私のわがままな自己主張 (改訂版)
 工藤はそのまま三階の校舎と校舎の間にある渡り廊下まで私を連れてきた。
 空は晴れやかで時折心地いい風が頬を凪いでいく。
 学校の校舎は四階建てだ。二年生はこの階に教室があるのだ。向かいの校舎は図書室や視聴覚室、音楽室や理科室といった教室がある校舎。
 テスト終わりに利用する生徒は少なく、今この場所は人通りも殆ど無い。
 他の者に聞かれたくない話をするには打ってつけだとは思うが裏を返せばそういう話だという事だ。工藤がわざわざそんな話を私にしてくるとは、一体何の話なのだろうか。
「あのー。君島。一つ確認しときたいんだが。」
 工藤は徐に立ち止まり、ゆっくりとした動作で振り向いた。目を逸らし、人差し指で頬を掻いている。
「おまえ、本当に高野と付き合ったりはしてないんだよな?」
 工藤の口からいつかぶりに出てきた彼女の名前に内心ドキリとする。私はそれを悟られないように短く息を吐いて答えた。
「……まだ疑っていたのか? そんな事は無いと言ったであろう」
 不意に先日コンビニでばったり出くわした時の高野の表情が思い出される。大きな声でいきなり名前を呼ばれて驚きもしたが嫌という訳でも無かった。
 一度下校を共にしただけの間柄。言ってしまえばそれだけなのだが工藤の中ではたった一度きりのその逢瀬がとても特別的な事のように感じてしまえているのだろう。人の印象というものは不思議なものだ。
 そして二度も工藤にその話をされた事によって私の中で高野の存在がクラスの中での新密度上位に位置されているようにも感じられるのだから。
「……そうか。でもけっこう仲はいいんだよな? 一緒に帰るくらいだもんな?」
「仲は悪くは無い。だがそうは言っても女子の中では普通に話せる程度の仲だ。それ以上でもそれ以下でも無い。そんなことを聞いてどうする?」
 結局工藤が一体何を言いたいのか解せないままに言われた質問にだけつらつらと答えていく。
 工藤は口に手を当てて常時思案顔である。
「そうか……」
 そう呟いたかと思うといきなり私の手をガバッと握り締める。反射的に仰け反ったが、運動部のキャプテンだけあって簡単に捕まってしまった。
「頼むっ! おまえを親友だと見込んで! 高野とデートの約束を取り付けてくれないか!?」
「……は? ……」
 いきなりの事で頭がついていかない。工藤の顔がやたらと近い。
 私は内心困惑し、間抜けな声を返したままその場に固まってしまった。
 当の工藤はというと、そんな私の心境など知りもしないという風に二の句を告げていく。
「俺っ、高野のことが好きになっちまったみたいなんだよ!君島! 頼む! 手を貸してくれ!」
 尚も私の手を取り凄い勢いで頼み込んでくる工藤。私も慌てふためいたがこんな短期間でどうしてそんな事になったのかその経緯が全く想像出来ない。
「いや、待て待て。なんでいきなりそんな事になったのだ」
「いや、だからっ……」
 聞いてみると、事の成り行きはこんな感じだ。
 昨日のテストの合間の休み時間、工藤がトイレに行った際、女子トイレから出てくる高野とうっかりぶつかってしまった。
 その拍子にもつれ合い二人共倒れをしてしまう。高野はその時眼鏡を落とし、工藤は近距離で高野の素顔を目撃。どうやらその素顔に心を奪われたのだとか。
「初めて素顔を間近で見たんだけど、え? 誰だよってなってさー。その時こう頭からズキューンと稲妻が走ったわけよ! アイツ実はすんげーかわいいのなっ! しかもけっこう柔らかくてっ! いい匂いでさっ……」
「ちょっと待て! それ以上はもう言わなくていい!」
 どんどん発言がエスカレートしてきたので思わず静止した。
 これ以上工藤の話を聞いていると胸焼けを起こしそうだ。
 工藤もそこでようやく居住まいを正して私の方に向き直る。
