私のわがままな自己主張 (改訂版)

とみQ

 やはり普段から運動はしておくものだ。
 プールの中でやるバレーは動く度に相当の体力を消耗し、三十分もしない内にバテてしまい、腕もまともに上がらなくなってしまった。
 言わずもがな競技もぐだぐたになり自分から言い出すまでも無く椎名に一言「休んだら?」 と言われ若干の男としてのプライドが傷つけられたのは心の中に止めておく事にする。
 プールから上がろうとしたら椎名が突然「あっ!」 と言った。
 何事かと思ったら「美奈も休んだ方がいいよ」と言われ、高野もやはり疲れていたようで私と共にプールサイドで一休みする事になった。
 椎名と工藤はと言えば、まだまだ体を動かし足りないようで二人して泳ぎ始めてしまった。
 流石運動部。彼らからしたらまだまだこんなものはウォーミングアップにも満たない程度の運動なのだろう。
 私と高野はパラソルの下へと移動し、隣り同士で座る。
 ちらと高野の方に目を向けると彼女は水面の方へと視線を送り続けていた。
 私もそれに倣い、暫くぼんやりとプールを眺め続ける。
 そこには多くの学生や、親子連れや、カップルや。様々な関係性のグループが来訪している。
 その輪の外に、喧騒から外れたように私達はその人々の行動を特にこれといった興味も無く見ていたのだ。
 沈黙の中で何か話し掛けた方がいいのだろうかという当然な疑問が浮かんでくる。
 だが今は何故だかそれも憚られてしまい、結局二人黙したままに座り込んだままに訥々とただ時間だけが過ぎていくのだった。


「ねえ、君島くん」


 不意に名前を呼ばれ一瞬で自分の殻の中から現実に引き戻されるような感覚を味わった。その感覚のせいで私は今本当に名前を呼ばれたのでろうかと不確かな気持ちになる。
 実際高野を横目で見ると前を向いたまま。こちらを見向きもしていない。


「ん? どうした?」


 空耳ならそれでもいい。取り敢えず名前を呼ばれた体で返事をしてみる。これ程の喧騒の中なのだ。そういう事もあるだろう。別に勘違いならば笑って済ましてそれで終わりだ。そうやって受け流してしまえるくらいには私達の関係性は深まっている筈だ。
 などと考えつつそこで少しの苦味が胸の中に広がった。


「今日楽しい?」


 そこで再び高野からそんな質問が浴びせられる。
 何だかとても意外だった。高野がそんな事を私に聞いてくるなどと。全く想像していなかったからだ。そんな事を言ってくるのは恐らく椎名のような気がして。
 私は若干の戸惑いと共にその言葉の答えをあぐねて返答に詰まってしまう。


「……高野、どうしてそんな事を聞くのだ?」


 結果として上手く言葉が見当たらなくて、質問に質問で返す私は少し意地が悪い。


「うん……」


 高野も言葉に詰まってしまう。今日の高野は少し変だ。上手くは言えないが、何か無理をしているというか。二人でいる時よりもずっと背伸びをしているように見える。
 普段の高野ならば絶対にこんな事は聞いて来ない筈だ。


「高野は楽しくないのか?」


「楽しいよ!? すごく楽しみにしてたしっ……ただっ……」


 不意に投げ掛けられた質問に慌てたように答える高野。そしてやっとこちらを向いた。だがその表情は言葉とは裏腹に少し陰っているようにも見えて。


「ちょっと疲れたかも……」


 そう言って膝を抱える彼女は少し、いや、かなり悲しそうに見えた。流石に私も何か言葉を掛けてやりたいが、一体何がどうしてそうなったのか。言葉の意味を図りかねるのだ。
 そもそも疲れたとは体力的なものなのか。精神的なものなのか。
 語彙の流れから察するにまるで精神的な疲れのようにも感じられるが、だとすればそれは一体何をどうしてそうなっているのか。全く以てさっぱり分からない。
 そしてそれが精神的な疲れだったとして、私が果たして高野に何か言う事でどうにか出来る問題なのか。実際どうにもならない可能性の方が高いように思えるのだ。
 ならば私に出来る事は何も無いのではないか。せめてこのまま黙して彼女の愚痴の捌け口になってやる程度の事が、今の私に出来る精一杯の事のような気しかしないのだ。
 それでも何か言ってやりたくはあるこの胸の内の脈動をどうにか解消したくて。言葉を捻りだそうと試みるが、やっぱり結局今の私ではどうにもならないのだ。
 ただただ黙して行き交う喧騒の中、時間だけが厳かに流れていく。


「私たち、もうちょっと普段から運動しなきゃね?」


 その時高野が再びこちらを振り向いて笑顔でそう告げた。


「あ、ああ。そうだな」


 そう返答し、急に私は恥ずかしくなった。
 私は一体何を勘違いしていたのだろう。

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