私のわがままな自己主張 (改訂版)

とみQ

 すっかり夜の帳が下りて、星が瞬き始めたアスファルトの道。私達二人はその道の脇を並んで歩く。建物が建ち並び見通しは悪いものの、静かで虫の声が心地好く耳朶に響いていた。
 特にいつもの帰り道のように会話するでも無く、時折星空を眺めたりしながら二人は今という時間を費やしていく。
 ふと今日は高野とは殆ど会話をしていないなと思った。その反面ここ最近の中では最も長く二人きりの時間を過ごしている。
 かといって居心地が悪いという訳では無い。先程の最寄り駅までの道のりならそうだったかもしれない。
 だが今はお互いこの時間を安心しきった心持ちで過ごしているように思えた。
 私にとっても今日は特別な時間、特別な日のように感じられる。
 誕生日に友人である女の子がお祝いにプレゼントをくれるなど、まるで想像もしていなかったのだ。
 私はその事実に今、単純に凄く喜んで高揚しているのだと思う。
 このまま家に帰った所でまだ母親は家に帰ってはいないだろう。広い部屋に一人きり。冷蔵庫の冷たい食べ物を温め、細々と食事を取る。誕生日などまるで忘れ、いつも通りの帰宅後の流れを経て眠りについたことだろう。
 そんな寂しいとも取れる一連の毎日の流れを彼女は恐らく、ほんの少し勇気を振り絞り変化させてくれたのだ。


「あ……、ここ……だよ?」


 ふと足を止めてこちらを見る高野。
 目の前に広がっているのは少し寂れた公園だ。
 こんな所に公園がある事など知らなかった。駅からまだ五分と歩いてはいないと思うのに。
 駅前は飽きる程何度も行き来しているが、路地を一本入っただけでこんなにも景色は変わるのだ。少し狭いが遊具が二、三個置いてあるそこは確かに公園と呼べる場所であったのだ。


「ちょっと入らない?」


 言われるままに高野についていく。彼女に続いて私はその地に足を踏み入れる。砂場と滑り台を通り過ぎ、高野は二つ並んだブランコの片方に腰を下ろした。スカートがはらりと揺れて振り子運動に従って小さく前後する。
 私もただ眺めているだけというのも憚られたので隣のブランコに座り同じようにブランコに揺られてみた。
 子供の時以来だ。思った以上に大きな浮遊感に包まれ上を向く。
 そんなに沢山見える訳では無いが薄く輝く星空を見上げながらブランコに揺られていると、まるで別世界に来たような心持ちになるものだ。
 子供が夢中になってブランコを取り合うのも今となって改めて分かるような気がした。
 湿り気を帯びた風が吹き、汗ばんだ肌を撫でていく。気持ちいいとまではいかないまでも心は穏やかでほんの少し涼しいと思った。


「ここは……よく来るのか?」


 何の気は無しに聞いてみた。そこまで気になった訳では無いが。何となく高野にとってここは思い入れのある場所のように思えたのだ。


「え? ……ううん。そんなに。君島くんは?」


「ん? ……初めてではないか」


「初めて?」


 ブランコを漕いでいた高野は私の返答に動きを止め不思議そうにこちらを見た。


「……ああ。初めてだ」 


 じっと見つめられてややどきりとしてしまう。夜なので表情が薄暗く、互いの顔が見えにくくなっているのが幸いした。


「……そっか。うん、そうだよね」


 それだけ告げて再びブランコを漕ぎ始める高野。上を向く高野は星明かりに照らされて青白く光り、幻想的に見えた。瞳が揺らめいて一瞬吸い込まれそうになる。


「あ、そうだ。プレゼント、開けてもいいだろうか?」


「あ、うん。もちろんだよ」


 私はブランコを止めて一度鞄の中にしまっていた紙包みを取り出す。


「可愛らしいな」


「えっ!?」


「あ、いや、紙包みが……」


「あっ……」


 女の子らしいリボンの施されたその紙包みを改めて見て単純に可愛らしいと思った。それを呟いたら少し勘違いされてしまったようだ。私は慌てて取り繕うように言葉を添える。少し俯いた高野を見て取り繕わなければ良かったと思った。だがそれはそれでどうなのだろうとも思う。どちらにしろ私は墓穴を掘ってしまったようだ。
 私は何も言わず丁寧に紙包みを開けていく。
 やがて中から箱が出て来てそれを開けるとボールペンが出てきた。黒を貴重としたシックなボールペンだ。少し持ってみるといいものだからなのかしっくりと手に馴染んだ。


「ありがとう高野。大切にする」


「あ、うん。どういたしまして」


 少し照れたように笑う高野。彼女のその柔らかな笑顔を見て私は胸の奥がチクリとしこりのように蠢くのだ。そんな感情を押し殺すように私も精一杯笑っているのだろうか。 

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