「と、とにかくだ! 俺は高野とそんなに面識がないからさ、共通の知り合いのお前が間を取り持ってくれないかって話だ」
「いや、どうして私がそんな面倒な事をしなければならないのだ。大体高野はそんなに面識のないお前といきなりデートなんて行くわけがない。まずは高野と普段から仲良くなる所からではないのか?」
 高野は私の目から見てそんなに男の誘いにほいほいついていくようなタイプでは無い。
 それがただのクラスメート程度の仲ならば十中八九戸惑うに違いない。
 戸惑うだけならまだいいが、ドン引きして逃げ出してしまうかもしれない。そうなればこの先まともに口を利く事も難しくなるだろう。
「それはそうかもしんねーけどよ。俺はもっとスパスパッとだな……あー、じゃあわかった!最初は三人で行こーぜ!あ、なんならもう一人女の子誘ってさ、高野は確か椎名と仲が良かったよな! 四人でダブルデートなら文句ねーだろ!?」
「は? ……」
 一瞬何を言っているのか言葉の意味を理解しかねた。話が飛び火し過ぎてコイツの発想力を噛み砕くよりも頭がその未来を思い描く事を拒否して思考が停止しそうだった。 
「おーい。君島さーん。聞いてんのかー?」
 工藤は半ば放心状態の私の頬をぺしぺしと叩いて平然としている。コイツの頭の中は遠慮や気を使うといった類いの思考が欠如しているのか。
 私は首を振り、思い切り否定の句を告げる。
「だ、駄目だ! 絶対に駄目だ! 誘った所で行けることになどならないだろう! とにかくもう諦めてくれ。私では役に立てないのだ!」
 全力で否定するが、それでも工藤は引き下がらなかった。
「なー! 頼むよー! 君島! お前だけが頼りなんだ! 一回誘うだけでいいから! それでだめなら俺も諦める! なっ!? この通りっ!!」
 私を拝み倒し、両肩を掴んではグイグイと前後に激しく揺さぶられる。下手な子供より質が悪い。これは大きなクソガキだ。
 
「……いや、流石に無理だ。私には厳しすぎる。済まないが、諦めてくれ」
 声を振り絞るように呟き難色を示す私を見て、流石に工藤もこれ以上は厳しいと思ったのだろう。肩を掴む両手を私から離して距離を取った。
「……そっか。まあそうだよな。……分かった。君島、無理言ってすまなかったな。今のは忘れてくれ」
 それだけ告げて去っていく工藤。その寂しそうな後ろ姿を見送って私の心はズキリと鋭い痛みを生じる。都合良く使われているのは分かっている。だが本当にそれでいいのか。せっかく自分を頼ってくれている工藤の気持ちを無下にしてしまって。
「工藤!!」
 何故彼の名前を呼んでしまったのか。このまま見送ればいいものを。だが私は呼んでしまった。去って行こうとする工藤の背中に向けて。声を掛けてしまった。
 当然振り向く工藤。黙って私の顔をじっと見ている。次に私が告げる言葉を律儀にも待ってくれていた。
「……今度の図書委員の時、二人で話せる機会が訪れる。その時その話を持ち掛けられたらしてみる」
「え……マジかよ? いいのかよ?」
「だが期待はしないでくれ。もしかしたら切り出せなくて結局言えないかもしれない。上手く切り出せても恐らく断られるだろう。それでも了承出来るというのであれば」
「……ああ。分かった。恩に切るぜ! 君島!」
 そう言って握り拳を私の方に向けて、今度こそ工藤は校舎の中へと消えていった。
 こんな事を約束して本当に良かったのだろうか。
 万が一行く事になんかなったらどうするのか。
 そもそもどうしてわざわざ呼び止めてまでそんな事を言ってしまったのか。
 次から次へと湧いてくる疑問符達はそれでも胸を締め付けるばかりでは無かったのだ。
 この感情の正体は私にも解らない。だから私は絶対にそれを認める事などしない。
 時間の区切りを告げるチャイムが鳴り、自然と思考が現実へと戻される。
