私のわがままな自己主張 (改訂版)
 ……ああ。またあの夢か。
 私はため息混じりに心の中で呟いた。いや、今は夢の中の呟きか。そんな事を考えているのかいないのか、朧気な感覚の中でいつも見る夢。それを俯瞰した状態で見つめる。
 とある喫茶店。恐らく五歳くらいだった私。両親と共に楽しそうにスパゲッティを頬張る私は満面の笑みだ。この後悲劇が起こるとも知らずに。
 不意に私の目の前に座る男が言う。もう何度聞いたか分からないその言葉。
「隼人、元気でな。もうこの先会う事も無いだろう。」 
 その堅苦しい喋り方。実の息子、しかも五歳の子供に掛ける言葉とは思えない程形式張っている。何度聞いてもその声音には胸を磨り潰されたような絶望感を抱いてしまう。鋭利過ぎる刃のように心の奥底まで切り裂かれるようだ。
 目の前の子供もこんな私と同様に笑顔を失望や不安に塗り潰されている。
「え? なんで? おとうさん、どこかへいっちゃうの?」
 絞り出すように告げた精一杯の言葉。だがその男はそんな子供に対して更に追い打ちを掛けるように言葉のナイフを振り乱していく。
「お前などこれから私の子供でも何でも無い。赤の他人なのだ。二度と私の前に現れるなっ! 私はお前など、大嫌いだ!」
 興奮しているのか徐々に言葉尻が荒くなるその男に、小さな子供は為す術も無く佇み、目には涙を浮かばせている。手足は震え、それでも男の方をじっと見つめ、一縷の望みを掛けるように嘆願するのだ。
「え、なんで? どうしてそんなことゆうの? ぼくいいこにするから……わがままもゆわないから……」 
「うるさいっ! 黙れっ! もう何も喋るんじゃない!」
 最後にそれだけ言い飛ばし、勢い良く席を立つ男。
 子供は涙を流しながら、店から出ていくその男の背中を見つめていた。
 その男の表情はいつも、どういう訳か涙で滲んだようにモザイク掛かり、はっきりとその形容を示してくれない。夢とは時に不確かなものだ。
 側にいる女性も同様。ただその子供の身体を抱き止める強い感触だけがリアルに私自身心に染み付いているようで、それを思い出す度に胸がぐにゃりと締め付けられる感覚に見舞われるのだ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「おーい。……もしもーし。生きてますかあ~?」
 やけに近くで声がする。聞き覚えのあるその声に、私はハッとなり思わず飛び起きた。
「椎名っ!!」
「わきゃっ!?」
 勢い良く上体を起こした私のすぐ目の端を誰かの身体が通り過ぎたように感じた。
「ちょっ……、びっくりしたあ……」
 言わずもがな私のすぐ近くには椎名がいた。慌てた様子で引っくり返る寸前まで上体を反らし、ともすればそのまま後ろに倒れてしまうのではないかと思われるようなポーズをしていた。
 そこから踏ん張って上体を起こそうともがいているその体勢に、私は暫し目が釘付けになってしまう。体操着の下のお腹がチラリと見え、反らした上半身に服が引っ張られ、彼女の胸のトップの部分の形がよく分かってしまう状態になっていた。
 私は最近彼女のこういう場面にばかり遭遇する。正直椎名は何かと隙が多いのだ。元気が良いのは分かるが時にそれが女性特有の慎ましさを失い、結果色々と男性の気を引いてしまうような部分を意図せず見せてしまうような事に繋がる。駄目だとは思いつつも年頃の男子にとってこんな誘惑を無視しろという方が難しいのではないか。
 そうは思いつつも私自身、女性のこういった部分に気を取られてしまう事に不快感と腹立たしさを覚えずにはいられなかったりもするのだ。
 こんな想いを抱えるから色々とややこしくなるのだ。こんな想いが全く生まれない人間なれれば私は誰かを好きだとか嫌いだとか、少なくとも今よりは悩まされずに済むのだろうから。
 程無くして「くっ……このっ……」とか呟きながら椎名は上体を起こしきり、私と向かい合った。不意に目が合ってしまい、思わず目を逸らしてしまう。正直後ろめたい気持ちもあるのだから尚更であった。
「あ……その……おはよう」
