私のわがままな自己主張 (改訂版)

とみQ

 いよいよ月曜日になった。あれから心の中は靄が掛かったように晴れる事は無いが、一応まがりなりにも約束をしたのだから全く何もしないというつもりも無かった。
 放課後。私はホームルームが終わると、トイレに寄った後真っ直ぐ図書室へと向かう。そう思って席を立とうとした所で高野に声を掛けられた。


「あの。君島くん」


 このタイミングで高野の方から声を掛けられるとは思わなかった。私は暫し高野の顔をまじまじと見てしまう。すると彼女は罰が悪そうに目を逸らしその場に佇みながらゆらゆらと揺れていた。


「高野。ど、どうしたのだ?」


 絞り出すように返事をするが、思わず声が裏返りそうになってしまった。高野は私の返事を受けると遠慮がちにぽつぽつと話した。


「あの……今日この後図書室行くよね? その……一緒に行かないかな? ……て思って」


 いつもは別々に向かう私達だったが、今日はどういう訳か一緒に行こうと言う。そんな事を言われて断るのも悪い。そもそも目的地は同じなのだ。距離もそんなに離れていないのだから別に一緒に行く事自体大した問題では無いだろう。
 強いて言えばトイレに行くつもりだったがそれもどうしてもという訳では無い。私は高野からの誘いを受ける事にした。


「……わかった。では行こう」


「は、はい。あの……お願いします」


 律儀にもペコリとお辞儀をされて何だかむず痒くなってしまう。
 心無しか高野も緊張で顔が火照っているように見える。私はそんな高野の表情は気づかないようにして鞄を後ろ手に持ち少しゆっくり目の速度で歩き始めた。すると高野もそれに倣い本の少し後ろをついてきた。
 これでは何だか一緒の行くというより同じ方向に歩いているだけのような気もするのだが。高野はそれでいいのだろうか。
 私は少し立ち止まり高野が横に並ぶのを待った。
 すると彼女は横に並ぶ事はせず、数センチ後ろで止まり、顔を上げて私の表情を得心がいかない顔で見つめる。そこで目が合い私は反射的に目を逸らす。


「いや……せっかく一緒に行くのならば隣を歩いたらどうかとおもってな」


 私は自分で言っておきながらそんな気使いは全く無用だったのではと自覚する。目を逸らしているのて高野の表情は見えなかったが高野はすぐ近くで「あ、うん」とだけ答えると私の隣に並んだ状態で立ち止まった。
 横に並ぶと改めて高野は小さくて甘い匂いがするのだなと思った。女の子というのは皆このように近くにいるといい匂いがするものなのだろうか。椎名とかも。


「あ、では、行くか」


 私は雑念を振り払うように畏まっている高野に声を掛け、ゆっくりと足を踏み出す。
 するとその歩調に合わせるように高野も並んで歩いた。
 ふと窓の外を見やると、陽の光がキラキラと射し込み、私達の肌を白く染め上げていた。
 日差しが余りにも優しい光を讃えていたからだろうか。
 私にしてはとても自然に高野に話を持ち掛けていた。


「高野。今日なんだが……終わってからまた一緒に帰れないだろうか?」


「え!?」


 反射的に私の方を見る高野。驚いて目を見開いている。


「あ、いや! 別に嫌ならいいのだ! な、何となくだから! 気にしないでくれ!」


 自分でも言い訳が言い訳として成立していないとは思うものの、口をついて出た言葉がそれだったのだから最早取り消す事も出来ず、内心焦りまくりであった。
 だが高野はそんな私とは裏腹に、俯き加減で前を見ているかと思うと、静かに呟くように言った。


「えっ……と。うん、大丈夫……です」


 思いの外早く返答され、しかも肯定された事に驚きつつも言い出したのは他でもない自分なのだ。今更取り消すなどという選択肢は無い。


「そ、そうか。分かった」


「う、うん」


 言葉数は少なく、たったそれだけのやり取りをして私達は黙り込む。
 その後の会話は無かったが、お互いやはりかなり緊張していたのだと思う。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 月曜日はやはり忙しい。二人は雑念を混じらせる暇も無く、あっという間に時間になった。
 私達は職員室に鍵を返しに行くと、そのまま並んで下駄箱まで歩いた。
 靴を履き替えると高野は少しもたついてしまっているようで、入り口の所で待っている事にした。
 そんな私を見て小走りで追い付いてくる高野。


