私のわがままな自己主張 (改訂版)
「あの……君島……くん」
 そう言って恐る恐る声を掛けてきた高野。放課後家へ帰ろうと下駄箱で靴を履き替えているタイミングだった。
「あ……いや、今日はちょっと都合が悪くてな。お見舞いなら悪いが一人で行ってくれ」
 用件を聞くよりも先にそんな言葉が口を突いて出てしまう。何を慌てているのだと思いながらも鼓動はどんどん速くなっていく。
 結果的に逃げるようにその場を去っていく私。だがそれでも高野は急いで靴を履き替え、そんな私の横に並んで歩く。同じ方向なので結果的に一緒に帰るような形になってしまった。
「……あの、そうじゃなくて。今日はお見舞い行かないし」
 高野のその言葉に私は戸惑いを覚える。
「……何か……話があるのか」
 自分でも妙に恐る恐るになっているなと自覚しつつ独り言のようにポツリと呟いた。
「あ、うん。……あの、昨日急に帰っちゃったから。……その、びっくりしちゃって」
 横目で高野がちらとこちらを向いたのが分かった。それだけで私は心臓を鷲掴みされとような心持ちになってしまうのだ。
 私は高野の方を見る事が出来なくて、ずっと帰る方向の一点だけを見ていた。心は落ち着かなく鞄を持つ手に汗が滲む。なのに空は晴れて雲は多く、その青と白のコントラストが清々しいのだ。
 私はそれが堪らなく落ち着かなくなって嫌だった。
「ちょっと……親から急に連絡があってな。早く帰らなければならなくなったのだ」
 昨日のメ夜送ったールをそのままなぞるように、嘘の上塗りをしていく。
「そう……なんだ」
 高野は暫く沈黙した後確かめるように頷いた。その時胸がチクリと刺さるような痛みを伴って、まるでこの時間が一秒毎にスローモーションになっていくように、足取りは重く、苦しみが幾重にも重なっていく。自転車が二人の横を通り過ぎた。私はそれに半ば驚いて歩が横に傾く。その拍子に彼女との距離がほぼ0センチメートルにまで接近してしまう。 
 その時高野が不意に顔を上げてこちらを向いた。そうなった事で私達は謀らずも見つめ合う形となってしまった。 
 心臓が爆発してしまいそうなほどドクンと跳ねたのが分かった。彼女の瞳孔が見開かれてその瞳の中の自分自身すら見えてしまいそうだ。
「……あ……の」
「……っ、済まないっ」
 私は高野の声に時が戻ったように反射的に退いた。顔が急速に熱くなっていく。もう無理だ。心臓も心も持ちそうに無い。早く帰りたい。一日とはこんなに長いものだったか。 
 様々な思考が交錯して私は一杯一杯になっていた。重篤な疲労感に今にも押し潰されてしまいそうだった。
「あのね……その、ごめんね?」
 そんな頭の中がぐるぐると整理のつかない私に高野は急にそんな風に声を掛けてきた。私はまた思考が追い付かなくて戸惑ってしまう。結果どう答えたらいいのか分からず沈黙を貫いてしまうのだ。
「何か君島くんの都合も無視して色々付き合わせちゃって、その……無理させちゃったのかなって……その……今も」
 高野の途切れ途切れの言葉に私は言葉を返す事が出来ない。どう答えるのが正解なのか、全く解らないのだ。
「ごめんね、……私、帰るね」
 それだけ最後に言い残して俯き加減で駅の方へと走って行ってしまう。その瞬間私の中で何かが弾けた。
「待ってくれっ!」
 気がつけば私は去って行こうとする彼女の手を掴んで引き留めていた。高野はそのまま立ち止まりはしたが、一向にこちらを振り向く気配は無い。
 私は高野を怒らせてしまったのだろうか。それも当然と言えば当然か。こんな無愛想で素っ気なく相手をされれば誰だっていい気はしないだろう。おまけに口数も少なく何を考えているのかも解らない。それも当然だ。私本人ですらも自分が一体どうしたいのかよく解ってはいないのだから。
 だが私は引き留めてしまった。このまま見送っても良かったのかもしれないが、思わず高野の手を掴んでしまったのだ。
 こうなってはもう私自身彼女に何か声を掛けないと収集のつけようが無い。
「高野……あの」
