私のわがままな自己主張 (改訂版)

とみQ

「ではそろそろ帰ろうか」


「あ、うん。そうだね。君島くんも家族とお祝いするよね?」


 立ち上がりそろそろ帰路につこうかと提案する私の言葉に高野はほんの少し勘違いしたようだった。


「いや、別に。私は現在母親と二人暮らし。仕事でいつも帰りは遅いのだ。まあそもそも早く帰宅したからといって久しく誕生日など祝った記憶は無いのだ」


「え? そうなの?」


 心底意外そうに目を白黒させる高野。確かに以前高野の家に行った際、彼女の母親と少しだが接する機会があった。
 優しそうで、笑顔が明るくて素敵な母親だと思った。きっと高野は両親から愛されて、大事にされて育ったのだろうと。そんな家族全員が笑顔で笑い合うような光景が目に浮かぶようであった。
 だから高野のその反応も容易に頷けてしまうのだ。


「そんな事より私としては高野をこんな夜遅くまで連れ回してしまっている事に罪悪感を感じてしまうのだ。先程お母さんから電話だったのだろう?」


「あ、うん。まあ……そうだよね」


 辺りは暗く、時計を見やると夜の八時になろうかという所であった。高校生がこんな時間に男女二人きりで出歩いているというのは親からすればあまり関心出来たものでは無いだろう。
 連絡をしているとはいえ、私も若干の焦燥を感じずにはいられなかったのだ。
 二人はやがてどちらともなく公園の入り口の方へと歩いていき、この場所を後にした。
 ここを出て行く際、何となく郷愁にも似た既視感が胸をとくんと擽ったが、私は気にせず高野の横を歩いていく。


「あ、もうここでいいよ? だってここからは家、逆だし」


 少し行った先、いつもの帰路の途中の道まで出てきた頃、高野がそんな事を言った。


「いや、ある程度家の近くまで送らせてくれ。もう暗いし高野の家の周辺は人気もあまり無かったからな」


 気を使ってくれているのだろうが流石にここで別れるのは男としてどうかと思うのだ。喩え高野から誘って来たのだとしても、受けた以上最後まできちんとしたかった。それにまだ私は……いや、それはいい。
 

「……じゃあ、そうします」


「うむ」


 素直に私の言葉に従う高野。ほんの少し嬉しそうに見えるのは私の自惚れだろうか。
 二人は再び並んで夜道の歩道を歩く。ここはそれなりにまだ車の通りも多い。時折自転車やバイクも私達の脇をすり抜けていく。左側の道を彼女の右側を位置取りとぼとぼと緩やかなスピードで歩いていた。
 この道は先程の公園に比べると周りが街灯などで明るく、見上げても星は殆どその瞬きを失ってしまったようだ。
 

「あの……さ」


「??」


 徐に横を歩く高野が切り出してきた。


「さっきの話……なんだけど」


「さっきの話?」


 私は今一得心が行かずそのまま聞き返す。


「あの、家族と誕生日のお祝いしないって話」


「あ、ああ」


 その話かと思った。別に私にとっては楽しくもない話だ。高野は何故またそんな話をぶり返すのか。


「きっとほんとは君島くんのことお祝いしたいんだと思うよ? だってさ。自分の子供のことを考えない親なんていないんだと思うし」


「……」


 私は彼女の言葉を黙して聞いていた。聞きながら、高野はやはり親から愛されているのだななどとそんなまるで他人事のような感想を胸に抱いていた。
 それと同時にそんな高野の事が羨ましく思えたのかもしれない。胸が苦しくて、だが彼女が私の事を想って言ってくれている言葉なのだと思うと結果的に何も言えなくなってしまったのだ。


「君島くん?」


 私の顔を覗き込む高野。暗がりの中で下から私の顔を覗き込むものだからどうしてもいつもより若干距離が近くなってしまう。それも歩きながらなものだから動いている拍子に二人の互いの顔の距離は不意に息が掛かりそうな程に接近する。
 私は気づけば彼女の肩を掴んで引き寄せていた。
 びくんと肩を震わせるが別段抵抗はしない。彼女の柔らかさと温もりと、はっと息を飲む音が耳朶を擽り私の胸は高鳴った。


「高野、今日は本当にありがとう。またな」


 そうとだけ耳元で告げて踵を返す。もう彼女の家は近い。ここでお別れだ。そのまま振り返らず家路に着く。


「あのっ! 君島くん!」


 そんな私を呼び止める高野。私は足を止めて立ち止まる。


「……また、花火大会でね」


 そう言う高野の方はもう振り返る事はしなかった。
 代わりに左手を上げて左右に二回ずつだけ振っておいた。

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