アナザー・デイズ 1977

kenji sugiuchi

第3章 〜 2 千尋と翔太(2)

 2 千尋と翔太(2)
 


 慌てて顔を上げれば、息を感じる距離ってところに天野翔太の顔がある。彼は笑顔を見せたまま、千尋の足元をしっかり床に着け、優しい声で告げたのだった。
「ね、思った以上に酔っ払いでしょ?」
「あ、本当に、ごめんなさい、あ、あの、ありがとう、ございます」
 我ながら、ドギマギし過ぎって感じだったが、酔っていたから仕方ない。
 ただとにかく、酔っ払ってる自分がよく解ったし、
「もう、帰った方が、いいと思うよ」
 そう言って微笑む彼の笑顔に、なぜだかとっても〝ジン〟と来た。
 ところがそのすぐ後に、いきなり怒号が響き渡る。
「おまえ! なに勝手なこと言ってんだよ!?」
 綾野剛志。
 医大に通う三年生で、なかなかの二枚目で店では結構人気があった。
 誘われた時には正直ちょっと嬉しかったし、デートみたいな気分だったのも本当だ。
 だからちょっと飲み過ぎた?
 たった二、三杯、飲んだだけなのに……?
 なんて気分が吹っ飛ぶような大声で、振り返れば綾野剛志が仁王立ちを見せている。
「なに勝手なこと言ってんだっての!」
「ご存知でしょ? あのカクテル、二十度くらいあるってこと……」
 ――ちょっと待って? 二十度ってなに?
「だからなんだ! こっちは客なんだ! なにを頼もうと、こっちの勝手だろうが!」
 ――え? もしかしてアルコール度数? じゃあ、日本酒より強いってこと?
 なんて思っているうちに、綾野剛志は一気に天野翔太に近付いた。そのまま拳を振り上げて、今にも殴り掛かろうかって雰囲気そのもの。
 ――やめて!
 だからそう叫ぼうとした。
 ところがそうしようとした瞬間、マスターの背中が一気に視界を塞いでしまう。
 え? と思っているうちに、綾野剛志は羽交い締めにされて、それからほんの数秒間、時が止まったように身動きひとつしなかった。
「二度と来るか! こんな店よ! 」
 マスターの腕が離れた途端にそう叫び、彼は店から出ていってしまうのだ。
 後から聞いた話だが、綾野剛志は何度もこの店に訪れていて、その都度違う女を連れていたらしい。
 ――おまえな、この店は、女を酔わすためにあるんじゃねえぞ。
 マスターは彼の耳元でそう呟いた後、
 ――今度、女連れで来たら、てめえ、殺すぞ……。
 さらにそう続け、綾野剛志への羽交い締めを解いた。
 そうしてこれ以降、彼は居酒屋のバイトも辞めてしまって、今のところは道で偶然出会ってもいない。
 ただそんなことがあってから、逆に天野翔太とは偶然よく会うようになる。
 そしてバーでのことがあってから、たった三日目のことだった。

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