【電書化】運命のイタズラ電話に甘いおしおきを

水田歩

出会いはケアハウス9

 毎回、新しいケアハウスを開拓するとき、灯里にしてはさりげなく海保隊員を孫にもつ女性が入所しているのか、介護スタッフに確認する。

 当たり前だが皆、口が固く教えてくれない。

 仕方のないことだと思う。
 昨今では介護施設絡みの事件も多い。
 事件の芽になることを懸念して、親族以外の訪問客を断るケアハウスもある。

 そんな中で受け入れてもらえたことを感謝しなければならない。

「助けてもらったときは意識が朦朧としてて、『彼』の名前もお婆ちゃんがどこのケアハウスに入所されているかも聞き損ねたし」

 海のそばと言っていたから、できるだけ海の近くのケアハウスにメイクのボランティアをしに訪れている。

 ……祖母を見舞う『彼』との再会を期待していないなどと、嘘は言わない。

 だがあの日から一年経った今でも『彼』の消息はおろか、彼の祖母が入所しているという施設もまったくわからない。

「今日のケアハウスにも『彼』のおばあちゃん、いなさそうだし」

 正直、ボランティアを断られた施設にいたかもしれない、あるいは転所したかもしれないと思う。
 自分がもたもたしてるうちに、もう存命ではないかも……と焦りもする。

「落ち着け、私」 

 不吉なことを考えてはだめだ。

 ……しかし邪念があるから、海保の神様が会わせてくれないのだとも考える。
 だとしたらヨコシマな気持ちはますます育つ一方だから、一生会えなさそうな気がしてきた。

 はぁーっ。
 灯里は大きく息をはきだした。

「よしっ、こういうときは発想の転換!」

 『彼』の祖母がいなくても灯里がすることは変わらない。
 『彼』が祖母を見舞いにこれないのだって、『彼』が海保の隊員で多忙だからだ。

 自分が救出されたのは伊豆諸島沖。
 管轄でいえば下田海上保安部になるが、海保の職員は転勤も多いと聞く。

 彼は今も日本のどこかで、ほかの『灯里』を助けているのだろう。
 だから自分も、日本中にいる『彼のおばあちゃん』にメイクしに行くのだ。

「彼や彼のおばあちゃんに会えなくても、私のしてることは無駄にはならない」

 海が見えてきたので、灯里はサングラスをかけ直す。
 キラキラと光をはじく波が眩しい。
 けれど、あの波の下には蒼い地獄が潜んでいる。
 そして、死神に捉えられ、からくも逃れた彼女は二度と海に近づく気はなかった。

 ナビがケアハウスの距離を近づいていると知らせてくる。
 フロントガラスに占めていた海の面積に比例して、心臓の音も大きくなっていく。

 灯里ははぁーっ、と大きく息を吐き出す。

「……ウン、大丈夫」

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