私のわがままな自己主張 (改訂版)

とみQ

 暦の上では春。まだまだ朝晩は冷えて中々衣替えには踏み出せないでいる五月も半ば。
 私、君島隼人は一年生の頃から図書委員会に所属している。
 元々運動はそこまで興味もなかった。子供の頃から一日中家の中で過ごしたり、本を読んだりして過ごす事も少なくは無かったものだから、こういった場所での活動が性に合っている気がしたのだ。
 ここでの活動は週に二回。
 図書室の本の貸し出しや返却の手続きをする役割と図書室の戸締まりや清掃を受け持つ以外は特に大きな仕事も無く、空いた時間に好きな本を読んだり、参考書を眺めていても何もお咎め無し。 
 私にとっては居心地のいい空間であると言える。
 そして本日、週明けの月曜日が私の当番の日となっている。ちなみにもう一日は木曜日だ。


 放課後全ての授業を終え、ホームルームの後、用をたし図書室にやって来ると、早くももう一人の当番の相手が来ていた。


「いつも早いのだな、高野は」


「あ、うん。こんにちは」


「ああ。こんにちは」


 軽く挨拶。こういう所は礼儀正しい、と言えるだろうか。
 二年生から同じクラスメイトになった高野美奈だ。
 高野は元々小柄な体躯でいつも俯きがちなのも相まって、本来以上に小さな女の子に見える。
 背中まで届く長い髪はいつもゴムで後ろで一つに纏められており、女の子特有の清潔感がある。
 スカートが膝が隠れるくらいの長さである事や、中学生くらいからだったか、眼鏡をかけているのもあって私がこう形容するのも何だが全体的に地味目な印象を受ける女の子だ。
 とは言っても人と好んでコミュニケーションを取らない私としては、これくらいの子の方が緊張せずに話せる。
 向こうも向こうで無理に話しかけようとしてきたりする事も無く、基本無口な私が一緒の空間の中で二人きりになったりしても自然としていられる数少ない女子だ。
 何より小中高と同じだったので、そこまで接点があった訳では無いが、お互い昔から顔見知りだという事も大きい。


「あの、君島くん。同じクラスなのに、いつも先に行っちゃってごめんね。どうせなら、あの、一緒に行けばよかったかな?」


 特に深い意味は無かったのだが、私が言った早い、という部分を変に気にしてしまったようだ。


「いやいや、別に気にしなくていい。それにいつもここに来る前にトイレに行く習慣がついていたりするので、男子トイレの前で高野を待たせるわけにもいかないしな」


「え!? そうだったんだ! あのっ……ご、ごめんなさい! あたしったら、何言ってるんだろうね! う……あ、うう……」


 途端に顔を真っ赤にして謝り出す高野。理由づけがまずかったか。ここは嘘でも他の理由にしてやった方が高野に恥ずかしい思いをさせずに済んだものを。私はこういった自分自身の気の利かなさを反省した。


「いやいや、気にしないでくれ。私も変なことを口走ってしまったて済まない。とにかく、仕事に取り掛かろう」


 そう言って、図書委員会の作業に移ろうとする。とは言ってもまだカウンターに人は来ていないので、特にやる事も無いのだが。それでも席について前を向くだけでも気持ちを切り換えるには十分だったりするものだ。


「あ、そう……だね」


 高野も私に続いて隣の椅子に腰を下ろす。
 今日は変にやり取りを重ねてしまったが、やはり慣れない事はするものでは無いなと思い直す。
 そうして二人はようやくカウンターの席へと腰を下ろしたのだった。


 月曜日は週初めということもあり、一週間の中でも、貸し出した本の返却が最も多くなる。貸し出し自体は一週間あるのだが、土日に読んだ本を返却してまた借りていくという生徒が多いからだ。


 あれから少しして本の返却と貸し出しの生徒がぱらぱらと現れ始めた。結果二人のうちどちらかは何かしらの作業をしている状態が続いていて始めの気まずさも気にしている余裕もなく一時間程が経った。
 今頃になってようやく利用者の数も落ち着いてきて、一息つける頃合いとなった。


