【電書化】運命のイタズラ電話に甘いおしおきを

水田歩

誤解と怒りと運命の人〜蒼人視点〜

 見合い当日、蒼人は十時にはオールドホテルに到着していた。

 兄の指示通りフロントへ名前を伝えれば客室に通された。

 そこには兄が言っていたスーツが用意されている。

 着替えてみた。
 毎年、正月明けには兄が差し向けた服屋が採寸にくる。

 使うことがないからいつも実家に届けてもらっている。  
 今年も採寸してはあったが、実物を見ないまま実家に送りつけておいたのだが。

 手縫いのワイシャツも深い藍色に近いスーツも、首周りや肩、腕も着心地がいい。

 手縫いの靴とイタリア製のシルクのネクタイを締めれば、鏡に映った己は我ながらノーブルだ。

 灯里に見せたい、と思う。

「今日、灯里がここに来なければ見せに行こうかな」

 兄の言葉に乗せられて、こんなところにきてしまった自分は馬鹿だと思う。

 断って、すぐに灯里のもとへ行けばよかったのだ。

「そしたら、今ごろ灯里を腕の中に抱きしめていたのに」

 けれど、昨晩蒼人が何回連絡しても彼女は返事一つ寄越さず、既読すらつかなかった。

 灯里を信じている。
 彼女の目にも態度にも自分への恋慕が見てとれる。
 そんな彼女がうかうかとこの場に来るはずがない。

 半分は兄が企画した茶番だと思っているが、半分は灯里を疑ってしまっている自分がいる。

 灯里は来ない、来ないでくれと切実に思う。

 ふと、窓の外を見れば振袖姿の女性が渡り廊下を歩いてくる。

 灯里だった。

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