アナザー・デイズ 1977

kenji sugiuchi

第5章 〜 2  行方(7)

 2  行方(7)
 


 奥にある四人掛けテーブルに二人は腰掛け、生ビールと熱燗をそれぞれ頼む。ツマミは野菜炒めと湯豆腐で、それとは別に、千尋はとんかつ定食まで注文したのだ。
「わたし、貯金ばっちり下ろしてきたから、今日の払いは任せてね」
 そう言ってから、千尋はさらにメニューへ目を向ける。
 そうして翔太の熱燗が届いたところで乾杯し、千尋はジョッキをテーブルに置くなりハイキングコースのことを声にした。
「だいたいさあ、ハイキングコースに行くなんて、わたし聞いてなかったよ」
 そこからどんどん機嫌が悪くなり、終いに口を突き出し翔太のことを睨み付けた。
 朝一番の授業が休校となり、居てもたってもいられなくなった千尋は、思い切って翔太のことを追いかけてきた。
「藤木くんに教えてたでしょ? お友達の実家の住所。それをね、わたしもしっかりメモってたのよ……」
 なのにハイキングコースなんかに入られちゃったら、翔太に会える可能性はゼロだったろうと、
「明日は、わたしもご一緒しますからね」
 ご機嫌斜めって顔はそのままに、そう言って千尋はプイっと横を向いたのだ。
「いや……あのさ、実際はね、ハイキングコースからかなり外れたところにいくんだよ。それで、結構ハードらしいんだ。ホント、地図でもさ、大まかな場所しかわからないし、今回はホント、やめておいた方がいいと思うよ……」
 そんな翔太の声に、千尋が不満そうな顔で何かを言い掛けた。
 ところがそれよりちょっとだけ先に、なんとも明るい声が響き渡った。
「おお! お二人! なかなか、美味そうなのが並んでるじゃないか!」
 見ればさっきの運転手が立っていて、テーブルに置かれた〝あれやこれや〟を大袈裟な仕草をしながら覗き込むのだ。
 彼は車内で着ていた制服を脱ぎ捨て、なんとスリーピースの背広姿。
 そんなのはまさに、驚くくらいの変わりようで、ちょっと見ただけなら彼だとけっして分からないだろう。
 ボサボサだった頭もポマードか何かでビシッと撫で付け、まるで別人、驚くような変身ぶりなのだ。
 行き付けのスナックが開くまで、時間潰しに立ち寄ったそうで、
「そういやあそこ、本当にふた部屋にしたんだって? もったいないなあ〜 こんな可愛いお嬢さんを目の前にして、俺だったら、絶対に、ひと部屋にするけどなあ〜」
 などと言いながら、とうに還暦を越えているだろう彼はそのまま、いきなり翔太の隣の席に座り込んだ。
「ああ、それからさ、今、お兄ちゃんが話してたことだけど、お兄ちゃん、あそこから入って、いったいどこに、何しに行こうっての?」
 きっとしばらく、二人の会話を聞いていたのだ。
 彼はそう言ってから、いかにも馴染みだって感じで熱燗を注文。
「それからさ、肴を何か適当に見繕って、持って来てくれよ、あ! 三人分ね!」
 などと声にしてから、再び翔太の方へ顔を向けた。それから翔太は覚悟を決めて、荒井に関することを彼に向かって話し始める。
「だから、本当に自殺だったのか、自分の目で、確かめようと思うんです」
 そう言って、翔太が〝あらかた〟話し終えた頃、豪勢な料理がテーブルの上にズラッと並んだ。
 彼は満面の笑みで、「こりゃあ美味そうだ! さあ、こっちの方も二人でどんどん食べてくれ」などと声にした後、遠慮している二人に向けて怒ったような顔まで見せた。
 と思えば、急に真面目な顔付きになり、静かな声でポツリと言うのだ。
「その、あんたの友達をさ、どうにかしたんじゃないかって奴は、もしかしたら……なんだが、うん、そいつの名前、まさか、林田っていうんじゃないよ、なあ?」
 翔太の顔を覗き込み、名前も知らないスーツの男はそう告げてから、ほんの少しだけ口角を上げた。

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