 とはいえ何を言ったものかと取り敢えず彼女の名前を呼ぶ。しかし高野は振り返らない。心無しか彼女の肩が震えているように思える。そこで私ははっとしてある事に思い当たる。これは流石に鈍い私でも予想がつく。今きっと高野は。
「泣いて……いるのか?」
 私の呟きに彼女の背中がびくんとなったのが分かった。握った手もその動揺を示すように動いた。
「ごめ……そんなつもりじゃ……私……」
 相変わらずこちらは振り返らなかった。だが空いた方の手で顔を触っているのが見えて、涙を拭っているのだと気づく。声も掠れてその声を聞くたびに私は強い罪悪感に苛まれる。
「違うんだ高野……私に謝るな。悪いのは私の方なのだから」
「……」
 黙っている高野。やっぱりこちらを向いてはくれない。このまま私がこの手を放せば高野は振り返る事無く行ってしまうのだろう。
 だが私は自分で招いた結果だというのに、自業自得だというのにこの手を放せないでいた。もし今この手を放してしまったら最早致命的に、決定的に何かが失われると。そう思えてしまって。
 私はそれが今更ながらにとてつもなく恐ろしい事に思えて恐怖してしまったのだ。
「私は……自分に自信が無いのだ。だからどうしても臆病になってしまう時がある。高野に話し掛けられて、頼られて、正直戸惑ってしまうけれど、それでもそれが嫌かと言われれば、少し違う……ああ……何と言うか……どうすればいいのか解らないんだ」
「……」
 ひたすら黙り続ける高野。だが繋いだ手からは少しだけ緊張が解けたような気がした。これもただの気のせいかもしれないが。
 だが高野が張りつめた糸を緩めるという事は、少なくとも今の私自身が望んでいる事なのだ。
「高野……ああ……こんな事を高野に伝える事が正しいのかは良く分からないのだが……」
 私はそこで言葉を区切る。息を長く吐いて心を落ち着かせる。ここでしくじる訳にはいかない。何故自分が今高野をこの場に留める事にこれ程までに必死になっているのか。その理由は明確には答えられない。説明しろと言われても未だその答えが何なのかは解らないのだが、それでも私は今ありのままに思っている事を伝える事にした。それが高野に対して失礼の無い、彼女への礼儀のように思えたのだ。
「私は高野を傷つけたいなどとはほんの少したりとも思っていない。寧ろ、私に話し掛けてくれて嬉しかった……んだと、思う……」
 尻すぼみになってしまう自分が情けないとは思うが、それが私の精一杯だった。というかこんな事を言われて余計に嫌われる要因となっても納得出来てしまう気さえする。
 だがもう遅い。私はもう今しがた言葉にして高野に伝えてしまったのだ。
「あの……痛いよ」
「あっ!? ……済まない! き、緊張してしまって!」
 高野の非難の声に繋いだ手を放す。流石にここまで言われて放さない訳にはいかなかった。このまま走って行かれてしまえばもう終わりだ。だが、そうはならなかった。高野は両手を胸の前で合わせてその場に俯き加減で立ち止まっている。何と言うか、もう最悪だ。
「君島くんも、そんな事考えるんだね……」
 そう言ってこちらを振り向く高野。やはり目は赤かったが、もう泣いてはいなかった。赤い目をこちらに向けながら、伺うようなその視線は、けれど私を軽蔑しているとか嫌っているとかそういう類いのものでは無いように見えた。本当の彼女の気持ちは何一つ理解出来ないが、その場から離れる様子は無さそうだ。
「高野……」
 私の呼び掛けに彼女は少しだけ視線を泳がせて再び私を見た。
「その……一緒に帰らないか?」
 その瞬間彼女の瞳孔が大きく見開かれた。私はまずったかとも思ったが、次の彼女の言葉にそんな心配は杞憂に終わった。
「……いいよ」
 その言葉を聞いた瞬間、周りの空気が動き始めたのかと思う程風が吹いて、彼女の制服のスカートがサラサラと揺れた。日常の音が不思議と急に耳に入ってきて心地好い雑音を届けてくるのだ。 
 そう言って恐る恐る声を掛けてきた高野。放課後家へ帰ろうと下駄箱で靴を履き替えているタイミングだった。
