アナザー・デイズ 1977

kenji sugiuchi

第3章 〜 4 本間千尋と

 4 本間千尋と



「あのさ、ここって、なんというお店だか知ってる?」
「知ってますよ、〝おおやま〟でしょ? でっかい看板、表にあったし」
「違うんだなあ〜 大山って書いて、〝だいせん〟って読むんです〜」
「へえ〜そうなんだ、でも、ほとんどの人は、〝おおやま〟だって思ってると思うけど、だいたい、だいせんって何よって、感じじゃないかな……」
「え〜そうなのかな〜 大山だよ? 鳥取のさ、有名な山。大山どりとか言うじゃない?
結構有名だって思うけど」
「それは確かにそうだけど……でも、〝だいせん〟ってのが山ってのは、僕も知らなかったから」
「ふ〜ん、そうなの? それは、残念無念だな〜」
 などと言って、彼女は生ビールのお代わりを注文する。
 待ち合わせは夕方の五時だった。
 ところが達哉の方が一時間近くも遅れ、本間千尋はビールのジョッキをほぼほぼ全部飲み干していた。顔は真っ赤で、彼が現れるや否や、店の名前についてを言い出したのだ。
「知ってる? ここってね、アルバイトは、生ビールは百円、料理はなんでも半額なんだよ」
 そう言って、笑顔を見せてくるのは有り難かったが、あんまり酔われてしまっても困るのだ。
だからさっさと本題に入ろうとするが、千尋がそれを許さなかった。
 自分の生まれはどこで、両親の反対を押し切って、東京の大学に通い始めたのが今年の春から。それでも学費は親頼み……だから、仕送りなんて期待してなかったのに、アパートの家賃代にプラスちょっとが毎月ちゃんと送られてくる。
 これにはけっこう感動したんだと、なんとも神妙な感じで言ってきた。
 それでも当然、それだけでは生活していけないから、
「だからわたしはね、一生懸命バイトして、勉強もね、頑張っちゃうんだ!」
 そう言って、そこで千尋は達哉の顔をジッと見つめる。
「あなたってさ、わたしと学校一緒でしょ? 学部はさ、違うんだろうけどね……」
「え? 学校って、大学のこと?」
「うん、あなたのお母さんがさ、上慶大学のお友達かしらって、言ってたから……」
 電話口に出たまさみの声が、千尋には妙に若々しい感じに聞こえたらしい。
 ――え? うそ、女が出た……。 
 てっきり本人が出ると思っていたせいで、一瞬、言うべき言葉を失ってしまった。
「どなたですか?」という声に、千尋はてっきり達哉の彼女だと勘違いする。
 すると急に、電話した自分が〝大間抜け〟に思えて、
「えっとね、いるんでしょ? そこに……さっさとそいつを出してちょうだい」
 などと、まさしく〝つっけんどん〟に返してしまうが、母親である〝まさみ〟はただただ言葉通りに受け取った。
 だから素直に千尋に向けても声にする。
「えっと、主人じゃないですよね? もしかして、上慶大学のお友達かしら?」
 ――え? 上慶? お友達?
 その瞬間、自分の大ポカに気が付いて、千尋は慌てて説明してしまった。

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