アナザー・デイズ 1977

kenji sugiuchi

第3章 〜 3  説得(2)

 3  説得(2)
 


 それからあの夜、薄明かりが漏れてきた部屋の前に立ち、「コンコン」と軽く二回ノックする。
「すみません、藤木と申します。ちょっと、お話ししたいことが、あるんですけど……」
 何度も心に念じた言葉をゆっくり告げて、深呼吸を繰り返しつつドアの向こうからの反応を待った。
 しかしいくら待っても物音すらして来ない。
 だから予定していた台詞を続けて、
「あの、天野翔太さん、ご存知ですよね? 彼に今、危険が迫っているんです」
 そう声にしてから、今度は強めにノックをしてみる。
「少しだけお話を、聞いてもらえませんか?」
 ここで微かに、ドアの向こう側から音が聞こえた。
「カタン」と鳴って、彼女の声がやっと響いた。
「あの……危険って、なんですか?」
「あ、すみません! 少しでいいんです。ちょっと、よろしいですか?」
「だから、その危険ってなんなんですか?」
「あ、はい、じゃあ、このままで……このまま話しますので、聞いていてください」
 この時代のアパートには覗き穴なんて付いてないから、警戒するのは当然だ。
「天野翔太さん、彼のお父さんは失踪していて、天野、由美子さんという女性に育てられたんですけど、この辺のことは、ご存知ですか?」
「はい、大まかなことは、聞いてます……」
「じゃあ、施設で育ったことなんかも?」
 そう言った後、ほんの少しの間があって、それでもポツリと返事が返った。
「はい、知っています、けど……」
「その頃、かなり苦労されたらしいですけど、彼、このままいくと、もっと大変な目に遭ってしまうんです! だから、なんとかしないと……」
「だから、その大変な目って、いったいなんなんですか?」
「借金を、背負わされます。物凄い金額を、自分の借金じゃないのに、長い間かけて返さなきゃならなくなる。それに人を殺したってことになっちゃって、殺人罪で刑務所に……それだけ、じゃない! 彼は、彼はこのままだと……」
 ――癌になってしまうんだ!
 そう言いかけた瞬間、いきなりドアが開いて、
「いい加減なこと言わないでください!」
 そんな声と同時に、顔全体に衝撃が走った。

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