私のわがままな自己主張 (改訂版)

とみQ

 時計の針が秒針を刻んでいく。その音だけが漣波のように部屋に津々と響き渡っていく。
 時折聞こえてくる外の音、皆が球技に勤しんでいる音が遠くに聞こえて。
 この部屋だけが外界と隔絶された特別な空間のような気さえして、私は頭の中が空虚で何も先の事を考えられなくなった。
 頭が真っ白になったのだ。
 目の前にいる彼女はというと、私の掛けた言葉に何を感じたのか、先程から私とは逆方向を向き何も言ってこない。
 変な事を言った事は自覚している。だがそれを今更否定するつもりも無い。何ならこのまま告白めいた言葉を耳にした彼女が私を思い切り否定して、いっそこれでさよならと決め込んで今までの関係など無かったものにしてしまった方が楽になれるのではないかとすら思ってしまうのだ。
 誰かの事を考えたり、今何をしているのかと想ったりする事はとても辛い。
 考えるだけで何か自身に得となるような、利益をもたらす見返りがあるというのならばそれも受け入れよう。
 だが実際は無駄に時間だけが折り重なって他の物事に集中も出来ず。こんなものはただの人生の浪費だ。
 私はこんな無駄な時間を浪費させるためにこの高校に通っているのでは決して無いのだから。
 そんな如何にも正当な理由づけを胸の内で展開しながら粛々と時間だけが過ぎていっている。
 実際如何程かは分からない。ほんの数秒のような気もするし、数分な気もする。流石に数時間という事は有り得ないが、そのくらいの間を思わせる程に二人は沈黙していたのだ。


「やるじゃない」


「は……?」


 ふと空間を切り裂いてともすれば聞き逃しそうな程に呟くように言葉が放たれた。
 いや、実際神経は鋭利な刃のように研ぎ澄まされてほだされて。
 彼女の言葉を聞き逃す事など有り得ないのだが、それでも余りにも不意打ち過ぎて結果私は間抜けなたった一文字の言葉で以てその不鮮明な意図の読めない物言いに疑問で返すという意味不明なやり取りを咄嗟に選択してしまう。
 彼女はくるっとその柔らかな肢体を捻らせて再度私の方に向き直った。


「わ、私、そんなことで騙されたりしないんだから」


 明らかにどもりつつ、私に人差し指をビシッと向けつつ、ほんのり頬を蒸気させてそう言い張る椎名。


「そ、そうか」


 だが私も結局そんな椎名の物言いに、曖昧というか、乗ったというか。今までの私の勇気ある言葉、いや暴言と言うべきだろうか。それを無に帰すような言葉で以て返してしまう。
 結局このやり取りはこれで終いだ。臆病な私にはこれが精一杯というか、なら最初から余計な事は言わないでおけよと天の声でも聞こえてきそうだが、それで締めるに任せた。


「そ、そうよ! まあ、君島くんにしては中々気の利いた冗談だったんじゃないの!? 何というか、ちょっとバカっぽいっていうか……」


「……うむ。そうだな。実に馬鹿らしい」


「……それだと何か意味が違ってくる気がするんですけど? 君島くんてほら、普段からあんまり冗談とか言わないじゃない? 真面目っていうか、大人しいっていうか。まあ、だから、その……うれ、しい……かも」


 膝を抱えながら呟くように言葉を紡ぐ彼女は何だかいつもの元気や明るさは鳴りを潜め、代わりに女の子らしさや恥じらいといった半ば彼女には似つかわしく無いような表情が顔を覗かせる。
 私はそんな他愛も無い事で不覚にも胸をざわつかせてしまうのだ。他愛無くは無いのかもしれないが。少なくとも彼女の見せる初めての表情を知る事が出来たのだから。


「しかし、高野には感謝だな。色々気を使わせてしまった」


「え! ……ああ、うん」


 不意に出て来た第三者の名前に一瞬椎名は目を丸したが、直ぐに思い当たったように頷いた。


「そ、そうよ! 君島くんはもっと美奈に感謝すべきよ! そうそう、そうなのよ!」


 何故か椎名は妙に納得したようにうんうんと何度も頷きながらそんな事を言い始めた。そして徐に私に人差し指をビシッと向けて言い放った。


「君島くん! 分かったわっ! あなた、これからもっと美奈と仲良くなりなさい!」


「は?」


 唐突に発せられた言葉に間抜けた声を上げてしまう。
 彼女は何故か自信満々に、百面相かと思える程に目まぐるしく表情を変え、そして極めつけに全く意味不明な事を言う。
 そんな椎名はもういつもの元気で明るい彼女そのもので。若干頬は蒸気して、新しいゲームでも覚えた子供のようにはしゃいでいるように見えた。


「だって、私に申し訳無いって思ってたんでしょ? ならその罪滅ぼしとして提案があるの。これから美奈と仲良くなるよう努力する事! これでどうかしら?」 


 半ば強引な条件のような気もするが、何故ここで高野が出て来るのか。まあ椎名の友人で二人に関わりがあって、それでいて迷惑を掛けたであろう相手。彼女以外の他の誰かが出て来てもそれはそれでしっくり来ないのは明白だが、しかし何故そうなる。


「罪滅ぼしというのは分からなくは無いのだが、高野と仲良くなるというのは今一腑に落ちないのだ」


「男の子がそんな細かい事気にしちゃだめよ! とにかくそういう事に決めたの! 君島くん私に悪いと思ってるんだよね? ならそうしてくれたら私も嬉しい。だからお願い」


 そう言いつつ上目遣いで両手を胸の前で合わせ、懇願するように私を見てくる。彼女の体操着がしなやかな曲線を描いている様子が見事に視界に入り、一秒と直視していられなかった。


「む……わ、分かったのだ。……ただ、これで今回の件はもう終わった事という事でいいな?」


「うんうん! 構わないよ!」


 そうして軽快にサムズアップを決めてくる彼女を見て、私は小さくため息をついていた。
 結局彼女との関係を終わりにするどころが元鞘に戻ってしまった事に気づいたが、最早後の祭りである。
 椎名にそこまで言われてしまっては今の立場上断りきれる訳も無く。私自身も高野と仲良くなっていく事にそこまで抵抗が無いという事も条件をすんなりと受け入れてしまえる好材料となったのだ。
 だがそもそも今の私と高野の関係は何なのだろう。
 知人、だと余りにも他人行儀過ぎると感じる。だが友人と呼ぶには少しむず痒いような、恥ずかしいような。とにかくくすぐったい感じがして結局しっくり来ないのだ。
 結論を言えば二人の関係は知人以上、友人未満という事になる。
 という事は椎名の提案を受け入れるのならば、私は高野と友人の間柄になる事が目標となるのだと、そんな事をふとイメージした。 

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