【電書化】運命のイタズラ電話に甘いおしおきを

水田歩

御曹司との見合い6

「……とはいうものの」

 はあ。 
 ため息をついてしまう。
 お見合いなんて気が重い。

 大体、なにを着ていけば良いのだろう。
 メイクは自分でできるとして、新しい洋服を買うのは結構な痛手だ。

 かと言って、蒼人とデートするために着た服も嫌だ。
 知らない男との記憶で恋しい人とのデートの記憶を上書きしたくない。蒼人にもらった服なんて、言わずもがな。

「灯里さん、どうしたの」

 ケアハウスの住人の一人、陽子に話しかけられた。

「すみません、ぼうっとして」

 メイクをしていた最中だった。

「いいのよ。でも、灯里さんお疲れなのかしら。それとも悩みごと?」

 聞かれて、つい愚痴ってしまった。

 最近、恋人ができた事。
 そして、見合いを上司から勧められていることを伝えた。

「まあ」

 陽子が美しい瞳をまんまるくする。

「灯里さん、海上……保安庁、の方だったかしら? ずっと探してらしたんでしょう、その方は諦めたの」

「ご存じでしたか」

 そうだった。
 自分は救難してくれた隊員を探すために介護施設巡りを始めたのだ。

「私、海で遭難したことがありまして」
「あら」

 救難隊員との会話をかいつまんで話した。

「その方にお会いすることは、もうよろしいの?」
「いいんです」

 灯里ははっきり言った。

「もちろん、会えればお礼はしたいです。でも、決めたんです。ケアハウスでメイクをする方全員を『彼』のおばあちゃんだって思おうって」

「まあ、ありがとう」

 鏡の中で陽子は微笑んでくれた。

「じゃあ、お見合いはお断りされるの?」
「それが」

 断るなら自分で断ってくれと上司に言われたことを話すと、「まあ、大変」といたずらっこのように微笑まれた。

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