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私のわがままな自己主張 (改訂版)

とみQ

 目を開けるといつもの天井がそこにあって、部屋の中が明るい事に若干驚いた。それと同時に携帯のアラームが鳴り起床の時間を告げてくる。
 私自身目覚ましで起きるという事は殆ど無い。今もギリギリではあったが目覚ましの鳴る直前に目覚めた。
 しかしそれ自体も本来ならば珍しい。
 やはり今日が普段ならあり得ない行動を起こさなければならない一日だからだろうか。
 昨日は結局電話を切った後、直ぐには眠る気になどならず、一時間程勉強して就寝しようとしたのだが、それでも目が冴えてしまってそこから恐らく一時間程は寝付けずにいた筈だ。
 いつもとは異なる周期に完全に身体がついていっていない事を自覚しながら私は重い体を無理矢理起こし、先ずは顔を洗う事にした。
 

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 待ち合わせの十五分前に駅に到着。まだ高野は来ていない。来ていない事に安堵し、だが胸の鼓動はどんどん速まっていく。
 このまま一人学校に勉強しに行くというのであればこんな気持ちにはならないというのに。
 私は早くも昨日の自分に後悔し始めていた。
 別に高野の事が嫌いという訳では無い。寧ろ他の女子に比べれば控え目な彼女は無口な私にとって話し易い最良の相手と言えなくも無い。
 だがそんな事は問題では無い。そもそも私はこういった環境自体を望んでいないのだから。いや、寧ろ拒んでいると言ってもいいだろう。
 なのに何故こんな事になってしまっているのか。
 自分でも不思議でならない。
 こんな状態で高野に会って、本当に大丈夫なのだろうか。また彼女の事を傷つけたりしないか。そんな気使いともつかない不明瞭な感覚が頭の中を支配していた。


「君島くん、おはよう」 
 

 突然声を掛けられて私は凄い勢いで振り向いてしまう。案の定高野はびっくりしたようで肩を一瞬震わせた。若干上半身が仰け反っている。何か私も言葉を発しなければ。


「お、おはよう……なのだ」


 私は普段余り作る事の無い笑顔で応対する。何となく、無表情では失礼な気がしたからだ。


「……君島くん。変だよ?」


「はっ?」


 高野の予想外の返しに間の抜けた声を漏らしてしまう。そう呟く彼女は若干むくれているような気がした。


「また気、使ってるでしょ? もう言いって言ったよ?」


「あ……ああ」


 私は高野なりに気を使ってくれた事に驚きながらも曖昧な返事を溢してしまう。何だか高野にはいつも先手を取られてばかりだ。


「じゃあ、今日はよろしくお願いします」


 そう言ってペコリとお辞儀する高野。風に乗って鼻腔にシャンプーのいい匂いが届く。ふわりとしたその甘酸っぱさに私は一瞬胸が痛くなったが、直ぐに我に帰る。


「こ、こちらこそ、よろしくなのだ」


 そう言う私の顔をじっと見つめた後、高野は少しだけ微笑んで、いつものようにちょこちょこした歩調で私の前を歩きだした。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 図書室に到着した私達は向い合わせで席に着いた。
 ここまではせいぜい三十分程の道程。その間私も高野も互いに訥々と会話を弾ませた。弾ませた、というのは語弊があるかもしれない。たが私達にとってはどちらからともなく他愛の無い会話をする、という行為自体が最早弾んでいる、と形容しても差し障りの無い夢のような行為に思えたのだ。それがお互いがお互いを気使ってのものだったとしても。少なくとも私にとっては。
 

 土曜日は図書委員が担当ではなく、図書委員の担当の先生が受け持っている。私たちは軽く挨拶したけれど、先生は特に何も言って来なかった。
 私は正直緊張でどうにかなりそうな瞬間だったのだが、大人にとって同じクラスの同じ委員の男女が休日学校の図書室に二人で来訪するという事は、特に当たり前のような別段特別では無い事なのかもしれない。
 



「高野」


 私は席に着くと高野の名前を呼ぶ。何となく馴れ馴れしいような心持ちがしたが、高野も高野で目と表情だけで返事をしてきた。図書室なので声を落としたい気持ちは分かるが、これもこれで充分馴れ馴れしい、親しい間柄のように思えてしまう。


「昨日言っていた数学の勉強を見てほしいという奴な。先にやろうと思うのだが」


 私がそう告げると高野はにっこりとしながら二度程頷きを返し、鞄の中から数学の教科書と宿題のプリントを引っ張りだした。
 プリントの解けない問題の箇所を指し示し、そこで彼女はピタリと動きを止める。暫く思案している様子で、私は全く要領を得なかった。一瞬目が合って、逸らして、少しだけもじもじしたようにそわそわした後、彼女はやがて意を決したように荷物を移動させ、私の隣に座り直した。
 そこでようやく得心がいった私は何となく今までの挙動で頭に血が昇ってしまう。


「ここ……なんだけど」


 そう言って不意に言葉を発した高野が指し示すのはプリントの三問目以降の部分だった。
 とんとんと指で机を叩く音がして、それと同時に朝駅で嗅いだシャンプーの匂いがふわりと漂ってくる。


「そこか。……うむ」


 私は問題の方に思考を総動員してゆっくりと丁寧に教えていく。最初は少しテンパったが、いざ教え始めると中々どうして自分のペースに引き込めるものだ。
 高野も「ふんふん」とか「う~ん」とか言いながら真剣に宿題に取り組んでいる。教えながら彼女はそこまで勉強が出来ない訳では無いのだと思った。もしかしたら学年で一桁順位とは行かないまでも二桁前半くらいはあるかもしれないと。
 

「……ということになるのだが。ここまでは大丈夫か?」


 ふと顔を上げると目がバッチリと合ってしまう。それだけなら良かったが、正直かなり距離が近かった。流石に少し馴れてきたといっても二人共に慌てて視線を逸らした。
 静かな図書室。カリカリと他の生徒が勉強している音が響いている。陽光が射すこの教室に、時計の針の規則正しい音も聞こえてきた。ちらりと時計に目をやればもう一時間は経っている。


「……もう一時間も経ってるね」


「……そうだな」


 高野も同じ事を考えていたのかと思いつつ、どちらともなく前を向く。


「あの……後は自分で何とかなりそうだから、そろそろ君島くんも自分の勉強に取り掛かって?」


「そうか……ならお言葉に甘える事にしよう」


 高野の言葉に従い、自分の鞄の中から英語のテキストを引っ張り出す。高野も数学のプリントの続きをそのまま再開し始めた。
 二人並んで勉強に勤しみ始める。そこで私はある事に気がついた。


「高野……」


「ん?」


 名前を呼んで直ぐ様振り向く彼女。今日何度目かの鼻腔を甘くくすぐるシャンプーの匂い。私はそこで告げようとした言葉を思い止まった。


「いや、何でも無いのだ。後一時間程にしよう」


「あ、うん」


 そうして再開する二人。私はどうしても言い出せなかった。もう隣同士に座る必要は無いなどという事は。

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