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私のわがままな自己主張 (改訂版)

とみQ

 ふと目を覚ますと夜中だった。
 時計の針は夜の一時を回った頃。どうやらそのまま眠ってしまっていたらしい。
 布団も被らず寝ていたものだから肌寒くなり、こんな時間に目を覚ましてしまったのだ。
 それに部屋の電気も付けっぱなしであった。これでは眠りが浅くなってしまっても仕方が無い。
 ふと電気を消そうと起き上がり、まだリビングの電気が付いている事に気付く。母親だ。
 そのまま構わず寝てしまえばいいのだが、生憎の肌寒さのせいでトイレに行きたくなってしまったのだ。
 仕方無く私はベッドから立ち上がりリビングへと続く扉を開けた。


「あら隼人、こんな時間に珍しいわね。勉強?」


「いや、ちょっとトイレにな」


「そう」


 それだけで母親は視線をテーブルへと戻し、何やら仕事の資料か何かに目をやっている。
 私の母親は中学校の教員をしている。科目は国語。女手一つで私をここまで育ててくれた事には感謝しているが何故か私はこの人が苦手だ。
 普段から人に心を開かない私だがその最たる相手が彼女だと思う。
 幼い頃はそんな事は無かったように記憶しているが、いつからか苦手意識を持つようになってしまった。
 理由ははっきりとは覚えていない。そもそも何かしらの切っ掛けがあったかのかすら今となっては定かでは無い。
 ただ物心ついた頃には母親と笑顔で会話する、などという事は一切しなくなっていたのである。
 今も会話が直ぐに切れた事に安堵している自分がいる。
 彼女の横をすり抜けて逃げ込むようにトイレに入った。
 彼女がリビングにいると思うだけで心持ちが落ち着かなくなってしまうのだ。
 それでも私は普段からきちんと学生の本分である勉学に励んでいるし、母親のいう事や頼まれ事などは当然の如くやるようにしている。
 そこに彼女何の不満も感じていない筈だ。
 私は得てして問題の無い良い子であると、そういった自負を持っている。
 トイレを済ませ、自室に戻ろうとすると母親が再び顔を上げた。
 私は彼女のその動作にいちいちドキリと反応してしまうのだ。勿論顔には出さず、至って平然と振る舞ってはいるが。


「隼人、あなた、何だか変わったわね」


 母親のその言葉に私は今一得心がいかない。一体私の何を以てそんな事を言うのか。立ち止まり黙している私の態度をどう受け取ったのか分からないが彼女は薄く微笑んだ。


「少し雰囲気が柔らかくなったみたい」


「そ、そうなのか……?」


「ええ、そうよ」


 彼女は私の目をまじまじと見つめ微笑んでいる。私はそんな彼女の様子が落ち着かなく目のやり場に困り、結果部屋を見回すというようなよく分からない反応をしてしまった。
 正直テンパっている。一体彼女の言葉に何をどう返せばいいのか全く分からない。久しぶりにまともに会話している気がした。


「学校で何かあったの?」


「いや……別に……」


「そう」


 私の返答に彼女は短いため息をついた。そこで再び作業に戻り始める。


「引き止めて悪かったわね。もう寝なさい」


「あ、ああ。お休み、母さん」


「……おやすみなさい」


 母親の言葉を背中に受けながらようやく自室へと戻った。
 扉を閉めて私は長く息を吐き出した。
 緊張していないと言えば嘘になる。
 私達は何故こんなにもうまくやれないのだろう。
 部屋の電気は消したまま。暗闇の中で寂しさと心細さが増大していく。
 耳を澄ませば、ぱらぱらと窓を叩く音で雨が降りだしたのだと思う。
 私は布団の中に入り天井を見上げた。雨音は少し煩かったが静かよりはずっといいと思った。この音が余計な思考を掻き消して、心の中をノイズで満たしてくれる。それだけで心持ちがずっと楽になるような気がした。
 暫く雨音を聞きながら過ごしていると、リビングの明かりが消え、扉から漏れる光も無くなった。
 それと同時により一層闇は深まったけれど、先程よりは随分と落ち着いたようだ。
 そんな折、ふと学校の事を思う。いや、学校というよりは彼女達の事か。
 これから私の周りでは一体どんな変化が訪れていくのだろう。
 その変化を想像すると、ほんの少しだけ胸が落ち着かなくなる。
 だがこの落ち着かなさが一体どういう気持ちから来るものなのか今一理解出来ないのだ。
 だからそういった事は余り考えないようにする。
 私は私、周りは周りだ。
 周りに振り回されたくもないし、その逆はもっと嫌なのだ。
 もしこの先私の周りで今を変えてしまう出来事があったとしてもきっと私は何もしない。
 ただその流れに身を任せ、行く末を見守り、変化に合わせて行くだけだ。
 きっとそうする事が最も角が立たず、周りが迷惑にならないやり方なのだろうから。
 ふと窓が風に揺れた。ガタガタと一際大きな音を立てる。
 だが夜も更けて、段々と意識も薄れてきた。
 程無くして私は眠りに落ちていったのだ。

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