 何とも歯切れの悪い挨拶の言葉を呟き、余計に罰が悪くなる。本当に自分のコミュニケーション能力の無さが嫌になる。もう少し気の利いた言葉の一つも言ってみたいものだとは思いながら、そんな奴にはなりたくは無いと思っている自分もいたりするのだから、厄介なものだ。一体私の本当の気持ちは何なのかと自問自答する。
「君島くん大丈夫?」
「……?」
 椎名の言葉に一瞬何を心配されているのか理解が及ばなかった。そうで無くとも色々と頭の中はぐるぐるしているのだ。
 私はそこで改めて記憶の断片を甦らせてみた。そして辺りに視線を泳がせる。
 そもそもここは何処かと思う。二つ並んだベッドを互いに当てがわれ、開いた窓からは心地好い風が入り込んで来ている。ガラス張りの扉のついた箪笥に目をやれば何かの薬品やら包帯、湿布などといった一通りの医療品が目につく。保健室だ。
 そこで色々と合点がいく。
 椎名が足を挫いてここへ運ばれた事。
 そしてその直後私はバレーボールの試合中、恐らく相手チームの放ったスパイクを顔面に受け、気を失ったという事なのだろう。
 何とも情けない話だ。 
「何か、うなされてたよ?」
「……そうか」
 そう言われて私は目が覚める前の夢に思い当たり合点がいく。
 うなされていたなどと、変な所を見られてしまったものだ。
「何だか寝込みを見られ合うとか変な関係」 
「っ!?……その、この前は済まなかった」
 椎名の発言に自然と謝罪していた。彼女の発言にあの時の椎名の寝姿が思い起こされ、私は胸が靄ついてしまう。
「はっ? 何が?」
 だが当の椎名は今一話が掴めない様子で不思議そうにこちらを見ている。私も今更何故こんな事を言いだすのかと両手に目を落とした。
「いや……寝ている所を……見てしまった」
「は? ……だから? 何で謝るの?」
「いや、だから! 椎名のあられもない姿を見てしまったから……」
「あー……、えーっと……。……ぷっ! あははははっ!! 何言ってんの! ちょっと君島くん面白すぎるからっ!!」
 突然椎名が笑い出した。それに弾かれたように彼女の方を見るが彼女は何が可笑しいのかお腹を抱えて必死に笑い転げている。私は暫くそんな彼女を黙して呆けて見ていた。
 私はため息混じりに心の中で呟いた。いや、今は夢の中の呟きか。そんな事を考えているのかいないのか、朧気な感覚の中でいつも見る夢。それを俯瞰した状態で見つめる。
 とある喫茶店。恐らく五歳くらいだった私。両親と共に楽しそうにスパゲッティを頬張る私は満面の笑みだ。この後悲劇が起こるとも知らずに。
 不意に私の目の前に座る男が言う。もう何度聞いたか分からないその言葉。
「隼人、元気でな。もうこの先会う事も無いだろう。」 
 その堅苦しい喋り方。実の息子、しかも五歳の子供に掛ける言葉とは思えない程形式張っている。何度聞いてもその声音には胸を磨り潰されたような絶望感を抱いてしまう。鋭利過ぎる刃のように心の奥底まで切り裂かれるようだ。
 目の前の子供もこんな私と同様に笑顔を失望や不安に塗り潰されている。
「え? なんで? おとうさん、どこかへいっちゃうの?」
 絞り出すように告げた精一杯の言葉。だがその男はそんな子供に対して更に追い打ちを掛けるように言葉のナイフを振り乱していく。
「お前などこれから私の子供でも何でも無い。赤の他人なのだ。二度と私の前に現れるなっ! 私はお前など、大嫌いだ!」
 興奮しているのか徐々に言葉尻が荒くなるその男に、小さな子供は為す術も無く佇み、目には涙を浮かばせている。手足は震え、それでも男の方をじっと見つめ、一縷の望みを掛けるように嘆願するのだ。
「え、なんで? どうしてそんなことゆうの? ぼくいいこにするから……わがままもゆわないから……」 
「うるさいっ! 黙れっ! もう何も喋るんじゃない!」
 最後にそれだけ言い飛ばし、勢い良く席を立つ男。
 子供は涙を流しながら、店から出ていくその男の背中を見つめていた。
 その男の表情はいつも、どういう訳か涙で滲んだようにモザイク掛かり、はっきりとその形容を示してくれない。夢とは時に不確かなものだ。
 側にいる女性も同様。ただその子供の身体を抱き止める強い感触だけがリアルに私自身心に染み付いているようで、それを思い出す度に胸がぐにゃりと締め付けられる感覚に見舞われるのだ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「おーい。……もしもーし。生きてますかあ~?」
