私のわがままな自己主張 (改訂版)

とみQ

 その後、高野とはまもなく駅に着き、隣の魚住駅までは一駅の道程であったが、お互いにポツリポツリと他愛も無い言葉を交わしたような気がする。正直な所高野との電車での距離や視線が合う合わないなどというような事ばかり考えてしまって話に集中出来たとは言い難かった。最寄り駅では反対方向だったので駅でさよならする事になりどっと疲れが押し寄せたものだ。
 次の日学校に来て妙に意識するかとも思ったが特に変わった様子も無く、お互いにいつも通りの振る舞いとなっていた。
 クラスでは特に会話をするような事も無いので、恐らく次に話すのはまた来週の図書委員会の活動日になるだろう。


 椎名の方はというと、全くいつも通りで、何か悩んでいる様子もない。まあ何かしら悩みがあるからといっていつも私は悩みがありますというような顔をしている人などそういないとは思うが。
 綾小路も今日は椎名に話し掛けている様子も見受けられなかった。やはりそこまで深刻な話でも無いように思える。
 私は少し寝不足な目を擦りながら窓の外へと視線を巡らす。今日は良い天気だ。こんな陽気ならばさぞかし睡眠も捗るだろう。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 午前中の中休み。惰眠を貪る私の席に近づいて目の前で止まる足音が一つ。このがさつな感じ、椎名という事は無いな。


「よう君島! 今日も相変わらず無表情だな!」


 むくりと眠い目を擦りながら起き上がる。そこには暑苦しい男が私を見下ろしていた。暑苦しいというのはただの私の主観でしか無いが。何故か腕を組んでどや顔で私を見ている。


 このいきなり失礼極まりない発言をした男は工藤淳也という。同じクラスで新学期が始まった時、一つ後ろの席だった男だ。
 誰にでも物怖じせず話しかけてくるタイプで、席が近かったため話をする仲になってしまった。
 制服も着崩し、髪は長めで少しツンツンしている。某バスケ漫画の誰かを意識しているとか以前言っていたか。全体的にだらしない印象を受ける。
 まあ辛辣に述べてしまいはしたが、どこか憎めない所もあり、嫌いになれない奴だ。
 そもそもこんな私に気軽に話し掛けてくるくらいなのだ。
 そんな奴は私の学力が目当てなだけの小間使いに利用してくる輩か、単なるアホくらいしかいないだろう。


「いきなりなんなのだ。工藤も相変わらずアホ面だと思うが」


「いやいや! 失礼なやつだな!」
 

「……無表情も随分と失礼だとは思うが。まあいい。一体何のようだ」


 工藤は無駄に高いテンションで絡んでくる。正直たまに、いや、かなり面倒くさいのだ。なので長くならないよう早いとこ用件を聞き出した方が身のためだ。


「あ? あー。そうそう! 君島!」


 工藤は組んでいた腕を解いた。そしてつり目な瞳を妙に輝かせている。その素振りで私は大体の事は察する。


「ふう……お前も輩の方か」


「あ? 何のことだよ。やからの?」


「断る」


 私は短くため息をついて窓の外を見やる。本当に相手にしておれん。


「え!? はっ!? 俺まだなんも言ってないけど!? 」


「来週中間テストだからノートを見せてほしいのだろう?」


 戸惑いの色を見せる工藤に彼の意図を言ってやると完全に図星だったようでピタリと動きが止まる。


「おまえ……ヤバいな……」


「大体お前は学生の本分を何だと思っているのだ。授業中起きている事の方が珍しいではないか」


 私も余り偉そうな事は言えた義理では無いが私が眠る授業を選んでいるのに対して工藤は教科に関わらず常に教室では爆睡だ。
 そんな奴には一度痛い目を見させてやらんと今後本人の為にものらないのだ。


「いやー。面目ない。俺今部活のことで頭が一杯でさ。レギュラーどうしても取りたくてよ。まあ来年ももちろんチャンスはあるんだけど、今年も何とかなりそうってなったらやっぱり試合出たいじゃん?」


 頭をポリポリ掻きながら申し訳なさそうに話す工藤。工藤はバスケ部に所属しており、毎日放課後になると速攻で教室を出ていく。朝や昼も基本教室にいない所を鑑みるに常にバスケットの練習で忙しいのだろう。
 しかもバスケットは相当体力のいるスポーツだ。真面目に授業を受けようとしても睡魔が襲ってきてしまうのは経験の無い私でも頷ける所だ。
 