 私はまるで地面と一体化してしまったのではないかと思う程に重苦しい足を引きずるように踏み出して下校へとついた。
 空は晴れやかで時折心地いい風が頬を凪いでいく。
 学校の校舎は四階建てだ。二年生はこの階に教室があるのだ。向かいの校舎は図書室や視聴覚室、音楽室や理科室といった教室がある校舎。
 テスト終わりに利用する生徒は少なく、今この場所は人通りも殆ど無い。
 他の者に聞かれたくない話をするには打ってつけだとは思うが裏を返せばそういう話だという事だ。工藤がわざわざそんな話を私にしてくるとは、一体何の話なのだろうか。
「あのー。君島。一つ確認しときたいんだが。」
 工藤は徐に立ち止まり、ゆっくりとした動作で振り向いた。目を逸らし、人差し指で頬を掻いている。
「おまえ、本当に高野と付き合ったりはしてないんだよな?」
 工藤の口からいつかぶりに出てきた彼女の名前に内心ドキリとする。私はそれを悟られないように短く息を吐いて答えた。
「……まだ疑っていたのか? そんな事は無いと言ったであろう」
 不意に先日コンビニでばったり出くわした時の高野の表情が思い出される。大きな声でいきなり名前を呼ばれて驚きもしたが嫌という訳でも無かった。
 一度下校を共にしただけの間柄。言ってしまえばそれだけなのだが工藤の中ではたった一度きりのその逢瀬がとても特別的な事のように感じてしまえているのだろう。人の印象というものは不思議なものだ。
 そして二度も工藤にその話をされた事によって私の中で高野の存在がクラスの中での新密度上位に位置されているようにも感じられるのだから。
「……そうか。でもけっこう仲はいいんだよな? 一緒に帰るくらいだもんな?」
「仲は悪くは無い。だがそうは言っても女子の中では普通に話せる程度の仲だ。それ以上でもそれ以下でも無い。そんなことを聞いてどうする?」
 結局工藤が一体何を言いたいのか解せないままに言われた質問にだけつらつらと答えていく。
 工藤は口に手を当てて常時思案顔である。
「そうか……」
 そう呟いたかと思うといきなり私の手をガバッと握り締める。反射的に仰け反ったが、運動部のキャプテンだけあって簡単に捕まってしまった。
「頼むっ! おまえを親友だと見込んで! 高野とデートの約束を取り付けてくれないか!?」
「……は? ……」
 いきなりの事で頭がついていかない。工藤の顔がやたらと近い。
 私は内心困惑し、間抜けな声を返したままその場に固まってしまった。
 当の工藤はというと、そんな私の心境など知りもしないという風に二の句を告げていく。
「俺っ、高野のことが好きになっちまったみたいなんだよ!君島! 頼む! 手を貸してくれ!」
 尚も私の手を取り凄い勢いで頼み込んでくる工藤。私も慌てふためいたがこんな短期間でどうしてそんな事になったのかその経緯が全く想像出来ない。
「いや、待て待て。なんでいきなりそんな事になったのだ」
「いや、だからっ……」
 聞いてみると、事の成り行きはこんな感じだ。
 昨日のテストの合間の休み時間、工藤がトイレに行った際、女子トイレから出てくる高野とうっかりぶつかってしまった。
 その拍子にもつれ合い二人共倒れをしてしまう。高野はその時眼鏡を落とし、工藤は近距離で高野の素顔を目撃。どうやらその素顔に心を奪われたのだとか。
「初めて素顔を間近で見たんだけど、え? 誰だよってなってさー。その時こう頭からズキューンと稲妻が走ったわけよ! アイツ実はすんげーかわいいのなっ! しかもけっこう柔らかくてっ! いい匂いでさっ……」
「ちょっと待て! それ以上はもう言わなくていい!」
 どんどん発言がエスカレートしてきたので思わず静止した。
 これ以上工藤の話を聞いていると胸焼けを起こしそうだ。
 工藤もそこでようやく居住まいを正して私の方に向き直る。
「と、とにかくだ! 俺は高野とそんなに面識がないからさ、共通の知り合いのお前が間を取り持ってくれないかって話だ」