 やけに近くで声がする。聞き覚えのあるその声に、私はハッとなり思わず飛び起きた。
「椎名っ!!」
「わきゃっ!?」
 勢い良く上体を起こした私のすぐ目の端を誰かの身体が通り過ぎたように感じた。
「ちょっ……、びっくりしたあ……」
 言わずもがな私のすぐ近くには椎名がいた。慌てた様子で引っくり返る寸前まで上体を反らし、ともすればそのまま後ろに倒れてしまうのではないかと思われるようなポーズをしていた。
 そこから踏ん張って上体を起こそうともがいているその体勢に、私は暫し目が釘付けになってしまう。体操着の下のお腹がチラリと見え、反らした上半身に服が引っ張られ、彼女の胸のトップの部分の形がよく分かってしまう状態になっていた。
 私は最近彼女のこういう場面にばかり遭遇する。正直椎名は何かと隙が多いのだ。元気が良いのは分かるが時にそれが女性特有の慎ましさを失い、結果色々と男性の気を引いてしまうような部分を意図せず見せてしまうような事に繋がる。駄目だとは思いつつも年頃の男子にとってこんな誘惑を無視しろという方が難しいのではないか。
 そうは思いつつも私自身、女性のこういった部分に気を取られてしまう事に不快感と腹立たしさを覚えずにはいられなかったりもするのだ。
 こんな想いを抱えるから色々とややこしくなるのだ。こんな想いが全く生まれない人間なれれば私は誰かを好きだとか嫌いだとか、少なくとも今よりは悩まされずに済むのだろうから。
 程無くして「くっ……このっ……」とか呟きながら椎名は上体を起こしきり、私と向かい合った。不意に目が合ってしまい、思わず目を逸らしてしまう。正直後ろめたい気持ちもあるのだから尚更であった。
「あ……その……おはよう」
 何とも歯切れの悪い挨拶の言葉を呟き、余計に罰が悪くなる。本当に自分のコミュニケーション能力の無さが嫌になる。もう少し気の利いた言葉の一つも言ってみたいものだとは思いながら、そんな奴にはなりたくは無いと思っている自分もいたりするのだから、厄介なものだ。一体私の本当の気持ちは何なのかと自問自答する。
「君島くん大丈夫?」
「……?」
 椎名の言葉に一瞬何を心配されているのか理解が及ばなかった。そうで無くとも色々と頭の中はぐるぐるしているのだ。
 私はそこで改めて記憶の断片を甦らせてみた。そして辺りに視線を泳がせる。
 そもそもここは何処かと思う。二つ並んだベッドを互いに当てがわれ、開いた窓からは心地好い風が入り込んで来ている。ガラス張りの扉のついた箪笥に目をやれば何かの薬品やら包帯、湿布などといった一通りの医療品が目につく。保健室だ。
 そこで色々と合点がいく。
 椎名が足を挫いてここへ運ばれた事。
 そしてその直後私はバレーボールの試合中、恐らく相手チームの放ったスパイクを顔面に受け、気を失ったという事なのだろう。
 何とも情けない話だ。 
「何か、うなされてたよ?」
「……そうか」
 そう言われて私は目が覚める前の夢に思い当たり合点がいく。
 うなされていたなどと、変な所を見られてしまったものだ。
「何だか寝込みを見られ合うとか変な関係」 
「っ!?……その、この前は済まなかった」
 椎名の発言に自然と謝罪していた。彼女の発言にあの時の椎名の寝姿が思い起こされ、私は胸が靄ついてしまう。
「はっ? 何が?」
 だが当の椎名は今一話が掴めない様子で不思議そうにこちらを見ている。私も今更何故こんな事を言いだすのかと両手に目を落とした。
「いや……寝ている所を……見てしまった」
「は? ……だから? 何で謝るの?」
「いや、だから! 椎名のあられもない姿を見てしまったから……」
「あー……、えーっと……。……ぷっ! あははははっ!! 何言ってんの! ちょっと君島くん面白すぎるからっ!!」
 突然椎名が笑い出した。それに弾かれたように彼女の方を見るが彼女は何が可笑しいのかお腹を抱えて必死に笑い転げている。私は暫くそんな彼女を黙して呆けて見ていた。
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