「頼む! 君島! 今回は力を貸してくれ!!」


 黙りを決め込んでいる私に、追い討ちのように両手を顔の前で合わせて尚も食い下がってくる。私は再び短いため息をついた。


「……今回だけだぞ。それとこれとは別問題なのだからな。期末の時は自分で何とかしてくれ。とりあえずコピーを持ってきてやるから明日まで待つのだ」


 私の言葉に一瞬呆けたような表情を見せたかと思うと次の瞬間、その場で大きく飛び上がる工藤。


「いよっしゃあっっ!!!」


 勢いつきすぎて天井に腕が当たるかと思った。
 周りの皆も何事かと一瞬工藤の方を向いて注目していた。正直勘弁してほしい。不意にこちらを見ている椎名と一瞬だけ目が合った。勿論すぐに逸らしはしたが。


「うぇいっ!! 恩に切るぜ! それでこそ親友だ!」


 そう言って私の両手を力一杯握り締めてくる工藤。
 出会って一ヶ月そこそこで親友になった覚えは無かったが、長くなりそうなのでここはスルーしておく事にする。
 もう既にかなり面倒くさいしな。
 私は工藤の手を振りほどき、窓の外に目を向けようとしたその矢先の事であった。


「あー、それとさ。おまえって高野と付き合ってんのか?」


「ぶはっ!!!」


 流石の私も工藤からそんな言葉が出てくるとは思いもよらず、盛大に吹き出してしまった。


「う、うわー。そんなあからさまな反応を見せてくれるとは。中々初やつだな。」


 余りにも私が過剰に反応し過ぎたせいか、いや、工藤が無駄に五月蝿いせいか。周りがこちらを必要以上に気にしているような心持ちになる。ちらりと見やると椎名も高野もこっちを見ているではないか。


「ち、ちょっと待て。どうしてそうなる。別に私と高野はそういう関係ではないぞ。」


 私は内心冷や冷やとさせられながらも、工藤の首根っこを引っ掴み声を落として話した。


「いててっ、ちっ、痛いっつの! そうムキになるなよ。昨日バスケの練習が終わって体育館裏で水飲んでたら、ちょうど二人が歩いて帰るところが見えたからさ、そう思っただけだよ」


「……」


 成る程。確かに昨日の帰り際、校内の生徒はまだチラホラ残っていたし、帰り道にも同じ学校の生徒はいた。誰か知り合いに見られていてもおかしくはないという事か。そういう可能性は想定していなかった。迂闊だった。少し考えれば分かりそうなものなのに。それだけ昨日の私は自分で思っている以上にテンパっていたらしい。
 しかしよりによってこのお調子者に見られるとは、不覚である。


「まあいい。とにかく私と高野はそういう関係ではない。一応言っておくがこの事は誰かにベラベラと言い回るのでは無いぞ?高野に迷惑が掛かってしまう。」


「ばーか。さすがに俺もそんなことはしねーよ。友達困らせてどどーすんだっての」


「……」


 私は言葉を詰まらせてしまう。何というか。コイツはかなり天然なのかもしれない。ナチュラルにそんな台詞を言って恥ずかしくは無いのだろうか。
 本人に自覚は無いようなのでそこには敢えて触れないでおく事にする。
 しかし工藤が持ち出してきたこの件にあっさりと引き下がってくれるようで私はほっと胸を撫で下ろす。そういった色恋沙汰を面白がって周りに吹聴するタイプかと思ったが、別にそういう訳では無いらしい。私はほんの少し工藤に対する認識を改めた。


「しっかしお前ら仲良かったんだな」


 その感想は最もだ。年頃の男女が共に下校するなど相当の親密さが無いと起こり得ないと考えるのが普通だ。


「いや。小、中、高と同じ学校で、今は同じ図書委員というだけだ。一緒に帰ったのも昨日がたまたまで、初めてだ」


 私としてはこの話は早く終わりにしたかったので、少し早口になりながら答える。
 丁度それと同時に始業のチャイムが教室に鳴り響く。次の授業は現代文。チャイムとほぼ同時に先生が教室に入ってくる。


「ふーん、そっか。まあいいや。とにかくノートの件、頼むな?」


「あ、ああ。そうだな。了解した。」


 そう言って、工藤は自分の席へと戻っていった。
 私は話が深掘りされなかった事に安堵の息を漏らしていた。というか、めちゃくちゃ疲れた。


「……ふう」


 危なかった。という感想が口をついて出そうになる。いや、実際別に何もやましい事は無いのだが、そうやって改めて突っ込まれると相当恥ずかしいものだと実感させられる。
 不意にちらと横を見ると、授業も始まるというのにこちらを見ていたようで、椎名と高野と順番に目が合った。
 椎名は満面の笑みで手を振って、高野はペコリとこちらにお辞儀してきた。


 私は別に何もやましい気持ちなど無い。

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