「お待たせしました」


「ああ。じゃあ行こうか」


「う、うん」


 私達はまだ昼間のような明るさの残る校庭を二人並んで歩いた。前回一緒に帰った時からそんなに日数は経過していないと思うが、だいぶ日も長くなったものだとふと思う。
 もうすぐ六月。暦の上では夏という事になる。時折吹く風もこんな時間でも一定の温もりを孕んで微かな夏の訪れを仄めかしていた。


「君島くん?」


 暫く無言で歩いてしまっていた。高野が不思議そうな顔で私の方を覗き込んでいる。私は慌てて高野に向き直った。


「あー! 済まない高野。ちょっとどうでもいい事で考え込んでしまってな」


「ふーん……。あの、どんな事考えてたの?」


「いや、別に大した事ではないのだ。もうすぐ夏だなとか日が長くなったとか、そういった他愛もない事だ」


「……そっか」


 私は少し申し訳無い気持ちになった。せっかくの話の切っ掛けが直ぐに終わってしまったり、高野が横にいるのに一人どうでもいい事に想いを巡らせたり。自分から誘っておいて本当に失礼な奴だと思う。


「済まないな。ボーッとしてしまって」


「あ、別に気にしてないよ!? それより何か話があったのかなって」


「あ、そ、そうだな! う、うむ……」 


「……?」


 何とも自然な流れで本題に入れてしまう事に好都合な筈なのに若干の戸惑いを覚えてしまう。相槌も何とも歯切れの悪いものになり、高野の表情に少し陰りが見えたように感じた。
 ここまで来て何も言わないという訳にもいかず、私は意を決して高野に話してみる事にした。


「その……だな。駄目なら断ってくれてかまわないのだが……」


「うん」


「今度近いうちにどこかへ出かけないかと思ってな」


「うん……。……? えっ!? はっ!?」


 私の言葉に少し神妙だった高野の表情が、一瞬にして赤みを帯びていく。そんな高野の様子に私は内心舌打ちした。


「あ、いや! 駄目ならいいのだ! というか断られると初めから思っていたからな!」


 私は胸の鼓動を抑える事が出来ず、顔にどんどんと熱が集中していっているのを感じながら早口で捲し立てる。自分が恥ずかしくて高野の顔も直視出来ない。想像以上にパニックになりながら歩幅は速さを増して大変失礼な事に高野を置き去りにして駅まで辿り着いてしまいそうな勢いであった。


「あのっ! 君島くん!」


 そんな私の背に焦ったように声を掛ける高野。思った以上に後ろから聞こえるその声から、私は彼女から逃げ出してしまったような心持ちになった。私は一種の罪悪感にも似た気持ちから振り返り、高野の次の言葉を待った。


「……はい。よろしくお願いします」


「……は?」


 俯き加減で告げる彼女の言葉が脳裏にストックされていた予想の言葉と全く噛み合わず、暫くその言葉の意味を理解出来ずにいた。


「えと……。行くよ? お出かけ。いつがいいかな。今度の土日、とかかな?」


 そこでようやく事の顛末を理解する。高野は今、行くと言ったのだ。どういう訳か、私からの誘いを受けたのだ。


「い……いいのか? べ、別に断ってくれていいのだぞ?」


 高野の言葉が未だに信じられず、気を使っているのではという疑いすら持ってしまう。


「えっ……と。断った方が……いい、の?」


 そんな私の態度に戸惑い高野の瞳が不安気に揺れる。


「あ、いや! そんな事は無い! その! うれ、しいのだ!」


「え?」


 咄嗟に出た言葉とは言え、私は自分でも何を言っているのかと訳が分からなくなる。慌てて否定しようとも思うが今強くそれを否定してこんな状態で捲し立てて、話をややこしくしない自信が持てなかった。結果口をつぐんで二の句を告げられないでいると、高野はやがて柔らかな表情を作り。


「そっか」


 とだけ言った。

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