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私のわがままな自己主張 (改訂版)

とみQ

 隣の部屋は先程いた部屋とは打って変わり、何とも女の子らしい部屋だった。


「あの………どうぞ」


「あ、ああ」


 高野に促されるまま踏み入ったが、彼女の表情をちらと見ると若干赤らんでいる。そんなだから私も途端に緊張してしまう。
 ベッドやタンスの上にいくつかぬいぐるみが置いてあり、カーテンは色こそ薄緑色であるものの、花びらが散りばめられた模様を擁している。
 ここは高野自身の部屋なのだろう。
 何より違うと思ったのはこの部屋の匂い。私はこの匂いを知っている。高野の匂いだ。
 私はこの匂いが好きだった。何とも落ち着くのだ。


「君島くん………その………あんまりジロジロ見られると………恥ずかしい」


 高野が顔を真っ赤にしながら俯いていた。
 私も流石に何処か落ち着かない気持ちになった。


「す………すまない。つい………な」


「別にいいけど………あの………どうぞ」


 高野に促されるままに中へと入っていく。部屋の真ん中の小さなテーブルに向かい合って座り、教科書を広げた。
 

「では、やるか」


「うん、あの、ここなんだけど……」


「二次関数か」


 そうして二人は数学の問題に手をつけていった。
 何となくこの前の図書室での勉強会が思い出されてむず痒い心持ちになってしまう。
 暫く同じ問題を解いていく私達。ノートにお互い目を向けながら、時間を食い潰していく。
 そんな中で私は、何か言い様の無い違和感を感じていた。
 うまくは言えない。だが明かに以前と違う気がして。違和感を覚えずにはいられない。
 何だろう。もしかしたら別段気にするような事では無いのかめしれない。だが気になる。今のこの二人を取り巻く空気が。少し気まずいような。ぎこちないような。
 それはあの図書室の時よりも遥かに大きな隔たりを感じさせるのだ。
 あの時は今程彼女と喋った経験が無かったというのに。
 今は一緒に下校するのも当たり前になったような仲になったというのに。
 私自身も今となっては高野と会話するに中って以前のような喋り難さは感じていない。
 なのに今はどうだ。二人の会話と会話の間のふとした静寂。
 質問する時の高野の何気無い表情。
 その全てがあの時よりも輪を掛けて食い違っているのだ。
 何故だろう。何かおかしい。
 その原因を考えで私はいつしか頭が一杯になっていた。
 理由なんて解らない。だがどうしても気になってしまうのだ。
 強いて言うなら今二人はいつもの学校の制服では無く私服だという事か。
 高野のいつもとは雰囲気の違う白を基調としたそのワンピース姿に、若干落ちつかない気持ちになるのは致し方無いと言えるのだ。
 だがそれでも説明はつかない。
 これは私自身の問題では無く彼女の方の問題だと思うからだ。
 高野の方が明らかにいつもとは違う雰囲気を醸し出している。
 そう。多分プールに行った後から。


「高野」


「ん? 何かな?」


 気づいた時には私は反射的に高野の名前を呼んでいた。
 それに呼応するようにこちらを向く高野。一瞬目が合って、それから逸らされる。いや、問題の方へと直ぐに視線が戻っただけだ。別に何も気にするような事は無い筈だ。
 だが、気になってしまう。
 胸のしこりが取れずに気持ち悪く残り続けている。そんな感じだ。


「何か、あったのか」


 ぴくりと問題に向かうその姿勢が止まる。だがそれもほんの一瞬の出来事で、シャーペンのペン先が再び数字をノートに書き連ねていく。やがてそのペン先が問題の解答を導き出して、そこで止まる。


「別に、何もないよ? ちょっと私も疲れたから交代してくるね?」


 そう言い残してその場を立つ高野。そのまま教材を手に部屋を出ていってしまう。
 部屋に取り残された私は自然とふうとため息をついた。
 天井を見上げた拍子に背中に柔らかいベッドの感触が当たる。ふっといい匂いが鼻をくすぐった。
 心のもやもやは一向に消えはしないが妙に落ち着いていた。
 目を閉じて彼女の顔を浮かべる。
 彼女は最後、一体どんな表情をしていたのだろう。

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