私のわがままな自己主張 (改訂版)
 二人はやがて魚住駅の改札を通り過ぎ、いつもの別れの場所までやってきた。
「それでは高野、また……な」 
 結局私は心の中にもやもやとした気持ちを抱えながら、何も言えずに別れを告げようとする。
 何も言えず逃げるようにその場から立ち去ろうとしたのだ。
 そんな自分に別にいいではないかと。どうせ明日から夏休みが始まるのだからと言い聞かす。
 二人きりでの下校など、二学期以降私達の関係性が変化してしまえばどうなるか分からないのだ。
 今ここで高野にとやかく言ったりするよりは、このまま自然と別れてしまった方がいいに決まっているのだ。
 多少もやもやしてはいても、そんな胸の陰鬱とした気持ちなど、きっと時間が解決してくれる。
 私は最早返事すらして来ない高野を置き去りにし、踵を返し家への帰路へとついていく。
「あ、あのっ! 君島くん!」
 立ち去ろうとした私の背中に、突然高野が声を掛けた。
 このタイミングで何故とも思ったが、ここで彼女の呼び掛けを等閑にする訳にはいかない。
 私は立ち止まり短く深呼吸。至って平然と振り向いた。
「ん? どうしたのだ? 高野」
 彼女は顔を上げ、瞳を揺らし、こちらを見ていた。それによりようやく目が合う。
 面と向かい合ったのだから別段特筆すべき程の事では無くごく当たり前の事ではある。
 だが如何せんここまでの下校中、一切ちらとも視線が合わなかった。だから私の心持ちとしてはその場所へ、満を持して、到達した。辿り着いた。などとおおよそにして大仰な形容を取らざるを得なくなってしまぅていたのだ。
 それにやっとまともに口を利いてくれた気がして。
 私はたったそれだけの事で天にも昇るような心持ちで、胸が先程までの静観と、陰鬱とした様相とは打って変わり、小躍りしてしまいそうな程にドクドクと脈打つのを感じてしまっていた。
 更に高野の頬は何故か赤く上気し、この後一体何を言われるのかと、淡い期待にも似た軽々しく調子の良すぎる感情が胸を駆け巡った。
 自分でも馬鹿らしいと思う。だがこんな些細な事でこんなにも私はつい数秒前とは真逆の、心臓が高鳴って止まる所を知らない程の苦しさを味わっていたのだ。
「あのっ! これっ!」
 そう言いつつ私の目の前に一つの包み紙が差し出される。直径二十センチくらいのその箱状の物は、その周りに赤いリボンが巻かれており小綺麗な様相を呈していた。私はあれやこれやと思考しつつ固まった。
「これは……?」
 だが今一得心が行かず、あっさり回答を求め訊ねると、意外にもあっさりとした答えが帰って来たのだった。
「あのっ! 誕生日、おめでとうって……」
 高野の言葉に固まる身体と思考。
 彼女は今何と言ったのだろうか。差し出された包みと彼女の破れかぶれとも取れるそのあけすけな表情に私は更に思考を停止させられてしまう。
「………………は?」
「え!? 違った!?」
 私の返答にその瞳が不安に揺れる。
 誕生日、おめでとう。
 高野のその呟くような消え入るような言葉。それをもう一度心の中で反芻し、私はようやくその意味を理解した。
 そして今日何故高野がこんなにも口数が少なく、何を言っても上の空だったのかも。
「君島……くん?」
「あ、いや、違うのだ、あ、正確には違わないのだが。……あー、私は一体何を言っている?」
 未だ固まる私の顔を、伺うような視線で見つめる高野。その視線に気づくのが遅れ、高野の言葉に何一つ返せていない事にようやく気づき、慌てて言葉を取り繕おうとするがそれもうまく行かない。
 妙に鼓動が早鐘打って、脈打って。こんなにとくとくと心臓が脈打てば、寿命もそれなりに縮んでしまうのではないかと変な心配をしつつ。それでも自分なりに落ち着こうと深呼吸しようと試みるが、思考と行動が噛み合わず自分で何をやっているのかどうしたいのか。
 完全にテンパって何もかもがうまく行かなかった。
 きっと今、私は最高にカッコ悪い。
「君島くんっ……!? え? あの……泣いてるの?」
「……!?」
 気づけば高野の言葉通り、視界がぼやけ頬に温かな液体がするりと伝っていく感触がする。
 様々な感情の奔流に押し流されて、胸が熱くて。
 その情動の逃げ場がこの高校二年生の身体では支えきれなくなってしまったようだった。
 こんな姿見られたくないと。さっと両腕で顔を覆い隠す。
 出来る事なら直ぐに止まってほしかった。
 だがその事を考えれば考える程、私の涙は止めどなく湯水のように溢れてくるのだ。
 本当に私の涙すらも。こんなに取り返しのつかないくらい天の邪鬼なのだと今時分理解に至る。
「君島くん……」
 その時高野のその声が。先程まで数メートルの距離で聞こえていた彼女の声が。突然ほんの数センチの所から聞こえてぎょっとした。そして次の瞬間私の胸にとんと柔らかな感触が当たり、触れて、温もりが広がった。
 最初はその一点。だがやがてその温もりは私の身体全体を包み込み、まるで揺りかごの中で揺られているような心持ちとなった。
「大丈……夫?」
 くぐもったような声。背中に回された両腕。首筋に当たる彼女の艶やかな髪とその匂い。その全てが私を支えてくれた。
