私のわがままな自己主張 (改訂版)

とみQ

 女子の着替えは遅いと聞くが、まさかここまで待たされるとは思いもよらなかった。
 私と工藤が到着して、時間を潰すように佇んで、更にある程度話し込む程には時間があったのだから。かれこれ二十分くらいはここで待っているだろうか。
 普段しないような真面目な話をしてしまったものだから、話の区切りが来て以来、お互い言葉を発する事も無くなってしまった。
 周りの喧騒が場違いな程に、二人の間には気まずい沈黙が流れている。
 ここでコミュニケーション能力の高い者であれば、上手く話を流してすげ替えて、笑顔でいつものように会話を続けていけるのかもしれない。だが当然ながら私にはそんな芸当は到底不可能であった。
 ただただぼうっと考え事でもしているかのように黙して空を見つめ、実際は何も考えていない。そんな一見難しくもある一人時間を長く過ごしてきた者だけが取れる行動を続け、時間だけを浪費させていったのであった。
 工藤も工藤で流石に先程の話の後で恥ずかしいのか、特に何を話すでも無くその場にしゃがみ込んでいた。


「おまたせーっ!」


 ようやく耳に届いた元気の良いその声。若干失礼ながら彼女の登場をここまで心待ちにした事など今まで無かったのではないだろうか。
 とにかく私はお待ちかねの相手の登場に不覚にもほっと安堵の息を漏らしつつ声の主に顔を向ける。
 そこで二人を目の当たりにした私は思わず声を失った。
 考えが甘かった。ここはプール。二人は当然ながら水着に着替えている。不意打ちのように視界に飛び込んできた二人の姿を見て、私は柄にも無く頬を朱に染めて見いってしまった。見惚れてしまったのだ。
 こんな女子とのやり取りの初心者のような私には当然掛ける言葉も見当たらず、その場に口を半開きのまま立ち尽くす。間抜けではあると後で思い返すのかもしれないが、健全な高校生男子の今取れる行動などせいぜいそんなものである。
 改めて二人はとても可愛いのだと認識する。全く語彙力の欠片も無い感想だが今のこの二人を見て、素直にそんなありきたりな感想しか浮かんでこない。
 それは工藤も同じようで、声を掛けようとしていた雰囲気はあったものの、隣で息を呑んでいる音だけが妙に耳朶に響いた。
 女の子との免疫が普通にある工藤ですらこれなのだ。私などがこの場に於いて一体何が出来ようか。


「ちょっとちょっと~。せっかく美少女二人が水着で登場したんだから何か気の利いたセリフでも言ってほしいんですけど~」


 そんな私の気持ちを知ってか知らずか。そう言いつつ椎名は腰に手を当て頬をぷっくらと膨らませた。
 更にずいと一歩進んで私の前に立つものだから見ないようにしようとしても色々なものが視界に入ってしまう。
 椎名の胸や腰に巻いた薄い緑色のパレオから覗くスラッとした長い脚。いつもは括らない髪も今はシュシュで後ろ手に縛り、椎名の健康的で爽やかな印象が際立っているように思えた。更に普段は見えない彼女の色々な部分が見えて頭が真っ白になる。
 それにほんの少し動く度に、胸が目に見えて揺れて、私は全く彼女を直視する事が出来なかった。嫌、実際それが目に入っている時点でしっかり見ているのかもしれないが、少なくとも、椎名の顔は直視出来ない。結果胸の辺りを見る。揺れる。テンパる。その繰り返しに頭がどうにかなりそうだった。
 私にはかなり刺激が強過ぎる。


「ちょっと~!? は・や・と・くん!」


 更に追い打ちを掛けるようにずいずいと前に前進してくる椎名。そのしなやかな人差し指を私の胸板に突きつけて、上目遣いにこっちを見られた日には思考回路もショートしてしまうというものだ。