「あ……いや、今日はちょっと都合が悪くてな。お見舞いなら悪いが一人で行ってくれ」
 用件を聞くよりも先にそんな言葉が口を突いて出てしまう。何を慌てているのだと思いながらも鼓動はどんどん速くなっていく。
 結果的に逃げるようにその場を去っていく私。だがそれでも高野は急いで靴を履き替え、そんな私の横に並んで歩く。同じ方向なので結果的に一緒に帰るような形になってしまった。
「……あの、そうじゃなくて。今日はお見舞い行かないし」
 高野のその言葉に私は戸惑いを覚える。
「……何か……話があるのか」
 自分でも妙に恐る恐るになっているなと自覚しつつ独り言のようにポツリと呟いた。
「あ、うん。……あの、昨日急に帰っちゃったから。……その、びっくりしちゃって」
 横目で高野がちらとこちらを向いたのが分かった。それだけで私は心臓を鷲掴みされとような心持ちになってしまうのだ。
 私は高野の方を見る事が出来なくて、ずっと帰る方向の一点だけを見ていた。心は落ち着かなく鞄を持つ手に汗が滲む。なのに空は晴れて雲は多く、その青と白のコントラストが清々しいのだ。
 私はそれが堪らなく落ち着かなくなって嫌だった。
「ちょっと……親から急に連絡があってな。早く帰らなければならなくなったのだ」
 昨日のメ夜送ったールをそのままなぞるように、嘘の上塗りをしていく。
「そう……なんだ」
 高野は暫く沈黙した後確かめるように頷いた。その時胸がチクリと刺さるような痛みを伴って、まるでこの時間が一秒毎にスローモーションになっていくように、足取りは重く、苦しみが幾重にも重なっていく。自転車が二人の横を通り過ぎた。私はそれに半ば驚いて歩が横に傾く。その拍子に彼女との距離がほぼ0センチメートルにまで接近してしまう。 
 その時高野が不意に顔を上げてこちらを向いた。そうなった事で私達は謀らずも見つめ合う形となってしまった。 
 心臓が爆発してしまいそうなほどドクンと跳ねたのが分かった。彼女の瞳孔が見開かれてその瞳の中の自分自身すら見えてしまいそうだ。
「……あ……の」
「……っ、済まないっ」
 私は高野の声に時が戻ったように反射的に退いた。顔が急速に熱くなっていく。もう無理だ。心臓も心も持ちそうに無い。早く帰りたい。一日とはこんなに長いものだったか。 
 様々な思考が交錯して私は一杯一杯になっていた。重篤な疲労感に今にも押し潰されてしまいそうだった。
「あのね……その、ごめんね?」
 そんな頭の中がぐるぐると整理のつかない私に高野は急にそんな風に声を掛けてきた。私はまた思考が追い付かなくて戸惑ってしまう。結果どう答えたらいいのか分からず沈黙を貫いてしまうのだ。
「何か君島くんの都合も無視して色々付き合わせちゃって、その……無理させちゃったのかなって……その……今も」
 高野の途切れ途切れの言葉に私は言葉を返す事が出来ない。どう答えるのが正解なのか、全く解らないのだ。
「ごめんね、……私、帰るね」
 それだけ最後に言い残して俯き加減で駅の方へと走って行ってしまう。その瞬間私の中で何かが弾けた。
「待ってくれっ!」
 気がつけば私は去って行こうとする彼女の手を掴んで引き留めていた。高野はそのまま立ち止まりはしたが、一向にこちらを振り向く気配は無い。
 私は高野を怒らせてしまったのだろうか。それも当然と言えば当然か。こんな無愛想で素っ気なく相手をされれば誰だっていい気はしないだろう。おまけに口数も少なく何を考えているのかも解らない。それも当然だ。私本人ですらも自分が一体どうしたいのかよく解ってはいないのだから。
 だが私は引き留めてしまった。このまま見送っても良かったのかもしれないが、思わず高野の手を掴んでしまったのだ。
 こうなってはもう私自身彼女に何か声を掛けないと収集のつけようが無い。
「高野……あの」
 とはいえ何を言ったものかと取り敢えず彼女の名前を呼ぶ。しかし高野は振り返らない。心無しか彼女の肩が震えているように思える。そこで私ははっとしてある事に思い当たる。これは流石に鈍い私でも予想がつく。今きっと高野は。
