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私のわがままな自己主張 (改訂版)

とみQ

 昼食を済ませて私達がやってきたのはビブレ一番館の五階。
 流石に土曜日のこの時間。家族なり恋人なり友人仲間なり、様々な人が往来している。
 私自身こんな所に足を踏み入れる事自体が初めてなため、人混みに対する嫌悪感はあったものの、多くの上映映画や映画館独特のこの雰囲気に心無しか浮き足だっていた。


「おー、久しぶりだなー」


「私も! 最近映画とか見てなかったからなあ」


 そう言って若干テンションが高めの工藤と椎名。今更ながらに思った事だがこの二人、結構タイプが似ている気がする。
 椎名は工藤程がさつで荒々しい面は全く持ち合わせていないが何というか何かにつけて示す反応が近しいものがあるように思うのだ。
 今も映画館の中に来るや否や歩行速度が上がり前に出て、一緒になって辺りを見回している。そんな最中さなか椎名が工藤の肩を叩き電光掲示板に出ている映画の一つを指差して何やら楽しそうに話している。それを受けた工藤も何かを呟き一緒になでて盛り上がっているのだ。
 私はそんな二人を見ていてため息をついてしまう。そこで我に帰り、その無意識についてしまったため息を否定するように周りに視線を巡らせた。
 すると不意に横にいる高野の左手の甲が私の右手の甲に一瞬触れた。
 映画館のチケット売場付近は人が多い。自然と距離も近くなり、意図せず体が触れやすい環境となってしまっているのだ。
 それはきっと前を行く工藤と椎名も同じ。そこまで考えて私は雑念を振り払うように咳を一つした。


「やっぱり休日は混んでるね」


 横を歩く高野が呟く。歩くとは言っても殆ど身動きが取れない状況ではあるのだが。


「そうだな。しかも今は丁度話題の映画が公開したばかりで余計なのだろう」


「……君島くんて映画に詳しいの?」


「あ、いや。ただ前知識をと思ってネットで少し検索しておいただけだ。映画なんて高校生になってから初めてだしな」


「私も。小さい頃お母さんと一緒に来て以来だよ」


「そうか」


 高野の言葉に自分の昔の事を思い出しそうになってそこで記憶を探る事をやめた。
 昔の、特に小さい時の事はあまり思い出したくない。
 そうこうしているうちに工藤と椎名の二人が少し先でこっちに来いと手を振っているのが見えた。どうやらチケットはもう購入してくれたらしい。あの二人は行動力もあるようだ。そしてそんな所も似ている。
 私は人だかりでかなり窮屈な合間を縫って二人の元へ向かう。その時少し後ろで「あ……」という声が聞こえた。
 振り返ると人混みに紛れて前に進めなくなっている高野の姿。周りに視線を這わせて申し訳無さそうにしている。


「高野、こっちだ」


 私はそんな彼女の手を取り、自分の方へと引き寄せた。彼女はとても驚いたように私の顔を見たが、私もここまでしておいて今更手を離すのも不親切だと思い、彼女の手を引いて人混みを掻き分け前へと進んでいった。
 鼓動が早まって、自分でも何をしているのかと思ったが、そんなものは後の祭りだ。勝手に体が動いてしまったのだからしょうがない。
 私は高野の小さくて柔らかい手を握り締めながらせめてこの鼓動の音が繋いだ手から伝わってしまわない事だけを願った。
 工藤と椎名の近くに来ると、そこは人がまばらになっている場所だったので私は今の状態を悟られぬようにも然り気無く手を離した。
 高野もその後、何事も無かったかのように振る舞おうとしてくれているのが何となく見て取れた。何となくというのは彼女の顔や耳が若干火照り気味で赤く見えたからそう形容せざるを得なかった。


「遅いぞ! 君島!」


「ああ、悪い。こういう場所に慣れていなくてな」


 工藤は開口一番そんな事を言った。この様子だと先程の事は気づいてはいないようだ。私は内心ほっとして顔を上げると思いの外目の前にいた椎名とばっちりと目が合った。しかし彼女は直ぐに目を逸らすと「じゃ、行きますか」と言って入り口の方へと歩き出した。
 私もそれに倣い再び歩き始める。
 工藤はというと手にしたチケットを高野に渡していた。「ありがとう」と言って受け取る高野。私もと思ったが、工藤の手にはチケットはもう自分の分一枚しか握られていない。まさかと思い椎名の方を見ると、後ろ手に組んだ手に二枚のチケットが収まっていた。
 再び工藤を見ると高野が見えない所で私に向かってあっちへ行けと手を振ってくる。
 私は心臓がドキリとした。
 だがここで私はある種の使命感のような、罪悪感のような、何とも形容し難い感情に心を揺さぶられながら、それでも最後には椎名の後を追い横に並んだのであった。


「椎名」


「ん?」


 彼女はちらと私の方へと視線を巡らす。


「その……チケットをくれないか」


「え? ……あ」


 私の言葉に彼女は少し驚いたように声を漏らし振り返り、立ち止まったかと思うとほんの数秒工藤と高野を見て私の方を見た。


「いいの?」


「あ……何がだ」


 彼女の表情が若干私を試すような眼差しに見えるのは気のせいだろうか。反射的に私は曖昧な返事をしてしまう。だが彼女の発言の意図は熟考を重ねた所で到底私には解り得ないものであっただろう。
 やがて彼女は私の手を自分の手で持ち上げた。彼女のその行動にドキリとしたが、その手は指が細く、艶やかで綺麗だと、そんな感想を抱いてしまった。その指先が手にしたチケットを私の手の平に乗せる。 
 

「君島くんて優しいんだね」
 

 耳元で囁かれた言葉が私の心を不意に鷲掴みにする。時間が止まったように周りの音が聞こえなくなって、妙な清涼感が私の身体を沸々と蝕んだ。

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