「す、すごく可愛いのだ!」


「え?」


 私は思わず声を裏返らせながら叫んでいた。
 心の叫びを言葉に乗せて、とんでもない事を言っている自覚はあるものの、何を言っていいか分からず、結果正直な気持ちを吐露するという暴挙に出ていた。
 椎名と目が合い、彼女の表情に私はもっと心臓が脈打つ。何なら視界に彼女の胸の谷間もばっちり見えて先程から変な事を考えっぱなしだ。
 今更ながらに自分自身、これ程までに女子に対する免疫が無いとはほとほと情けなくなった。
 とにかく私は今椎名と至近距離で見つめ合っている。
 彼女も褒められて若干心持ち満更でも無いように見えるのは気のせいでは無い筈だ。
 椎名のこんな表情を初めて見るのだから。
 完全に不意を衝かれた彼女に私も若干してやったりとも思いつつ、もうこれ以上どうしていいか分からない現状は全く変わらない。
 時間が何十分も経ったように思う。だが実際はきっと数十秒とかそんな所だろう。 


「お、俺も凄く可愛いと思うぜ! 高野!」


 その時私の言葉に呼応するように工藤が動いた。


「あ……ありがとう……」


 工藤の言葉に若干戸惑ったように、それでも嬉しそうな表情の高野。
 そんな彼女を見て私は一瞬にして我に返ったように冷静になった。
 工藤がそれを機に嬉々として高野に駆け寄っていく。
 高野の着る水色のワンピース水着もとても可愛いらしいものだった。工藤に褒められて最終的に照れているのか、今は俯いて頬を朱く染めている。
 不意に高野がちらと横目で私の方を見た。私は視線をサッと逸らしてしまう。工藤に囃されて困っているような気もしたが、そんなものはきっと私の勝手な思い込みだ。
 気がつけばすぐ近くにまだ椎名がいた。というかまだ私の目の前にいて、もしかしたら、いや、もしかしなくてもずっと私の顔を見ていたのだと思う。
 それを思うと途端に恥ずかしくなり再びテンパりそうになる。


「ねえ、いいの?」


 そんな私の気持ちなどいざ知らず。不意に短い問い掛けが投げられた。私はドキリとさせられる。
 彼女の顔が真剣そのものであったのだ。
 だから私はその曖昧模糊とした問い掛けにどう答えれぱよいのか、返答に詰まる。下手な事を言ってしまえばきっと心証が悪くなるような気がして。嫌何を考えている。椎名の私に対する心証が悪くなる事を危惧するなど何と傲慢な事か。
 ため息が出そうだった。先程から私は一体何なのだ。返答や言葉に詰まってばかり。まともな受け答え一つ出来ない。そんな自分が腹立たしくて悔しく思えてくる。
 私は本当に、人と接するのが下手だ。


「構わない」


 やがて考える事も面倒になって、嫌になって。そんな四つ文字の言葉で投げやりに返す。少し不機嫌に見えてしまったかもしれない。実際ある程度、そんな気持ちも入り雑じってしまっている事は確かなのだが。嫌、だからもうそんな事、どうだっていいではないか。
 そんな私の事を椎名はじっと見やる。私の心の葛藤を見透かさんとするように。何を考えているのだろうか。だがその内容までは当然の如く全く見えてこない。


「ふ~ん……そっか」
 

 一呼吸の間を置いてそう呟く椎名。その表情は感情も失せたようで、つまらなくも楽しくも見える面持ちで。
 彼女の心の内が分からない。全く以て理解出来ない。そしてそれが歯痒くて、面映ゆくて。また少し、心がざわついた。
 だが自分の気持ちすら理解仕切れていない私がどうして彼女の気持ちまで理解出来るのかと、そうも思えてしまう。
 そう考えると妙に納得し、そして馬鹿らしくなった。
 そこで私は短いため息を吐き出す。たったそれだけの事で胸のつかえがほんの少しだけ取れたような気がした。人間常に息をする事は大事なのだ。呼吸を忘れては普段当たり前のように出来ている事すら出来なくなってしまう。


「よーしっ! まずはビーチバレーでもやろうぜ!」


 そこで工藤がそんな提案を持ち掛けた。


「あ、さんせーいっ!! せっかく来たんだから体動かさなきゃねっ!」


 椎名もそれに倣い歩き出した。私もそんな二人にとぼとぼとついていく。少し後ろで高野の足音も動いた音がする。
 私はもう一度ため息を吐き出し空を見た。
 日はまだ高い。ほんの数時間前に昇ったばかりなのだ。 

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