「泣いて……いるのか?」
 私の呟きに彼女の背中がびくんとなったのが分かった。握った手もその動揺を示すように動いた。
「ごめ……そんなつもりじゃ……私……」
 相変わらずこちらは振り返らなかった。だが空いた方の手で顔を触っているのが見えて、涙を拭っているのだと気づく。声も掠れてその声を聞くたびに私は強い罪悪感に苛まれる。
「違うんだ高野……私に謝るな。悪いのは私の方なのだから」
「……」
 黙っている高野。やっぱりこちらを向いてはくれない。このまま私がこの手を放せば高野は振り返る事無く行ってしまうのだろう。
 だが私は自分で招いた結果だというのに、自業自得だというのにこの手を放せないでいた。もし今この手を放してしまったら最早致命的に、決定的に何かが失われると。そう思えてしまって。
 私はそれが今更ながらにとてつもなく恐ろしい事に思えて恐怖してしまったのだ。
「私は……自分に自信が無いのだ。だからどうしても臆病になってしまう時がある。高野に話し掛けられて、頼られて、正直戸惑ってしまうけれど、それでもそれが嫌かと言われれば、少し違う……ああ……何と言うか……どうすればいいのか解らないんだ」
「……」
 ひたすら黙り続ける高野。だが繋いだ手からは少しだけ緊張が解けたような気がした。これもただの気のせいかもしれないが。
 だが高野が張りつめた糸を緩めるという事は、少なくとも今の私自身が望んでいる事なのだ。
「高野……ああ……こんな事を高野に伝える事が正しいのかは良く分からないのだが……」
 私はそこで言葉を区切る。息を長く吐いて心を落ち着かせる。ここでしくじる訳にはいかない。何故自分が今高野をこの場に留める事にこれ程までに必死になっているのか。その理由は明確には答えられない。説明しろと言われても未だその答えが何なのかは解らないのだが、それでも私は今ありのままに思っている事を伝える事にした。それが高野に対して失礼の無い、彼女への礼儀のように思えたのだ。
「私は高野を傷つけたいなどとはほんの少したりとも思っていない。寧ろ、私に話し掛けてくれて嬉しかった……んだと、思う……」
 尻すぼみになってしまう自分が情けないとは思うが、それが私の精一杯だった。というかこんな事を言われて余計に嫌われる要因となっても納得出来てしまう気さえする。
 だがもう遅い。私はもう今しがた言葉にして高野に伝えてしまったのだ。
「あの……痛いよ」
「あっ!? ……済まない! き、緊張してしまって!」
 高野の非難の声に繋いだ手を放す。流石にここまで言われて放さない訳にはいかなかった。このまま走って行かれてしまえばもう終わりだ。だが、そうはならなかった。高野は両手を胸の前で合わせてその場に俯き加減で立ち止まっている。何と言うか、もう最悪だ。
「君島くんも、そんな事考えるんだね……」
 そう言ってこちらを振り向く高野。やはり目は赤かったが、もう泣いてはいなかった。赤い目をこちらに向けながら、伺うようなその視線は、けれど私を軽蔑しているとか嫌っているとかそういう類いのものでは無いように見えた。本当の彼女の気持ちは何一つ理解出来ないが、その場から離れる様子は無さそうだ。
「高野……」
 私の呼び掛けに彼女は少しだけ視線を泳がせて再び私を見た。
「その……一緒に帰らないか?」
 その瞬間彼女の瞳孔が大きく見開かれた。私はまずったかとも思ったが、次の彼女の言葉にそんな心配は杞憂に終わった。
「……いいよ」
 その言葉を聞いた瞬間、周りの空気が動き始めたのかと思う程風が吹いて、彼女の制服のスカートがサラサラと揺れた。日常の音が不思議と急に耳に入ってきて心地好い雑音を届けてくるのだ。 
「恋愛」の人気作品
書籍化作品
-
-
49989
-
-
4405
-
-
140
-
-
147
-
-
157
-
-
841
-
-
755
-
-
4503
-
-
145
コメント