私のわがままな自己主張 (改訂版)

とみQ

 次の日。私は重い足を引きずって学校へと辿り着いた。いつもならば真っ先に椎名と高野が私の所に来ている所だったが、今日に限ってはそんな事も無く普通に席につき鞄を下ろす。周りを見るとどちらもまだ教室にはいないようだった。
 代わりに、といっては何だが工藤が登校してくるや否や私の所に来た。鼻息は荒く、鬼気迫るものがあり、正直一歩引いてしまう。


「君島! 君島! で!? どうなった!?」


「なんだ。やけに嗅ぎ付けるのが早いのだな」


 私は別に工藤に昨日の事は全く話していない。勿論昨日高野に話を持ち掛ける事も。元々話を高野に持ち掛けるかどうかすらおざなりにしていたのだから。
 私のそんな疑問は次の工藤の発言で直ぐに解消された。


「いや。昨日体育館の二階で休憩してたらお前が高野と一緒に帰るのが見えたからよ! さすがの工藤様もピンと来たわけよ! やっぱりお前っていい奴だよなあ。で!? で!?」


 そう言いながら急激に顔を近づけてくる工藤。余りに近すぎて鼻息が顔に掛かりそうで私は顔をしかめた。


「工藤、近いのだが。もっと離れてくれ。」


「うるさい! いい返事を聞くまでは離れねーぞ!」


 意味不明な拷問を受けどうすべきか思案していると、私の元に助け船を出す者が現れた。


「君島くん、お取り込み中の所悪いんだけどちょっといいかしら」


「椎名……」


 私の目の前に突然椎名が現れた。何故か神妙な面持ちだ。流石の私もこれにはある程度の事が察せられた。


「工藤、悪い。話は後だ」


「え?何だよ急に、てか一体どういう……」


「すまん。事情は後で説明する」


 私は私と椎名の顔を不思議そうに交互に見つめる工藤を置き去りにして教室を出ていく椎名の後をついていった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 椎名は私を引き連れて歩く間特に何も話さなかった。
 いつもならごちゃごちゃとうるさい程に話し掛けてくるのに。それが堪らなく胸を苦しくさせた。
 彼女が連れて来たのは教室を出て直ぐの階段を上に登った所。私達の教室があるのは三階なのでここは更に上の階の三年生のいる四階を更に登った屋上と四階の間の部分だ。
 屋上は基本使用禁止なので朝という事もあるが人は誰も来ない。そんな場所までついていくと、そこには高野が待っていた。


「あの……おはよう」


「ああ、おはよう」


 高野は俯き加減で挨拶をくれた。私もそれに倣う。
 昨日の今日で落ち着きを取り戻したかどうかは私には正直良く分からない。何せ私はそんなに高野の事を良く知らない。
 だが今日の朝になって椎名を仲介に話をしようとは思ってくれているのだという事は解る。
 本来ならば無視されても文句は言えないが、それでもこうして再び向き合ってくれる事には感謝すべきなのかもしれない。


「高野、昨日は済まなかった」


 私はとにもかくにも真っ先に昨日伝えそびれた言葉を伝える。何がどうあれ高野を傷つけたであろう事は拭いようの無い事実だ。 


「あ、ううん。私こそ、まるで逃げ出すみたいに帰っちゃって、ごめんなさい」


「いや、高野は何も悪くない。悪いのは私の方であって……」


「ちょっとちょっと。このままだと話が進まなくなるから。とにかく謝るのはこれで終わりにしてさ」


 互いに謝り合う私達の間に椎名が入り込んでくる。
 確かに余りこうしているだけというのも実りの無い話だ。放課後というのであればお互い気の済むまで謝り倒すという事も出来るが今は朝。もう十分もすれば予鈴が鳴って教室へと戻らなければならなくなる。話をするためにわざわざこんな所で落ち合ったのだから椎名の言う事は最もであった。
 しかし、ここに椎名がいるという事は恐らく昨日の事情は把握しているのだろう。昨日の内に電話で連絡でも取り合って事細かに聞いている可能性が高いと思われた。


「で?君島くん。聞きたいのはさ、えっと……昨日のことはどういうつもりなの?」


 椎名が代弁するように話す。高野はというと顔を赤くして俯いたままだ。


「あー……」


 そこで私は言葉に詰まる。事の顛末を全て包み隠さずに話していいものか。それでは工藤が困ってしまうのではないか。
 だが工藤の事はある程度伏せたとして他にどんな言い訳があるというのだ。結局告白するつもりだというのなら、いっその事今ここでバラしてしまっても一緒ではないのか。
 いや、そんな事は無い。本人から直接聞くのと又聞きとでは受ける印象も大きく変わってしまうのではないか。
 そんな事を色々と頭の中で巡らせながら私は答えに完全に詰まってしまっていた。こんな事ならば昨日の内に対策を練っておくべきだった。


「私はっ! ……いや、私達は! その、一度女子と遊びに行くという事をしてみたくてだな!」


「は?……」


 考えに考えた挙げ句、口からついて出た言葉は何とも情けない理由であった。椎名は勿論、高野まで呆けた顔を晒して暫く私の顔をまじまじと見つめている。私自身も茹で蛸のように顔に熱を帯びながら、それでも必死に言い訳染みた言葉をいい連ねていく。


「工藤と話していて女の子と遊びに行くというのはどういうものかと、本当に馬鹿げているとは思っているのだが! 高野や椎名ならもしかしたら付き合ってくれるかもしれないと思ってだなっ!」
 

「……」


 私はもう半分自棄になっていた。二人は黙って口を半開きにしたまま私の言葉に耳を傾けているし、恥ずかしさはかつて無い程の極限状態で。
 自分でももう何を言っているのか何が何やらよく分からなかった。


「だ、だから私としては一番話し易い高野を選んでダメ元で聞いてみたのだが、余りにも緊張し過ぎて中途半端な聞き方をしてしまってな! 本当に昨日は悪かったと思っている! だから昨日の事は無かった事にしてもらって構わないのだ!」


 そこまで捲し立てて私はもう限界だと思い、回れ右をしてつかつかと階段を下りていく。とにかく高野に昨日の事を謝罪する事は出来たのだ。それだけで、もう充分だ。


「君島くんっ!」


 駆け下りていくその途中で背中に高野の声が掛かる。今まで聞いたどんな声よりも大きな声で、一瞬高野では無いかとも思った程だ。だが駆け下りてくる足音はやっぱりいつもの控え目な彼女のそれで、その足音が私の数歩後ろの方で止まる。
 恐らく今高野は私のいる場所の二段程上で佇んでいる。
 彼女の息づかいかすぐ後ろで聞こえる。少し荒い息が整って、緊張感が背中から伝わってくる。
 やがて意を決したような、だがどこか申し訳なさそうな声音の彼女の声が届く。


「あの……私、行くよ?」


 それは私の耳朶に安らかな響きを以て奏でられる子守唄のような包容感を擁して伝えられたのだった。



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