「いや、どうして私がそんな面倒な事をしなければならないのだ。大体高野はそんなに面識のないお前といきなりデートなんて行くわけがない。まずは高野と普段から仲良くなる所からではないのか?」
 高野は私の目から見てそんなに男の誘いにほいほいついていくようなタイプでは無い。
 それがただのクラスメート程度の仲ならば十中八九戸惑うに違いない。
 戸惑うだけならまだいいが、ドン引きして逃げ出してしまうかもしれない。そうなればこの先まともに口を利く事も難しくなるだろう。
「それはそうかもしんねーけどよ。俺はもっとスパスパッとだな……あー、じゃあわかった!最初は三人で行こーぜ!あ、なんならもう一人女の子誘ってさ、高野は確か椎名と仲が良かったよな! 四人でダブルデートなら文句ねーだろ!?」
「は? ……」
 一瞬何を言っているのか言葉の意味を理解しかねた。話が飛び火し過ぎてコイツの発想力を噛み砕くよりも頭がその未来を思い描く事を拒否して思考が停止しそうだった。 
「おーい。君島さーん。聞いてんのかー?」
 工藤は半ば放心状態の私の頬をぺしぺしと叩いて平然としている。コイツの頭の中は遠慮や気を使うといった類いの思考が欠如しているのか。
 私は首を振り、思い切り否定の句を告げる。
「だ、駄目だ! 絶対に駄目だ! 誘った所で行けることになどならないだろう! とにかくもう諦めてくれ。私では役に立てないのだ!」
 全力で否定するが、それでも工藤は引き下がらなかった。
「なー! 頼むよー! 君島! お前だけが頼りなんだ! 一回誘うだけでいいから! それでだめなら俺も諦める! なっ!? この通りっ!!」
 私を拝み倒し、両肩を掴んではグイグイと前後に激しく揺さぶられる。下手な子供より質が悪い。これは大きなクソガキだ。
 
「……いや、流石に無理だ。私には厳しすぎる。済まないが、諦めてくれ」
 声を振り絞るように呟き難色を示す私を見て、流石に工藤もこれ以上は厳しいと思ったのだろう。肩を掴む両手を私から離して距離を取った。
「……そっか。まあそうだよな。……分かった。君島、無理言ってすまなかったな。今のは忘れてくれ」
 それだけ告げて去っていく工藤。その寂しそうな後ろ姿を見送って私の心はズキリと鋭い痛みを生じる。都合良く使われているのは分かっている。だが本当にそれでいいのか。せっかく自分を頼ってくれている工藤の気持ちを無下にしてしまって。
「工藤!!」
 何故彼の名前を呼んでしまったのか。このまま見送ればいいものを。だが私は呼んでしまった。去って行こうとする工藤の背中に向けて。声を掛けてしまった。
 当然振り向く工藤。黙って私の顔をじっと見ている。次に私が告げる言葉を律儀にも待ってくれていた。
「……今度の図書委員の時、二人で話せる機会が訪れる。その時その話を持ち掛けられたらしてみる」
「え……マジかよ? いいのかよ?」
「だが期待はしないでくれ。もしかしたら切り出せなくて結局言えないかもしれない。上手く切り出せても恐らく断られるだろう。それでも了承出来るというのであれば」
「……ああ。分かった。恩に切るぜ! 君島!」
 そう言って握り拳を私の方に向けて、今度こそ工藤は校舎の中へと消えていった。
 こんな事を約束して本当に良かったのだろうか。
 万が一行く事になんかなったらどうするのか。
 そもそもどうしてわざわざ呼び止めてまでそんな事を言ってしまったのか。
 次から次へと湧いてくる疑問符達はそれでも胸を締め付けるばかりでは無かったのだ。
 この感情の正体は私にも解らない。だから私は絶対にそれを認める事などしない。
 時間の区切りを告げるチャイムが鳴り、自然と思考が現実へと戻される。
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