私のわがままな自己主張 (改訂版)

とみQ

 中間テストを終えて最初の木曜日の放課後。
 この日は図書委員の活動の日だ。今週の月曜日はというと、中間テストがあったため活動は無かった。
 月曜日は高野との図書室のカウンター業務なのだが、木曜日はそうでは無い。一年生の城之内彰じょうのうちあきらという男子が相方だ。


 城之内は第一印象は高圧的なガリ勉だ。スラッと背は高く、四角い縁無しの眼鏡を掛けているため切れ長の目が隠れておらず、そういう雰囲気に見えるのではないかと思う。髪は短く切り揃えられており、前髪を右にさらっと流しているので清潔感はあるが一度口を開けばけっこう存外な態度だったりするのでかなりお高く止まっているように感じてしまう。常に本を読んでばかりいるので基本は大人しいが、進んで会話をしようとは思わないタイプだ。
 将来の夢は小説家らしく、本を読んでいない時は自前のノートにこれから執筆予定の話のあらすじや設定などを書きなぐったりしている。
 図書委員の仕事は基本的にはやろうとしないので、なぜこの委員会に入ったのかが謎だが、木曜日は基本暇で一人でも回る程度なので、夢に一生懸命な後輩を気使ってほったらかしにしている。
 まあ下手な事を言えば面倒くさそうというのが正直な気持ちではあるのだが。


「先輩。なんだか今日はいつになく暇そうですね。」


 そんな事を考えていると珍しく城之内の方から私に話し掛けてきた。視線は本に向けたままではあったが一体どういう風の吹き回しか。


「ん。まあそうだな。いつもなら勉強でもしている所だが、ちょっと今はそういう気分じゃないのだ」


「へえ……いつも勉強する事しか脳がない先輩が、そういう気分じゃないとか。先輩から勉強を取ったら一体何が残るっていうんですか」


 何故貴様にそんな謂れを受けねばならぬのだとは思いながらも別に喧嘩を売られている訳でも無く、これがコイツの普通なのだろうという事は今までの少ない経験から既に身を以て経験済みであった。
 私は至って冷静に短く「そうだな」とだけ答える。


「……ふーん。では、せっかくなので先輩にこれからの小説の参考にいくつか設問でもして差し上げましょう」


 眼鏡を右手でくいっとやりながら身を乗り出してくる城之内。何だか今日はやけに食いついてくるな。しかしコイツがこんな事を言ってくるとは珍しいものだ。私も特にやる事がある訳でも無く、せっかくなので付き合う事にした。


「まあいい。付き合ってやる。暇つぶしにはなりそうだからな」


「ふん。では行きますよ」


 そして再び眼鏡を手でくいっとやる城之内。どうやらこれがコイツの癖らしい。もっと普通に喋れないのかと思ったが、後々面倒くさそうなのでそれは言わないでおく。


「先輩にとって人を好きになるってどんな感じですか?」


 意外にも城之内の口から出てきた設問とやらは、私の苦手とする恋愛絡みの事だった。内心舌打ちしたが、コイツがそういうのはちょっと、みたいにかわそうとしてはいそうですかとなる筈が無い。まあどちらにせよ私などでは当たり障り無く答える事くらいしか出来そうに無いが。


「……なんだ、恋愛小説でも書くのか?」


「質問に質問で返さないでくださいよ。」


 取り敢えずはぐらかしに掛かろうとするとピシャリとはねのけられた。仕方無い。私は短くため息を吐き出し訥々と答える。


「……そうだな。人を好きになるっていうのは、いつの間にかその人の事を目で追ってしまったり、ちょっとの事でドキドキしたり、ずっとその人の事ばかり考えてしまうような事ではないのか?」


 私がさらりと答えると城之内は食い気味に大袈裟なため息をつき、手を広げて首を横に振った。


「はー……。随分と月並みな答えですね。先輩はもう少し変わった価値観の持ち主だと思っていたんですが……。僕の勘違いだったようですね」


 私にどんなイメージを持っているのか大変興味が湧いたが続けて次の設問が来た。


「……これ以上聞いても何も面白い話は出なさそうですが、もう一つだけ聞いてあげましょう。では先輩、好きな気持ちを相手に伝える時はどうします?」


 そうして眼鏡をくいっとまた上げる。上がった眼鏡は直ぐにまた元の位置に戻っている。その行為に何か意味があるのかと思ったがそれも言わないでおいた。


「伝える……か。それは必ず伝えなければならないのか?そういう前提で答えなければならないのか?」


「伝えないということですか? そういう勇気はないと?」


 再び眼鏡をくいっとやる城之内。心無しか目の端がキラリと光ったように思える。色々気に掛かりっぱなしだが、つらつらと私は自分の見解を述べていく。


「城之内。そもそも好きになったらどうしてその気持ちを相手に伝えなければならないのだ?」


「なぜ? ですか」


「相手をこちらが一方的に好きになり、好きになったからといってその気持ちを相手に伝える、というのはなんだか余りにも自分勝手な事のように思えてな」


 城之内は黙って耳を傾けていた。


「相手が好きだからそれを伝える。一見当たり前の事のように思えるが、私にとってその行為は嫌悪すべき行為だと考える。相手の迷惑も顧みず、ただただ自分の不埒な想いを相手に一方的に伝える事は自分勝手ではないか? 結局自分の身勝手を相手に押し付けて自分が楽になりたい。幸せになりたい。そんな自分の事しか考えていないわがままを私は許容する事など出来ないのだ」


 話しながら私の胸の中はどす黒い闇の色で塗り潰されたように、黒々と吐き気を催すような苦々しさが広がっていた。同時に私は工藤にそんな嫌悪のような思いを抱いていたのかと内心の驚きと違和感を拭いきれず、城之内を前にしているにも関わらず、真剣な顔で黙りこくってしまう。
 そんな私の表情を見て城之内は眼鏡をくいっと上げながらニヤリと笑った。


「……ふむ、なるほど。中々興味深い意見が聞けましたよ。先輩はやはり面白い人ですね」


 そう言ったきり私の方には目も暮れずすごい勢いでノートに何かを書き始める城之内。それきり城之内とは会話らしい会話をする事も無く、図書室の閉まる時間となったのだった。

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