【電書化】運命のイタズラ電話に甘いおしおきを

水田歩

ひきこもりは途方にくれる7

「今の灯里さんは不治の病にとっくにかかっている人に『かからないで!』と言ってるようなものかしらね」

 自分もかつてその病にかかっていた。
 灯里はその病から逃げ出して、今は別の病に怯えている。

「蒼人は手遅れってことですか」

 灯里が泣き笑いの顔で訊ねると、陽子はふうとため息をついてみせた。

「そうなの。治らないと知りつつ、そばにいるか。治らないと諦めて離れるか」

 物事はシンプルなの、と陽子はもう一度言い。
 ここは恋愛学のテストで出ますからね。
 冗談ぽくつけたした。

 灯里はちょっと気が楽になった。

「なんで、あの人達そんなに海が好きなんでしょう」

 灯里は自分も人魚だと思い込んでいたことを棚に上げて愚痴る。

 それはね、と陽子はさも重大な秘密を告げるように口を開いた。
 灯里は我知らず、ごくんと唾液を嚥下した。

「刷り込み、かしら」

 あっけらかんとした言葉に灯里はずっこけそうになった、
 真剣に聞いた分、肩透かしを食った思いだ。

 あの男達は女の腹からではなく、海から生まれたと信じ込んでいるの。
 船を揺籠にして、赤ん坊のうちから海に浸かってきたものだから、海水をお乳がわりにたくさん飲んできたのよ。

「海野家の男たちの血管にはね、海水が流れてるの」

 パチクリ。
 灯里の瞬きはそんな音を発したかもしれない。

 陽子は至極真面目な顔で言う。

「賭けてもいいわ」

 陽子の言葉に灯里は笑ってしまった。

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