくる菓子を食べ過ぎると同じ様な目にあったことがあるから犯人はあの男だろう。


 増える一方な刺客に見かねたロベルト宰相と、やっと状況に気が付いた国王陛下の計らいで、しばらく伯爵家の子供として隠される事になった。


 隠してないか、普通に出歩けたし。


 現在俺はカイザール・クラリアス伯爵子息として王立学院へと通っている。


 伯爵子息として何度かリシャーナ嬢と会話する機会もあったが。


 王立学院に入学してきたリシャーナ嬢は王子を蹴り飛ばした令嬢とは信じられないほど地味になっていた。


 一つ隣の長机で食事をしていても俺に気付かない第三王子もどうかと思うが、リシャーナ嬢のそれは変装と言うよりも素晴らしい変態ぶりだ。


 おたまじゃくしから蛙へ、もしくは芋虫からカブトムシへ。


  それほどの変態ぶり。


 美しい長い髪を三つ編みにして顔の両側から垂らしている。


 すっかり地味女と化した彼女は俺の事をすっかり伯爵子息だと思っているようだ。


 今日とていつもの日課なのだろう外で読書をしていた彼女を見つけ、歩み寄ろうとした時騒ぎが起きた。


 ざわめきの中心には第三王子とバカ貴族のボンボン息子達。 それと尻軽女。


 よく見れば、彼らの足元に一人の女生徒が地面に座り込んでいた。


「ちっ、なにやってんだあのバカ」


 良く、よーく確認してみれば女生徒は第三王子の婚約者のクリスティーナ嬢だとわかった。


 第三王子を半ば強引に押し付けられた生け贄殿を助けたいが、相手はバカ王子、隠れている身としては目立つことは避けなければいけない、くっ、ふがいない。


「ルーベンス殿下、お待ちください」


 それまで事の成り行きを見守っていた人々の視線が一ヶ所に集まっていた。


 体調が悪いのか顔色も優れない。


 人波を掻き分けてルーベンスのそばまで進み、あっと言う間にクリスティーナ嬢を回収してしまった。


「ヒュー、さすがロベルトの娘」


 口笛を吹きながら手際の良さに改めて鷹の子は地味でも冴えなくても鷹なのだと再認識した。


 一晩明けた翌日は王子もリシャーナ、クリスティーナ両令嬢共に学院へ現れることはなかったが、学院内は昨日の話で盛り上がっていた。


 それはそうだろう。 入学以来存在感を感じさせなかったリシャーナ嬢が動いたのだ。


 しかも陛下の勅命で動いているらしい。 それが事実なら我が物顔で学院内を牛耳って好き勝手してきた獣の首根っこを掴んだような物。


 更に一晩今後のリシャーナ嬢の行動に思いを馳せて、登校した際に件の令嬢コンビを見付けた。


「リシャーナ様、おはようございます」



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