アナザー・デイズ 1977

kenji sugiuchi

第4章  〜 1 ジノ・バネリとマイケル・ジャクソン(2)

 1 ジノ・バネリとマイケル・ジャクソン(2)
 


 最初は正直、良くも悪くもないって感じだ。
 耳触りがいい分、特になんら響いても来ない。
 ところが時折、一階に降りると聞き覚えのある旋律が聞こえる。まさみは余程気に入っているらしく、夕食の準備をする時などに必ず同じカセット聴いていた。
 すると不思議なもので、達哉もだんだん好きになる。
 ――ま、たまにボーカルも入ってるしな。
 なんて変な言い訳を心に思い、それでも自らターンテーブルに〝ブリージン〟 を乗せた。
 そうなってからは天野翔太の残したアルバムどれを聴いても、すぐにハマりにハマってしまうのだ。
 部屋に残されたレコードは、天野翔太が好んで聴いていたアルバムだ。そして高校生にとってのLPレコード一枚は、二十一世紀だったあっちの世界と違ってそうそう軽いものじゃない。
 一枚二千円とか二千五百円とかするLPレコードを買うってのは、よっぽどの金持ちとかは別として、LP以外は涙を飲んで我慢するってことになる。
 つまり彼はこの手の音楽がかなりのレベルで気に入って、たった二年間の間にけっこう頑張って買い集めたのだ。と、なれば……、
 ――共通の好みってことで、盛り上がるんじゃないか?
 千尋の家でレコードを聴いていたところに、偶然彼が現れて……なんて機会を作ってしまえば、きっと仲良くなれるに違いない。
 ならば、どんな理由で誘い出すか?
 後々のことを考えれば、できるだけ偶然っぽさを装いたい。
 それで結局、千尋がお手製の惣菜を持っていき、器を返しにきたところを誘い込む。なんてことを目論むが、天野翔太がなかなか返しに来なかった。お昼前には準備万端だったのに、すでに〝おやつの時間〟も過ぎている。
「おかしいなあ……いつもだいたい、お昼過ぎには来るんだけどなあ〜」
 千尋はそんなことを呟いて、テレビを見ていた達哉に向かっていきなり告げた。
「もうさ、始めちゃわない? その方がさ、彼が来た時も自然だし、お腹だって、空いたでしょ?」
「喉も、ガンガン乾いたしな〜」
 待ってましたとばかりのそんな返しに、千尋は勢いよく立ち上がり、キッチンに用意してあった炒め物やらチーズなんかを取りに行く。
 そうして缶ビールを飲み始め、達哉はあっという間に一本目を空にした。だからもう一本取りにいこうと、彼が片膝を立てたその瞬間だった。
 ドアをノックする音がして、千尋がいきなり玄関に向かってダッシュを見せる。それからドアノブを掴んで振り返り、
 ――いい? 開けるわよ! 
 まさにそんな感じに達哉を見つめて頷いて見せた。
 するとドアの向こうから「天野です」と聞こえて、千尋はゆっくりドアを押しあける。
 ノックの主はやはり彼で、そこから見せた千尋の奮闘は凄まじかった。
 今、大学の同級生がちょうど来ている。
 驚くなかれその彼は、翔太も知っている人物なんだと声にして、なんとも上手い作り話を話して聞かせた。
「ほら、お店でわたしが声をかけたじゃない? 彼、それでね、どこかで見た顔だなって思ったんだって、だから、誰だろうって、アパートまで付いてきちゃったわけよ……」
 そこで天野翔太は達哉の方に視線を向け、「あ!」という顔を一瞬だけ見せた。
「だからさ、入って入って、彼のこと、ちゃんと紹介するから……」
 あっという間に部屋の中に引っ張り込んで、「今日ってお仕事休みだもんね」などと声にしながら、彼の意思などお構いなしに缶ビールを差し出した。
 そして若いなりにも天野翔太と言うべきか? 唖然とした顔をすぐに引っ込め、達哉に向かってぺコンと頭を下げるのだ。それからビールを少しだけ口に含んで、彼はキッチンにいる千尋に向かって声にする。
「あ、いいよ、これ一本だけ頂いて、すぐ帰るから……」
 ――だから何もいらないよ。
 まさにそう言い掛けた時、
「え〜だって、もう用意しちゃってるもん!」
 そんな駄々っ子のような返答に、そこでやっと達哉ついて話題に上げた。
「それよりさ、彼をちゃんと紹介しろよ。いきなり男二人にお見合いさせて、いったいどうしようってんだよ」
 なんとも爽やかな笑顔を見せて、天野翔太が再びチョコンと頭を下げる。
 ここまで一連の出来事に、とてつもないほど動揺してしまった。一気に彼の記憶が脳裏に浮かんで、それらはすべて皺だらけになった天野翔太だ。
 ――まずい! だめだ! だめだって!!
 必死に心に念じたが、そんなのが却って逆効果だったようにドッと涙が溢れ出る。慌ててキッチンから背を向けて、着ていたシャツで顔を覆ってゴシゴシ擦った。

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