「ふう・・・。やっぱり月曜日はそれなりに忙しいな。のんびり本も読んでいられない」


「そうだね。でもわたしはせっかくの委員会の活動時間だから、のんびりと過ごすのも好きだけど、多少は忙しい方が、やってますって感じがしていいけどな」


 何とは無しに独り言のように言った言葉だったのだが、律儀に高野がそれに返してくれた。
 私もそこで何も返さないというのは気が引けたので会話を続けようと考える。一度椅子を前に引いて深く座り直した。


「そうなのか。高野は真面目なのだな」


 視線は図書室の静謐な空間に向けたまま、呟くように声を発する。窓から射し込む明かりは少し赤みが差していた。我ながら何とも気の利かない、会話を広げづらい物言いだと、言った側から猛省する羽目になる。こんな事ならやはり沈黙を貫いた方がましだったのではないかと思う程だ。


「そう……かな」


 ふと目の端に映る高野の頭が揺れた。彼女も椅子に座り直したらしい。が、何とも気まずい間が二人の間に満ちているように感じてしまう。今にして思えば真面目という言い方は何となく棘があったのではないだろうか。
 ちらと高野の方を見やると、若干彼女の顔が下向きのような気がして、私は不味い事を言った気分になった。


「あ、もちろんいい意味でだぞ。私などは運動部などと違って暇に過ごしながら内申点を稼げるとか、ついでに勉強したり本を読んだり出来るとか、そういう怠けた不純な理由から図書委員会を選んだようなものだったからな」


 若干早口になりながらも今度はまともに返答出来たと我ながら思う。
 私は何故か妙の緊張感を感じながら高野の次の言葉を待った。


「そう……なんだ。君島くんは私なんかと違って、勉強もできるし、全然そんなことないって思ってたよ?」


 高野の顔がこちらを向く。そこで初めていつの間にか私も自然と高野の方を向いていた事に気づく。
 私の目に映った高野の表情は、思っていたよりもずっと力が抜けて、穏やかなものだった。少し朱が差しているように見える女の子の艶やかな頬とは綺麗なものだなどと自然に頭に浮かんだ言葉を不意に口に出してしまいそうになり流石にその言葉は慌てて飲み込む。そんな事を口走ってしまえば今の空気は先程の気まずいものに逆戻りしてしまうだろうから。
 しかし私は彼女はもっと人と話す事が苦手な子なんだろうと思っていたものだからそれは少し意外であった。
 そんなだからか。私も自分では気づかない内に普段より饒舌になっていたのだろう。


「いやいや、それは買い被り過ぎというものだ。……そう言えば高野はどうして図書委員会に入ったのだ?」


 何の気は無しにそんな事を聞いてしまう。が、それがいけなかった。高野の表情は穏やかなそれから一瞬にして固まり、時が止まったようになってしまったのだ。


「え!? ……そ、それはっ! 秘密……です」


 普通の質問をしただけだったのだか、何故か答えてはくれなかった。
 しかも若干耳が赤い気もするのだが……。
 何か不味い事でも聞いてしまったのだろうか。


「あ、もうこんな時間だね。じゃあわたし、返却された本を棚に戻しに行ってくるから!」


「あ、ああ。頼む」


 そう言って高野は本を持って棚の方にそそくさと行ってしまう。
 一体何だったのだろうか。せっかくいい雰囲気で話せていたと思ったのに。
 疑問に答えは見いだせないまま、暫く彼女の後ろ姿を眺めてしまっていた。彼女はキョロキョロと本と棚を見比べながら、一生懸命本を棚に仕舞っていく。その姿は彼女の真面目さが見て取れて好ましく思える。
 ふと私も仕事をしなければならないという考えに行き当たった。
 こんな所でぼうっとしている場合では無い。足に力を入れて立ち上がった私はカウンター内の整理を始めた。



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