 私は暫くその優しさに包まれながら、静かに泣いたのだ。
「それでは高野、また……な」 
 結局私は心の中にもやもやとした気持ちを抱えながら、何も言えずに別れを告げようとする。
 何も言えず逃げるようにその場から立ち去ろうとしたのだ。
 そんな自分に別にいいではないかと。どうせ明日から夏休みが始まるのだからと言い聞かす。
 二人きりでの下校など、二学期以降私達の関係性が変化してしまえばどうなるか分からないのだ。
 今ここで高野にとやかく言ったりするよりは、このまま自然と別れてしまった方がいいに決まっているのだ。
 多少もやもやしてはいても、そんな胸の陰鬱とした気持ちなど、きっと時間が解決してくれる。
 私は最早返事すらして来ない高野を置き去りにし、踵を返し家への帰路へとついていく。
「あ、あのっ! 君島くん!」
 立ち去ろうとした私の背中に、突然高野が声を掛けた。
 このタイミングで何故とも思ったが、ここで彼女の呼び掛けを等閑にする訳にはいかない。
 私は立ち止まり短く深呼吸。至って平然と振り向いた。
「ん? どうしたのだ? 高野」
 彼女は顔を上げ、瞳を揺らし、こちらを見ていた。それによりようやく目が合う。
 面と向かい合ったのだから別段特筆すべき程の事では無くごく当たり前の事ではある。
 だが如何せんここまでの下校中、一切ちらとも視線が合わなかった。だから私の心持ちとしてはその場所へ、満を持して、到達した。辿り着いた。などとおおよそにして大仰な形容を取らざるを得なくなってしまぅていたのだ。
 それにやっとまともに口を利いてくれた気がして。
 私はたったそれだけの事で天にも昇るような心持ちで、胸が先程までの静観と、陰鬱とした様相とは打って変わり、小躍りしてしまいそうな程にドクドクと脈打つのを感じてしまっていた。
 更に高野の頬は何故か赤く上気し、この後一体何を言われるのかと、淡い期待にも似た軽々しく調子の良すぎる感情が胸を駆け巡った。
 自分でも馬鹿らしいと思う。だがこんな些細な事でこんなにも私はつい数秒前とは真逆の、心臓が高鳴って止まる所を知らない程の苦しさを味わっていたのだ。
「あのっ! これっ!」
 そう言いつつ私の目の前に一つの包み紙が差し出される。直径二十センチくらいのその箱状の物は、その周りに赤いリボンが巻かれており小綺麗な様相を呈していた。私はあれやこれやと思考しつつ固まった。
「これは……?」
 だが今一得心が行かず、あっさり回答を求め訊ねると、意外にもあっさりとした答えが帰って来たのだった。
「あのっ! 誕生日、おめでとうって……」
 高野の言葉に固まる身体と思考。
 彼女は今何と言ったのだろうか。差し出された包みと彼女の破れかぶれとも取れるそのあけすけな表情に私は更に思考を停止させられてしまう。
「………………は?」
「え!? 違った!?」
 私の返答にその瞳が不安に揺れる。
 誕生日、おめでとう。
 高野のその呟くような消え入るような言葉。それをもう一度心の中で反芻し、私はようやくその意味を理解した。
 そして今日何故高野がこんなにも口数が少なく、何を言っても上の空だったのかも。
「君島……くん?」
「あ、いや、違うのだ、あ、正確には違わないのだが。……あー、私は一体何を言っている?」
 未だ固まる私の顔を、伺うような視線で見つめる高野。その視線に気づくのが遅れ、高野の言葉に何一つ返せていない事にようやく気づき、慌てて言葉を取り繕おうとするがそれもうまく行かない。
 妙に鼓動が早鐘打って、脈打って。こんなにとくとくと心臓が脈打てば、寿命もそれなりに縮んでしまうのではないかと変な心配をしつつ。それでも自分なりに落ち着こうと深呼吸しようと試みるが、思考と行動が噛み合わず自分で何をやっているのかどうしたいのか。
 完全にテンパって何もかもがうまく行かなかった。
 きっと今、私は最高にカッコ悪い。
「君島くんっ……!? え? あの……泣いてるの?」
「……!?」
 気づけば高野の言葉通り、視界がぼやけ頬に温かな液体がするりと伝っていく感触がする。
 様々な感情の奔流に押し流されて、胸が熱くて。
 その情動の逃げ場がこの高校二年生の身体では支えきれなくなってしまったようだった。
 こんな姿見られたくないと。さっと両腕で顔を覆い隠す。
 出来る事なら直ぐに止まってほしかった。
 だがその事を考えれば考える程、私の涙は止めどなく湯水のように溢れてくるのだ。
 本当に私の涙すらも。こんなに取り返しのつかないくらい天の邪鬼なのだと今時分理解に至る。
「君島くん……」
 その時高野のその声が。先程まで数メートルの距離で聞こえていた彼女の声が。突然ほんの数センチの所から聞こえてぎょっとした。そして次の瞬間私の胸にとんと柔らかな感触が当たり、触れて、温もりが広がった。
 最初はその一点。だがやがてその温もりは私の身体全体を包み込み、まるで揺りかごの中で揺られているような心持ちとなった。
「大丈……夫?」
 くぐもったような声。背中に回された両腕。首筋に当たる彼女の艶やかな髪とその匂い。その全てが私を支えてくれた。
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